やや長い間、考察してしまっていたが、ここに来てナッキが漸(ようや)く言葉を口にしてくれる。
「そっかぁ、折角仲良くなれそうだったのにぃ…… ナガチカとはお別れなんだねぇ、何と無く寂しいよ…… でも仕方が無いよね、それがナガチカの決めた事なんだもんねぇ……」
な、ナッキぃーっ! いちいち良いヤツだよねぇ、ナッキってっ!
「『繁殖者(ブリーディング)』」 ボソッ
ん、んん? お父様が何か小声で呟いたようだが?
ナッキの内耳にも微かな声が届いたのだろう、キョトンとした表情で言う。
「えっ? 何、ナガチカ? 何て言ったのぉ?」
「うん、アタシも聞き取れなかった、もっかい言ってよぉ!」
お父様がお美しい声で答える。
「ああ、お気に なさらずに…… そ、それよりも、お腹は空いていませんか? ナッキ殿、サニー殿?」
この問い掛けに答えたのはナッキの口の中、定位置に納まっていたサニーである。
「ああ、そう言えば今日は夕べのおっかない魔力? 恐い感じに襲われて以来ご飯を食べる気もしなかったからねぇ~、空いているかいないかって言われたらぁ、そ、そりゃねぇ~? ね、ナッキ?」
ナッキも自分の空腹具合を確認した上で堂々と答える。
「あっ、本当だっ! ぺっこぺっこだよ! ナガチカったら良く判ったね? 僕たち揃って腹ペコだったんだよ!」
だそうだ。
完全無欠、神に等しいほどの尊(たっと)さを持った我が父、お父様はその卓越し過ぎている洞察力をひけらかすでもなく、哀れで愚かな魚ごときに笑顔で答えたのだ、ワザワザ相手にしてあげるとは…… 優し過ぎるだろ?
「あはは、こんな事もあろうかと、と言う訳じゃないですけどね? 今日はお土産を持って来ていたんですよ? ギンブナの大好物でしょ? 既に悪魔に昇華されたお二方にはお口汚しかも知れないですけどね、良かったら食べて下さいよぉ、ほらっ!」
そう言いながら立派で他に類を見ない偉大なお父様が、胸元から取り出した銀色の箱の蓋を開けながら悪戯(いたずら)そうな笑みを浮かべている。
恐らく旧時代の遺物となりつつあるのだろうアルマイト製のお弁当箱の表面には、『あたしゃぁ~ガッカリだよぉ~』とか言っちゃいそうなオカッパで赤い洋服を着たマルい少女のイラストが描かれている。
そんな蓋を横にずらしたお父様は、その中にびっしりと詰められた土の中から、人差し指と親指で器用に摘み出した赤く細長い虫を持ち上げながらナッキとサニーに問う。
「ハタンガの畑から取って来たんですよ、フナの皆さんってお好きですよね? ミミズっ! お食べになるでしょう? うふふ」