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「心……ですか……。心……」
俺は呟くように繰り返した。その言葉が、胸の奥深くに響く。
「そう、心こそが人間の本体じゃ。身体もこの世界も全部作り物じゃからな、心だけが真実じゃ」
レヴィアの言葉は、哲学的な深みを帯びていた。
言われてみたら確かに、ここの世界も地球も単に三次元映像を合成してるだけにすぎないのだから、自分の心は別の所にある方が自然だ。
「心はどこにあるんですか?」
まさに人間の本質を問う質問が湧いてくる。
俺は息を呑んでレヴィアの返事を待った――――。
レヴィアはウイスキーをグッとあおると、座った目で俺を見る。
「なんじゃ、自分の本体がどこにあるのかもわからんのか? 【マインド・カーネル】じゃよ。心の管理運用システムが別にあるんじゃ」
レヴィアの説明は、さらなる疑問を生み出した。
「そこも電子的なシステム……ですか? それじゃリアルな世界というのはどこに?」
予想外の話に俺の声は少し震えた。
「リアルな世界なんてありゃせんよ」
レヴィアは肩をすくめる。その言葉は、俺の常識を根底から覆すものだった。
「いやいや、だってこの世界は海王星のコンピューターシステムで動いているっておっしゃってたじゃないですか。そしたら海王星はリアルな世界にあるのですよね?」
俺は必死に自分の理解を確認しようとする。
「そう思うじゃろ? ところがどっこいなのじゃ。キャハハハ!」
レヴィアは嬉しそうに笑った。その笑顔には、全てを知り尽くした者の余裕が感じられる。
俺はキツネにつままれたような気分になった。この世が仮想現実空間だというのはまぁ、百歩譲ってアリだとしよう。しかし、この世を作るコンピューターシステムがリアルな世界ではないというのはどういうことなのか? 全く意味不明である。頭の中で、理解の糸が絡まっていく。
首をひねり、ジョッキをグッとあおると、レヴィアが新たな問いを投げかけた。
「宇宙ができてから、どのくらい時間経ってると思うかね?」
その質いには、何か重要な意味が隠されているようだった。
「う、宇宙ですか? 確か、ビッグバンから百三十……億年……くらいだったかな? でも、仮想現実空間にビッグバンとか意味ないですよね?」
俺は答えてはみるが、何だか無知を開陳しているようで恥ずかしかった。
「確かにこの世界の時間軸なんてあまり意味ないんじゃが、宇宙ができてからはやはり同じくらいの時間は経っておるそうじゃ。で、百三十八億年って時間の長さの意味は分かるかの?」
レヴィアの問いかけには、深遠な真理が隠されているようだったが、あまりに壮大すぎてイメージが湧かない。
「ちょっと……想像もつかない長さですね」
「そうじゃ、この世界を考えるうえで、この気の遠くなる時間の長さが一つのカギとなるじゃろう」
レヴィアの言葉は、何か重要な示唆を含んでいるようだった。しかし、時間が長いことが一体何に関わるのかピンとこない。
「カギ……?」
「お主が住んでおった日本でもAIが発達しておったろう」
「あぁ、ChatGPTとかみんな使い始めてましたね……」
「早晩人間の知能を超えてAIがAIを作り始めるじゃろう。そしたらどうなる?」
「えっ!?」
俺は驚いた。確かにAIが人間を超えているなら、AIを改良するのもAIがやるのが自然である。でも、そうなったら人間はどうなってしまうのか?
「に、人間関係なくどんどん発達してっちゃう……って事ですか?」
「そうじゃ。そしてAIに寿命などない。これと138億年がポイントじゃな。カハハハ!」
「AIと138億年……」
俺は考え込んでしまった。IT技術と壮大な時間。それが一体何だというのだろうか?
「まぁ良い、我もちと飲み過ぎたようじゃ。そろそろ、おいとまするとしよう」
レヴィアは大きなあくびを一つすると、サリーの中に手を突っ込んでもぞもぞとし、畳まれたバタフライナイフを取り出した。
「今日は楽しかったぞ。お礼にこれをプレゼントするのじゃ」
ニッコリと笑うレヴィア。
「え? ナイフ……ですか?」
俺の声には、戸惑いが滲む。ナイフのプレゼントの意味がピンとこなかったのだ。
「ふふん、分からんか? これはただのナイフじゃない、アーティファクトじゃ」
レヴィアは器用にバタフライナイフをクルリと回して刃を出し、柄のロックをパチリとかけた。するとナイフはぼうっと青白い光をおび、ただものでない雰囲気を漂わせる。それは、まさに神秘的な魔法の世界のアイテムだった。
おぉぉぉぉ……。
「これをな、こうするのじゃ」
レヴィアはエールの樽に向け、目にも止まらぬ速さでシュッと切り裂く。すると、空間に裂け目が走った――――。
え……?
レヴィアはニヤッと笑うと、その裂け目をまるでコンニャクのように両手でグニュッと広げた。開いた空間の切れ目からは樽の内側の断面図が見えてしまっている。
そっと覗くとエールがなみなみと入って水面がゆらゆらと揺れるのが見えた。しかし、切れ目に漏れてくることもない。淡々と空間だけが切り裂かれていた。
「うわぁ……」
俺はその見たこともない光景に惹きつけられる。
「空間を切って広げられるのじゃ。断面を観察してもヨシ、壁をすり抜けてもヨシの優れモノじゃ」
ドヤ顔のレヴィアの説明には、このアーティファクトへの信頼と愛着が感じられた。
86. 重い結論
「えっ!? こんな貴重なもの頂いちゃっていいんですか!?」
俺は思わず叫んでしまう。
「お主はなぁ……、これから多難そうなんでな。ちょっとした応援じゃ」
レヴィアはナイフを畳むと俺に差し出した。俺を見つめるその真紅の瞳に、深い慈愛を感じる。
「あ、ありがとうございます」
うやうやしく受け取ると、レヴィアはニッコリと笑い、俺の肩をポンポンと叩いた。
「じゃ、元気での!」
レヴィアは俺に軽く手を振りながら、空間の裂け目に入っていく。
「お疲れ様でした!」
知恵と力を併せ持つ偉大なるドラゴンの優しさに心から感謝し、俺は頭を下げる。
すると、レヴィアは振り返ってニヤッと笑った。
「今晩はのぞかんから、あの娘とまぐわうなら今晩が良いぞ、キャハッ!」
「まぐわいません! のぞかないでください!」
俺は真っ赤になった。なぜそんな余計なことを言うのか。
「カッカッカ! 冗談のわからん奴じゃ、おやすみ~」
笑い声を響かせながら、空間の裂け目はツーっと消えていった。
「全くもう!」
俺は渋い顔をしながら、いいように振り回されてしまう自分のふがいなさに首を振った。
◇
ふぅ……。
俺はバタフライナイフをランプに照らして眺めてみる。鈍く金属光沢を放つそれは、カチッと開くと青白い光を纏い、美しくその姿を浮かび上がらせた。
「ほう……」
俺は試しに壁を斬ってみる――――。
何の手ごたえもなくスーッと斬れていき、その斬れ目を広げたら外が見えた。
あちこち斬ってみたがどこも簡単に斬れて、それでも斬られたものはつながったままである。確かにこれは凄い。
試しに腕を斬ってみたが――――。なんと腕の断面が見えるのに痛くもなく、指先は普通に動いたのだ。単に断面が見えるだけという不思議な状況に俺は首を傾げた。そして放っておくと自然と切れ目は消えていく。なんとも不思議なアーティファクトである。こんなことは魔法でもできないのだ。ある意味、この世界が仮想現実空間である証拠と言えるかもしれない。
「ふぅ……」
俺はナイフをしまい、椅子を並べてその上に寝転がった。
「今日はいろいろありすぎたな……」
自然と脳裏に浮かんでくるのはドロシーとのキス――――。
熱く濃密なキス……思い出すだけでドキドキしてしまって俺は思わず顔を覆った。
しかし……、ドロシーの安全を考えるなら俺とは距離を取ってもらうしかない。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』
院長の言葉が俺の頭の中でぐるぐると回った。これから俺の人間離れした力が多くの問題を引き起こすだろう。もう逃げる以外ない。そんな逃避行にドロシーを連れて行けるわけがないのだ。
はぁぁぁぁ……。
深く重いため息が漏れる――――。
やるせない思いの中、徐々に気が遠くなり……、そのまま睡魔に流されて行った。
◇
翌朝、曙光が差し込む店内で、山のようにある食べ残しやゴミの山を淡々と処理しながら、俺は深い思考の海に沈んでいた。この店の行く末、そしてドロシーとの関係をどうすべきか、心の中で激しい葛藤が渦巻いていた。
武闘会とは言え、貴族階級である勇者を叩きのめせば貴族は黙っていないだろう。この世界では平民は常に貴族の下でなければならないのだ。その冷酷な現実が、重い鉛のように胸に圧し掛かる。何らかの罪状をこじつけてでも俺を罪人扱いするに違いない。そう考えると、やはり逃げるという選択肢しか残されていないように思えた。
リリアンが味方に付いてくれたとしても、王女一人ではこの根深い階級社会の構図は変えられまい。事前に彼女の騎士にでもなって貴族階級に上がっていれば別かもしれないが……、そんな生き方は俺の本質とかけ離れている。世界最強となって圧倒的な自由を得たはずなのに、檻に閉じ込められるようなものだ。
結論は重く、しかし明確だった。店は閉店。ドロシーは解雇せざるを得ない。その決断が、胸を締め付けるように痛んだ。
ヌチ・ギや王国の追手から逃げ続ける危険な逃避行に、十八歳の女の子を連れまわすなんてありえないのだ。どんなに大切だとしても、いや、大切だからこそここは身を引くしかない。その決意が、心を引き裂く――――。
悶々としながら手を動かしていると、階段を降りてくる足音が聞こえた。振り返ると、そこにはまだ眠そうな表情のドロシーがいた。
「あ、ド、ドロシー、おはよう!」
昨晩の熱いキスを思い出して、思わずぎこちない声になる。心臓が高鳴り、言葉が詰まりそうになった。
「お、おはよう……なんで私、二階で寝てたのかしら……」
ドロシーは伏し目がちに聞いてくる。どうやら昨晩の記憶が無いようだった。
「なんだか飲み過ぎたみたいで自分で二階へ行ったんだよ」
嘘をつくような気がして胸が痛むが、今はこれが最善だと自分に言い聞かせる。
「あ、そうなのね……」
どうも記憶がないらしい。キスしたことも覚えていないようだ。その事実に、安堵と失望が入り混じる複雑な感情が胸に渦巻いた。
87. 決定的な溝
「コーヒーを入れるからそこ座ってて」
俺がそう言うとドロシーは、
「大丈夫、私がやるわ」
と、ケトルでお湯を沸かし始める。その仕草には、いつもの気遣いが感じられた。
俺はまだ食べられそうな料理を火魔法でいくつか温めなおし、お皿に並べる。ただ、そうしながらも、言葉にならない思いが胸の中で渦巻いていた。
二人は黙々と朝食を食べる。沈黙が重く、部屋に満ちていく。
何か言葉にしようと思うが、何を並べても空虚な言葉になりそうな気がして上手く話せない。
ドロシーが静かに切り出した。
「こ、このテーブルにね、可愛いテーブルクロスかけたら……どうかな?」
その言葉に、俺は胸が締め付けられる。未来への希望を語るドロシーに、残酷な現実を告げなければならないことが、より一層苦しく感じられた。
ふぅ……。
俺は大きく息をつくと、覚悟を決めた。
「実はね……ドロシー……。このお店、畳もうと思っているんだ」
「えっ!?」
目を真ん丸に見開いて仰天するドロシー。彼女にとっては青天の霹靂である。俺は彼女の顔を見続けられず、うつむきながら続けた。
「俺、武闘会終わったらきっと【おたずね者】にされちゃうんだ。だからもう店は続けられない」
俺はそう言って静かに顔を上げ、ドロシーを見つめた。
「う、うそ……」
呆然とするドロシー。その声は、受け入れられない信じがたい現実への魂の悲鳴のようだった。
俺は静かに首を振る。
ドロシーは涙を浮かべ、叫ぶ。
「なんで!? なんでユータが追い出されちゃうの!?」
その声には、怒りと悲しみが混ざり合っていた。
俺は目をつぶり、大きく息を吐く。
「平民の活躍を王国は許さないんだ。勇者は貴族の力の象徴。それを平民が倒せばどんなことをしてでも潰しにくる……」
その一言一言に、重い現実が込められていた。
嫌な沈黙が流れる。
「じゃ……、どうする……の?」
ドロシーの声は震えていた。その言葉には、不安が滲んでいる。
「別の街でまた商売を続けようかと、お金なら十分あるし」
「私……、私はどうなるの?」
引きつった笑顔のドロシー。透き通るようなブラウンの瞳には涙がたまっていく。その姿は、心を引き裂くほど愛おしく、同時に痛ましかった。
「ゴメン……、ドロシーの今後については院長に一緒に相談に行こう」
その言葉が、決定的な溝を生む――――。
バン!
ドロシーが激しくテーブルを叩く。その音は、二人の関係に入った亀裂そのものだった。
「嫌よ! せっかくお店の運営にも慣れてきたところなのよ! 帳簿も付けられるようになったのに! これから……なのに……うっうっうっ……」
テーブルに泣き崩れるドロシー。
「お金については心配しないで、ちゃんとお給料は払い続けるから……」
俺の言葉は、空しく響いた。
「お金の話なんてしてないわ! 私もつれて行ってよ、その新たな街へ」
ドロシーの叫びは、純粋な願いそのものである。しかし、その願いを叶えることができない現実が、俺の心を締め付けた。
「いや、ドロシー……。俺のそばにいると危険なんだよ。何があるかわからないんだ。また攫われたらどうするんだ?」
その言葉は、愛する人を守りたいという気持ちから出たものだった。しかし、それはドロシーには受け入れられない。
ドロシーがピタッと動かなくなった。
そして、低い声で言う。
「……。分かった。私が邪魔になったのね? 昨晩、みんなで何か企んだんでしょ?」
その声には、深い絶望が滲んでいた。
「な、何を言うんだ! 邪魔になんてなる訳ないじゃないか」
俺は必死に取り繕う。しかし、もはやドロシーの心には届かなかった。
「じゃぁ、なんで捨てるのよぉ! 私のこと『一番大切』だったんじゃないの!?」
もうドロシーは涙でぐちゃぐちゃになっていた。その姿は、俺の心を引き裂いていく。
「す、捨てるつもりなんかじゃないよ」
俺は必死に言葉を搾り出す。
「私をクビにしていなくなる、そういうのを『捨てる』って言うのよ!」
ドロシーはエプロンをいきなり脱いで俺に投げつけると、俺をにらみつけた――――。
「嘘つき!」
涙を散らしながら、ドロシーは店を飛び出して行ってしまった。
「ま、待って……」
俺の言葉は、もはや空虚な響きでしかない。
その背中を見送ることしかできない俺の胸には、言葉にならない後悔と痛みが広がっていく。大切な人を守ろうとした行動が、逆に深く傷つけてしまったという現実。その重みが、俺の心を押しつぶしていった。
「ドロシー……」
俺は深い後悔と痛みに苛まれる。その場に立ち尽くし、どうすることもできずに頭を抱えた。
88. 孤独なキャンプファイヤー
ドロシーが一番大切なのは間違いない。昨日の旅行で、あの熱いキスで、それを再確認したばかりだった。その記憶が、今の状況をより一層辛いものにしている。しかし、大切だからこそ俺からは離しておきたい。その矛盾した想いが、胸を締め付けた。
俺はもうドロシーがひどい目に遭うのは耐えられないのだ。次にドロシーが腕だけになったりしたら俺は壊れてしまう。その恐怖が、理性を超えて心を支配していた。
もう、ドロシーは俺に関わっちゃダメだ。俺に関わったらきっとまたひどい目にあわせてしまう。その確信が、決断を後押しした。しかし、今は頭は混乱し、その決断が正しいのかも分からなくなっていた。
あれ……?
ここで俺は重要なことに気が付いた。ドロシーが『一番大切』という言葉を覚えているということは、昨晩のことを全部覚えているということだ。記憶をなくしたふりをしていたに違いない。その事実に気づいた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
自分がドロシーの気持ちを踏みにじっていて、でも、それはドロシーのために譲れないという、解決できないデッドロックにはまったことを俺は呪った。
「胸が……痛い……」
それは、単なる比喩ではなく、本当にキューッとした痛みが胸を締め付ける。
なぜこんなことになってしまったのか? どこで道を誤ったのか……。
その問いに対する答えは見つからず、ただ虚無感だけが広がっていく。
俺はドロシーが投げつけてきたエプロンを、そっと広げた。そこにはドロシーが丁寧に刺繍したウサギが可愛く並んでいる。一針一針に込められた思いが、今更ながら胸に迫ってきた。
「ドロシー……」
俺は愛おしいウサギの縫い目を、そっとなでた。その指先には、もう二度と触れることのできない人への想いが込もる。
窓から差し込む朝日が、エプロンを柔らかく照らす。店内は静寂に包まれ、時間だけがゆっくりと過ぎていく――――。
俺は深く息を吐き、エプロンを丁寧に畳むと立ち上がった。これからどうするべきか、まだ明確な答えは見つからない。しかし、このまま立ち止まっているわけにはいかない。
この痛みを胸に刻みつつ、これからの道を歩んでいく。それが、今の自分にできる唯一のことだった。
◇
それから武闘会までの一か月、俺は閉店作業を進めつつ新たな拠点の確保を急いだ。その日々は、終わりと始まりが交錯する、慌ただしい毎日だった。
武闘会後しばらくは、人目に触れない所でゆっくりするつもりなので、山奥をあちこち飛び回りながら住みやすい場所を探す。
爽やかな青空の中、御嶽山の山麓を飛んでいたら、運命の導きかのように青く美しい池を見つけた。この辺は強い魔物が出る地域のさらに奥なので人はやってこないし、実は魔物も出ない。さらに、あちこちから温泉が湧いているからかクマなども寄り付かないようだ。その全てから隔絶された静寂は、俺の心に深く響いた。
降り立ってみると、池の水は青々と澄んでいて、翡翠のような輝きを放っている。ほとりからは遠くに御嶽山の荒々しい山肌が見え、実に見事な景観となっていてまるで絵画のような美しさである。
「あー、いい景色だ……。癒されるねぇ……」
俺は両手を大きく広げ、深呼吸をした。
「あぁ、良い空気だ……。ここにしよう!」
爽やかな森の空気がとても気に入って、ここに拠点を築くことにした。ここが新たな人生の拠点となるのだ。
「そうと決まれば家づくりだ!」
久しぶりにワクワクする気持ちを抑えられず、自然と笑顔が溢れた。
まずは風魔法で池のほとりに生えている木々を刈り取っていく。
「エアスラッシュ!」
俺は腕を鋭く水平に振り、緑に輝く風の刃を放った――――。
パパパパン! と巨木たちがまるでボーリングのピンみたいに一斉に倒れていく。
「うっひょー! いいね、いいね!」
魔法を使った派手な整地は実に快感である。
「そりゃ! そりゃ! そりゃ!」
エアスラッシュを連発し、一通り当たりの木をなぎ倒すと、続いて焼却処分だ。
まずは、竜巻を起こす風魔法『トルネード』で刈り取った木々を一気に巻き上げていく――――。
辺りに横たわっていた巨木は次々と宙を舞い、空高いところでグルグルと回っていった。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
俺は火の玉を次々と連打して巨木たちに放っていく――――。
着弾してボン! と爆発しながら竜巻内で炎を巻いていくファイヤーボール。
左手でトルネードを維持しながら右手で「ソレソレソレ!」とファイヤーボールを当てていくと、木々はブスブスと徐々に燻ぶり始め、さらにファイヤーボールを撃ち込んでいくとやがて炎を吹き出し、燃え始めた。
高い所でグルグルと回りながら燃え上がる木々はやがて炎の竜巻となり、壮観な姿となっていく。その激しい炎は顔が熱くなってくるほどである。
真っ青な空を背景に、うねりながら天を焦がす壮大な真紅の炎のアート――――。
人間にとって炎は本能に訴えてくる魅力がある。俺はしばらくそれに見入っていた。
まるで生き物のように揺れながら輝く炎を眺めながら、俺は子供の頃に見たキャンプファイヤーを思い出していた。
友達と一緒に眺めていたキャンプファイヤー。でも今は一人……。ドロシーはどうしているだろうか……。
何をやっていてもふとドロシーのことが気になってしまう。
俺はブンブンと首を振り、さらにファイヤーボールを放って一気に燃やし尽くしていった。
89. 豪快な家づくり
続いて建物を建てて行かないとだが……池のほとりはちょっと地盤が柔らかい。しっかりとした基礎が必要のようだ。
俺は岩肌をさらす御嶽山の山頂付近を飛んで、良さげな岩を探す――――。
冷たい風が頬を撫でる中、眼下に広がる荒々しい火山の様相は息を呑むほどの美しさだった。
「いいね、いいね! いい形の岩はないかなぁ……?」
しかし、さすがにそんな都合のいい岩は転がってはいない。自然は、人間の思惑通りには動かないものだ、たとえデジタルだとしても。
仕方がないので崖から切り出すことにする。俺は断崖絶壁の前に浮いて止まると、崖に向けて右手をのばして気合を込める――――。
「行けっ! ウォーターカッター!」
水魔法で鋭く水を超高速で噴き出した。
バッシューー! ジュボボボボ!!
断崖絶壁の硬い岩は水しぶきをまき散らしながら、まるで豆腐のように斬れていく――――。
「おぉ! なんか行けそうだ。くふふふ」
俺は家の敷地面積サイズになるように、景気よく崖にメスを入れていく。丸ッと一枚岩で家の基礎が切り出せたらいい家になるに違いない。
と、その時、ズズズズと重低音の振動を発しながら、周辺もろとも崩落しはじめた。
「うぉっ! ヤバい!」
俺はゆっくりと崩落していく千トンはあろうかという巨岩に全力の飛行魔法をかけた――――。
くぅぅぅ……。
何とか崩落は止められたが、今度は周りの岩たちが周りから落ちてきて上に覆いかぶさってくる。
「ちょっと待ってよ! ひぃぃぃ!」
俺は全力の飛行魔法をかけ続けながら巨石たちを必死に避け続ける。襲い来る巨石たちとの決死のチェイス。自分の限界と向き合う恐怖と興奮が全身を駆け巡った――――。
「くはぁぁぁ!」
最後の一つを何とかかわし、大きく息をつく。
巨石はただの大きい石ではあるが、そのどっしりとした様相で迫って来られると本能的に畏怖を感じてしまうのであった。
◇
何とか切り抜けると、俺はよろよろと飛びながら敷地上空まで巨石を運んでいった。
フラフラと空を飛ぶ巨大な四角い岩。まるでマグリットの不可思議な絵のように実にシュールな光景である。もし誰かがこの光景を目にしたら、神秘を感じてしまうに違いない。
ようやく上空にたどりついた俺。
「ふぅ……、遠かった。そーれっ!」
俺は上面を上に向け、一気に派手に落とした――――。
真っ逆さまにすごい速度で落ちて行く巨岩……。
ヒュオォォォォ……。
盛大な風きり音を上げながら、池のほとりへ向けてどんどん小さくなっていく――――。
直後、激しい衝撃音が山々にこだました。
巨大な岩は半分地中にめり込み、水面はその衝撃で盛大に水しぶきを上げ、大きな波紋を作っていった――――。
うっひょー!
かつてこんな豪快な家づくりがあっただろうか? 俺は空中でグッとこぶしを握った。
最後にウォーターカッターで上面を慎重に水平に切り取り、岩のステージの出来上がりである。
十メートル四方はあるだろうか? 黒光りする玄武岩の一枚岩とはなんとも贅沢な基礎である。俺は達成感に包まれた。
ここを見つけてから一時間も経っていないのにもう基礎までできてしまった。何とも魔法とは便利なものである。
お湯を沸かしてコーヒーを入れると、俺は広大な岩盤の上に腰掛けて香ばしい香りを楽しんだ。
見上げると雄大な御嶽山が荒々しい岩肌を晒して聳えている。その姿は、まるで永遠の時を刻む巨人のようだった。
チチチチ、という小鳥の鳴き声が響き、森の香りが風に乗ってやってくる。その瞬間、自然の息吹に全身が包み込まれていくのを感じた。
おぉぉぉぉ……。
この風景をドロシーにも見せたいなと、つい考えてしまう。きっと、『すごい! すごーい!』って言ってくれるに違いないのだ……。
しかし――――。
「ドロシー……」
不覚にも涙がポロリとこぼれる。
知らぬ間に自分の中でドロシーがとても大きな存在になっていることを思い知らされた。大切な大切な可愛い女の子、ドロシー。離れたくない。その思いが、まるで鋭利な刃物のように胸を刺す。
でも、俺の直感は告げている、恐ろしいトラブルは必ずやってくる。この波乱万丈の俺の人生に十八歳の少女を巻き込むわけにはいかないのだ。その決意と後悔が、絡み合って心を苦しめる。
俺は大きく息をつき、頭を抱えた。
遠くで鳥がさえずっている――――。