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1花言葉
星野サエ。
元公安対魔特異2課隊員。爆弾の悪魔襲撃によって2課が壊滅に追い込まれたのをきっかけに4課へ異動。武器人間であることを最大の強みとし多くの悪魔を倒してきたが、サンタクロース戦にて致命傷を負い死亡。応援が駆けつけた頃には既に息絶えていたらしい。
彼女とはまさに犬猿の仲だった。という以前に、どちらかというと星野の方が異様に院瀬見のことを嫌っていた。なぜだか院瀬見にはよくわからない。とにかくソリが合わなかったのだ。
「…お前、サエって名前だったのか」
星野本人から聞くことのなかったその名前。 「星が冴える」という意味での命名だろうか。いい名前ではないか。きっと親から大切にされてきたのだろう。
「……」
そこでふと考える。
星野は生きていた中で、一度でも幸せだと思えた瞬間はあったのだろうか。
別に彼女を気にかけてのことではなく、ただなんとなく疑問に思っただけだが。
院瀬見は星野の笑った顔を見たことがなかった。
同じ課に星野が異動してきてから度々姿は見かけていたが、彼女のその口元が緩む瞬間だけは目にすることは一度もなかった。
単に感情が表に出にくかっただけなのか。それとも、笑い方を忘れてしまうほどの壮絶な過去を経験していたのか…今となっては知る由もない。
院瀬見は何を思ったかおもむろに立ち上がると、リヅとイサナの墓に置いた花束から1本だけ花を引き抜き、星野の墓にそっと供えた。
「冥土の土産だ。持っていけ」
当然返事はない。
『デビルハンターは頭のネジがぶっ飛んでいるやつが生き残る』。
幾度となく言われてきたその言葉は確かに間違いではない。重要なのは自分のその身が置かれている苦境にどれだけ挫けずに立ち向かえるかではなく、どれだけ気にせず呑気にハッピーに生きられるかなのだ。
星野はそれができなかったから死んだ。ただそれだけ。なんなら本来はそれが普通なのだ。
生前の星野が何を思って生きていたのかは知らない。特に知りたいわけでもない。でも決して、最高だったと胸を張って言えるような人生ではなかっただろう。
ならせめて、死んだ後くらいは報われるべきではないか。
『死んだ仲間のことを覚えていられるのはお前しかいない』。
塩谷が言っていた言葉のように。
1人の人間としてこの世に生まれ落ち、輝き燃え尽きあっという間に消える流れ星のような一生を送った彼女の存在が、なかったことにされてしまわぬように。
院瀬見は死ぬまで星野のことを記憶の中に留めると決意した。
「…じゃあな、星野」
そう最後に残し、院瀬見は墓に背を向け、墓地を後にした。今まで呼ぶことのなかったその名を口にしながら。
墓前に置かれたのは紫色の小さな紫苑の花。
花言葉は「あなたを忘れない」。
その込められた言葉を院瀬見が知ることはなかった。
2.この私
いつものように朝を迎えて、いつものように家を出る。いつものように仕事につき、そのうちいつものようにけたたましく電話が鳴る。
『□□駅地下鉄線路内にて悪魔発見!すぐ応援願います!!』
「すみませんいま手が離せなくて…!代わりに誰か─」
「私が行く」
椅子の背にかけていたジャケットを取り、さっと翻し身につけ仕事場を出る。隊員が電話を受けていた時点で既にパソコンからは目と手を離していた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「誰か…誰かァ…!助けてくれェ…!」
でかでかと丸く太った巨大なネズミが男の片足を掴んでまじまじと見つめている。
ネズミの悪魔だろうか。軽く見積もっても体長3メートルはある。男は宙吊りになりながら必死に助けを求めているが、周りは恐ろしさのあまり助けに行けず立ち尽くしている。
「おい!!頼む誰か助けてくれ!!俺はまだ死にたくない!!誰かァ!!」
ザシュ、と肉を切り裂く音がしたと思えば、男が重力に従って悪魔の腕と一緒に地に落ちていった。
すかさずそれをすんでのところでキャッチする。
「ギャ!」
「大丈夫か?」
「…あひ…ぁ、ありがとう…助かった…」
男はゆっくり下ろされ、その場で救急隊に引き渡された。何も言わず去ろうとする隊員の姿を今一度見つめる。
まっすぐに伸びた長い髪に黒のスーツ。鼻の頭には古い傷跡があって、向かって左目には眼帯をつけている、女。
「…あんた…あんた名前は…? 」
返事はなかった。男の声を意識的か無意識的に聞き流し、女は肩腕から血をドバドバ流して呻いている悪魔に向かって攻撃を仕掛けた。
「おマエ…オマエ…デびルハンたーか…!!」
怒りと痛みにわなわなと震えながら指さす悪魔に女は声を張り上げて言った。
「あぁそうだ! よく覚えとけよ!!最期に見納める人間の名前を!!」
「がッ」
「公安対魔特異6課・院瀬見カザノ!!テメェを殺す女だ!!」
「ァ”あああああア”ア”ァァァ!!!」
院瀬見が振った刀によって悪魔の胸元が一直線に切り裂かれ、赤色の華が鮮やかに大きく咲いた。
3.遥か先の光を
「院瀬見先輩!大丈夫ですか!?」
「なにが?」
「なにが?って…こんなに酷い怪我をしてるじゃないですか…!出血も多いし…」
「全部返り血だぜ。私は一切怪我してねぇから心配すんな」
血相を変えて走ってきた新人隊員の男の肩をぽんと叩いて院瀬見は言う。胸元に悪魔の血がべったりついているからたしかに大怪我をしたように見えないこともない。
「しかし先輩…運良く倒せたとはいえ悪魔を煽るような言動は避けた方がいいのでは…?激情したら何をしでかすか分かりませんし、第一あんなこという人じゃなかったですよね?」
「最近はな。元々はこうだったぜ」
「え?そうなんですか?やたらめったら騒ぎ立てるタイプじゃないと思ってましたけど…」
「悪かったなやたらめったら騒ぎ立てるうるせーやつで」
「そうじゃなくて」
院瀬見のかつてのバディと同僚以外にも大勢の犠牲者・殉職者を出した公安は代わりの枠埋めのため、新たに十数人の新人を引き入れた。院瀬見と話すこの男、 波原もその1人。院瀬見の4つ下で、それと同時に院瀬見の新しいバディでもある。
明るく人懐っこい性格をしている彼を、院瀬見はどことなく無意識のうちに弟・カザメと重ね合わせて見ていた。
それに加えて、可愛げのある顔についたほんの少しばかりの色気を感じさせる口元のホクロ。今は亡き深海の悪魔・イサナにそっくりである。 勿論波原本人には言っていない。
「…お前が入る前のバディ2人が陰気臭ぇ大人しいやつだったんだよ。そのせいでなんとなく静かになってたっていうか…」
「へー…会ってみたかったな…」
「会うとすればそれはお前が悪魔に殺られた時だぜ」
「うわぁ…先輩悲しんでくれなそう」
「バカ言え」
フッと鼻で笑ったのと同時に、先程鞘にしまった刀についた飾りが背中で静かに揺れる。
これが、同じく今は亡き華の悪魔・リヅの形見であることを波原は知らない。
別に知らなくても良いのだ。 3人の意志を継いで生きていくと決めた院瀬見たった1人が知っていて、覚えていればそれで良い。
唯一の生き残りとして、共に命を賭けて戦った3人の生きていた証を、歩いてきた軌跡をこの先もずっと、ずっと忘れぬように。
「波原、帰るぞ」
「先輩ラーメン食いに行きませんか!先輩の奢りで!」
「殴るぞ」
院瀬見カザノは今日も生き、彼女たちの思いを紡ぎ続けている。
独りではなく、仲間と共に。
トリカブト ー完ー
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