「私も安心しました。……と言っても、しばらくこのままと思うと『はー……』ですが。……ま、仕方ないですよね」
女性だし、顔が腫れれば気にしてしまう。
でも私は事件の被害者だし、自分に落ち度があったわけじゃない。
まだ何も起こっていないけれど、「もしも顔が腫れている事で馬鹿にしてくる人がいたら、相手はその程度の人だ」と思おうと今から自分に言い聞かせていた。
そう思うのは顔が腫れてしまった事を恥ずかしく思っているからの自衛だけど、なるべく堂々していなければ。
「この件については警察が動いたし、刑事事件になる。さすがに甘っちょろいお願いは聞けないからな」
尊さんが言い、私は「はい」と頷く。
「昭人が一線を越えてしまったのは確かですし、恵を加害した事は許したくありません。昭人はどこで止まったらいいか、分からなくなっていたんだと思います。……罪を償ったあと、彼には私の事なんて忘れて、知らないところで勝手に生きてほしいです」
そう言うと、尊さんは溜め息をついてポンポンと私の頭を撫でてきた。
「お前は自分を害した相手に『不幸になれ』『死ね』って言わないよな」
「どんな言葉でも、口にすれば訂正できません。もしかしたらその言葉が呪いの言葉になるかもしれません。……昭人はあれでも九年付き合った彼氏です。嫌なところもあったけど、当時の私の好きな人で、一緒に過ごしていて楽しかった思い出があるのも確かなんです。……だから、こんな事になったからといって、過去の思い出も全部なかった事にして、悪人に仕立てあげるのは違うなって思って」
自分の考えを述べると、立ち止まった尊さんは溜め息をついた。
そして困ったように笑い、私を抱き締めてくる。
「参ったな。……俺は『殺してやりたい』って思ってるのに、『朱里がそう言うなら仕方ないのかも』と思っちまう」
「……尊さんはこれ以上、もう誰の事も憎まなくていいんですよ」
顔を上げて微笑みかけると、彼は一瞬驚いたように目を瞠り、視線を泳がせてから笑う。
「……ホントにお前は……」
「こう思えるようになったのは、尊さんのお陰です。尊さんの考え方が私を変えて、『もっといい人間になりたい』って思わせてくれたんですよ」
そう言ってドヤ顔をすると、彼はクシャッと笑った。
「……まったく、困ったお猫様だよ。犯人を憎ませてもくれないなんて」
私は再び歩き始めた尊さんの腕を組み、彼の顔を覗き込んで笑った。
「尊さんに拾われて、絶賛モフモフ化計画進行中の私は、大好きな飼い主を幸せにする事で手一杯なんですよ。昭人の事なんて考えてあげる心は持ち合わせていません」
尊さんは痛みを堪えた表情で微笑み、溜め息をついた。
「憎しみを手放せ、か」
私は彼の手を握り、指を絡めてから前後に揺する。
「私だって本当は怒ってます。『恵に何してくれたんだ!』って思いますし、怖かったし、汚い言葉で罵ってやりたい」
本音を打ち明けたあと、私は前方に見えてきた待合室の明かりを見て微笑んだ。
「でも尊さんだって、とてつもない怒りと憎しみ、やるせなさを乗り越えました。それで、今は私と一緒に楽しい事を考えて、幸せになりたいと思ってくれている。私はかつて絶望して身投げしようとしましたが、今幸せで仕方ないんです。こんな事で私たちの幸せは壊れない。昭人なんかにラブラブを邪魔されたくないんです。無視! ガン無視して、めっっっっっちゃ、イチャイチャするんです!」
ふんっ、と鼻息荒く宣言すると、尊さんはクスクス笑った。
「そうだな。帰ったら大事な猫の無事を確かめるか」
悪戯っぽい顔をした彼にチラリと見られ、私は「う……」と赤面する。
――と。
「あっ、恵だ!」
私は待合のソファに座っている恵を見つけ、パタパタと走り始めた。
「恵!」
人がいないとはいえ、病院なので私は抑え気味な声で彼女の名前を呼ぶ。
すると涼さんの隣に座っていた彼女は、私を見てクシャリと表情を歪めて立ちあがった。
「恵!」
「朱里!」
私たちは両手を広げて駆け寄り、しっかりと抱き締め合う。
「ごめんね、恵。私のせいで……」
「何言ってんの。私のせいでごめん」
親友の顔を見ると安心して、申し訳なさも相まってポロポロと涙が零れてしまった。
恵も同じらしく、肩を震わせて泣いている。
「怪我してない?」
「何言ってるの。朱里、せっかくの美人がほっぺ腫らしちゃって……」
私たちはベソベソ泣いたまま、お互いの無事を確認し合う。
その時、尊さんが涼さんに話しかけた。
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