「アルマたちは冒険者になって長いの?」
「いや、冒険者になったのは僕が16の時だからまだ2年くらいだね」
私からしたらそれでも随分と長いように感じる。
2年前で16歳ということは、アルマは現在18歳か。
「アルマは私よりも2つ年上だったんだね」
「意外だった?」
「ううん、大体それぐらいかなって思ってた。カリーノはいくつなの?」
「カリーノかい? カリーノは僕の4つ下だよ」
私とアルマが雑談を始めてから、十数分ほど経っていた。
カリーノはコウカに触れることを控えたもののやはり気になるのか、ジッと睨むように見つめて観察している。
このままあとどれくらい待っていればいいのだろうかと疑問に思ったその時、ギルドで人が騒いでいる場所の騒ぎが一層大きくなった。
「お前たち、静かにせんかぁ!」
何だろうと思って顔を向けると、突然騒ぎの中心から大声が聞こえてくる。
……この声は聞き覚えがある、ギルドマスターだろうか。
「ギルドマスターかな?」
「だろうね。ん~、やっときたか」
アルマも待ちくたびれていたようで、大きく伸びをしながら肩を鳴らす。
それから1分ほど経ち、ギルド内の騒ぎが少し収まったところでギルドマスターが咳払いをした後に話し始める。
「皆、よく集まってくれた。今回、お前さんたちに集まってもらったのはファーガルド大森林で魔物が大量発生したという報告が入ったためだ。このまま放置すれば、スタンピードの恐れもある」
スタンピードとは大量の魔物が暴走してしまうことだったと記憶している。
少し前の異変でもスタンピード一歩手前だという話だったし、実際に人的被害も出てしまったんだから早めに対処するに越したことはないだろう。
「当ギルドではこの事態を重く受け止め、特別依頼としてこの件に対処することにした!」
ギルドマスターが宣言した瞬間、冒険者たちがワァーっと沸き立ち、私とアルマは揃って耳を塞ぐ。
あまりの煩さにヴァレリアンでさえも顔をしかめている。
カリーノに至っては身に纏っているローブのフードを被り、その上から耳を塞ぎながらテーブルに伏せることで外界の情報を完全にシャットアウトしたようだ。
この中で平気そうなのはコウカくらいである。
「これはいったい何ごと!?」
どうしてここまで盛り上がっているのか分からなかった私は耳を塞いだまま顔を寄せ、周りの声に消されないような声量でアルマに問い掛けた。
もちろん一言一句、正確に伝わるように心掛けながらだ。
「特別依頼だからね! ボーナス貰えるって皆沸いてるのさ!」
非常にコミュニケーションを取りづらかったが、それでも何とかこの騒ぎの原因を聞き出すことができた。
アルマ曰く、冒険者たちはギルドマスターが特別依頼を出すことを宣言したことに歓喜しているらしい。
特別依頼はギルドから非常時に出される依頼で、その重要性から通常の依頼よりも報酬が高く、ギルドへの貢献度も大きく稼ぐことができる。
さらに前回の異変では討伐した魔物の素材を相場よりも高く買い取ってもらえたため、冒険者たちは今回もそれを期待しているのだろう、とのことだ。
「ええい、やかましいわ!」
またギルドマスターの大声が響き渡る。
「どうしてお前たちは最後まで大人しく話を聞くことができんのだ!」
ギルドマスターが怒りたくなる気持ちもわかる。
こんな風に一々騒ぎ立てられると、まったく話が進まない。
「ハァ……ハァ……いいか、今回の特別依頼ではDランク以下の単独参加は認められない。Dランク以下の冒険者は最低でも2人はDランク以上がいる状態のパーティで特別依頼を受けてほしい。ではこれより、特別依頼を受けてくれる者は向こうの受付で――」
ギルドマスターの指示で冒険者たちは動き始める。
低ランクの冒険者であろう人たちは周囲にいる個人や団体に声を掛けに行っていた。おそらくパーティに誘うか入れてもらおうと考えているのだろう。
……さて、私も特別任務にはぜひ参加したいと考えている。周りの冒険者が危険な依頼に参加して頑張っている中、何もせずにただ待つなんてできない。
前回の異変の時もそうだが、この特別依頼は上手くいかないと街の人々に大きな被害が出るものだ。冒険者も大きな怪我を負う人が出るかもしれない。
つまり今回の依頼を受けることはそのような人を助けることに繋がる。
これはパパやママみたいに誰かを助けてあげられる人になるための第一歩なのだ。
とはいえ、今の私の冒険者ランクはFであるのでこのままでは参加することができない。参加するにはどこかのパーティに入れてもらわなければならないからだ。
横目でアルマたちの様子を窺う。彼女たちは他の冒険者のように受付に並ぶこともせず、のんびりと座ったままだ。
カリーノなんてフードを被ってテーブルに突っ伏したまま微動だにしない。
「アルマたちは特別依頼を受けないの?」
「いや? もちろん受けるよ」
気になったので聞いてみたが、返って来たのは否定の言葉だった。
「並んで待つのも面倒そうだからさ。列が空いたら並ぼうかなって」
「あー、そうなんだ」
次に聞きたいのは第2の疑問だ。
「アルマたちってパーティだよね? 他の冒険者たちみたいにパーティに誘ったりしてないけど、もしかして参加条件はクリアしてるの?」
「そうだよ。これでも僕とヴァルはDランクなんだ。カリーノはまだEランクなんだけどね」
アルマは「ほら」と冒険者カードを見せてくれる。冒険者カードにはしっかりと”冒険者ランク:D”と書かれていた。
なるほど、確かに条件はクリアしているようだ。
私はどのように言葉にするべきか頭を悩ませる。そうやって私が考え込んでいると、それに気付いたアルマが口を開く。
「もしかして、僕らのパーティに入りたいのかい?」
「あー、うん。そうなんだけど……ダメだよね……?」
私が答えると、今度はアルマが「うーん」と悩み始める。
一体どうしたというのだろうか。やはり、今日知り合ったばかりの人は入れたくないのかもしれない。
「うーん。いや、いいんだけど……ホントに参加するのかい? 君はつい先日冒険者になったばかりだろう? ファーガルドは最低でもEランクの魔物が出て危険なんだ。正直おススメはできないっていうか……」
どうやら私の予想とは違った理由のようで――ただの建前かもしれないが――私を心配してのことらしい。
だが、今さらそんなことを心配するのだろうかと疑問に思う。
もしかして知らないのだろうか。
「えっと、2日前のことだけど冒険者のミーシャさんって人と一緒にファーガルドに行ったんだ。そこでコウカが……だけどダークウルフを一匹倒しているから、迷惑はかけないと思う」
「ミーシャってあの“迅槍”だろう? へぇ、一緒に行動していたって言うのは本当だったんだ。うん、僕たちも無理するつもりはないから、ダークウルフを倒せるならまあ大丈夫かな」
アルマのパーティに入れてもらえることになって一安心ではあるが、“迅槍”って何だろう。
……二つ名? そんなの本人から聞いたことはないが。
「探したわよ、ユウヒちゃん」
「……ミーシャさん?」
突然、後ろから声を掛けられた。この独特な話し方をする知り合いは一人しかいない。
私が声のした方に振り向くと予想通りの人物が立っていた。ミーシャさんの話をしていたら本当に彼が現れたのだ。
「一人にして悪かったわね。それで、ユウヒちゃんは今回の特別任務に参加する気なの?」
「はい、そのつもりですけど」
近くまで近寄ってきたミーシャさんが問うてくる。
無論、参加するつもりだったので肯定で返した。
「興味本位で参加するのならやめておきなさい。今回の依頼の危険度は、前回2人でファーガルドに行った時の比ではないわ。ダークウルフなんて最低ラインで、もっと危険な――」
「興味本位なんかじゃありません」
真剣な顔で諭すように話すミーシャさんの言葉を遮り、彼の目をまっすぐ見つめる。
「危険なのは私だって分かっているんです。でも、ここで何もしないときっと後悔する。私は自分の生き方を貫くためにこの依頼を受けることを選ぶんです。この想いは絶対に曲げたくありません」
見つめ合ったまま十数秒ほど経つとミーシャさんがハァ、と息を吐き出した後に笑った。
「まあ、知っていたわよ。ユウヒちゃんはそういう子よね。でも、参加条件はどうする気? ユウヒちゃんの場合だとパーティを組まないと受けられないわよ」
「それなら大丈夫です。ここに座っているアルマたちのパーティに入れてもらえることになりましたから」
私とミーシャさんのやり取りを居心地悪そうに眺めていたアルマを紹介する。
彼女がミーシャさんに向かって軽く頭を下げるとミーシャさんはうんうんと納得したように首を振った。
「明日ワタシは頼まれ事があるから一緒には行けないけど、彼女のパーティと無理をしない範囲で頑張るのよ。アルマちゃん、ユウヒちゃんをよろしくね」
「アルマちゃん……」
何か微妙そうな表情のアルマを残して。ミーシャさんは去っていく。
「アルマ」
「……ヴァル?」
私がこのテーブルに来てから一度しか喋っていなかったヴァレリアンが唐突に口を開いてアルマに呼びかけたと思ったら、ある一点を指さした。
私とアルマがその指が指す方向を見てみると、そこには受付窓口と既にほとんど捌かれている冒険者の列があった。
「カリーノを早く宿で休ませてやった方がいい」
「え? あ、カリーノ寝ちゃってるじゃん」
テーブルにうつ伏せたままだったカリーノからは寝息が聞こえていた。
それから私たちは特に待つこともなく、スムーズに依頼を冒険者カードに登録すると、明日に備えて宿で休むことにした。
明日はきっと大きな戦いになる。直接戦うのはコウカになるだろうけど、私も気を引き締めていこう。
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