「フェザー皇国のシオドール皇太子!?」
玉座から立ち上がったレイモンド殿下が叫ぶ。
パリーン。
え、シオドール殿下の魔法で鎖壊されて…。
「アリシア嬢はこのシオドール・グレイ・フェザーが貰い受ける」
シオドール殿下は冷酷な表情でそう表明した。
えぇ!? なんで!?
驚いていると、シオドール殿下は手を差し出す。
その姿が白岡くんと重なった。
第一の人生は、手を取ることが出来ずに終わった。
だけど、ここでは。
わたし/結羽が重なり、
わたしの両目から光に満ちた涙が零れ落ちる。
手を取る。
差し出された掌に右手を置いて立ち上がると、
シオドール殿下はわたしをお姫様抱っこし、闇色のワイバーン(ドラゴン)に飛び乗る。
「ふざけるな! 大罪人を貰い受けるなど恥を知れ!」
レイモンド殿下がどす黒い顔で叫ぶと、
「皆の者、今すぐあやつを撃ち殺せ!」
皇帝がそう声を荒げて命じ、騎士達がわたし達目掛けて魔法の弓矢を放つ。
闇色のワイバーン(ドラゴン)は魔法の弓矢を軽やかに避け、春の空目掛けて飛んでいく。
レイモンド殿下の声が響き渡る。
「待て、シオドール――――!」
*
冷酷なシオドール殿下は闇色のワイバーン(ドラゴン)の上でわたしをお姫様抱っこしたまま一言も言葉を発することはなく、
わたしのドキドキとした胸の鼓動だけが聞こえ、
気付けばフェザー皇国に到着していた。
フェザー皇国はワンダー皇国に引けを取らない程の皇帝を絶対的な国家元首とし、魔法によって発展した超皇国で、
シャーウッドを代表とした中立皇国4つに囲まれた中心部にある2大勢力として互いに敵国となっている。
シオドール殿下はわたしをお姫様抱っこしたまま降りると、
地面にわたしを下ろし、ぱちんと指を鳴らす。
すると、闇色のワイバーン(ドラゴン)はシオドール殿下の魔法で、
闇色のセミショートの髪型をした美青年の姿に変わった。
その美青年は自分の胸に右手を当てる。
「アリシア様、紹介が遅れました」
「私はシオドール皇太子殿下の側近を務めるノア・テディーでございます」
びっくりしたけど、そっか。
側近のノア様だった!
わたしの小説の設定としては確か、闇のワイバーン(ドラゴン)のままだとシオドール殿下の隣にいられないから基本的には人間の姿に変えていたはず。
ノア様、人間の姿かっこいい!
「ノア、応接室へ」
「はっ」
ノア様が先導し、わたしはシオドール殿下とお城の中に入ってく。
「お帰りなさいませ、シオドール皇太子殿下」
騎士や執事、メイド達が次々に頭を下げる。
応接室に着くとノア様が扉を開けた。
「中にお入り下さいませ」
シオドール殿下と共に中に入るとノア様が外から扉を閉める。
わぁ、応接室、広い…。
煌(きら)びやかなシャンデリアに美しい絵画、
高貴なソファーとテーブル、
フリルが付いたカーテン…。
わたしの小説では確か、処刑執行官の剣で死ぬはずだったんだけど、
断罪イベント回避してしまった…。
まさかシオドール殿下に助けられることになっていたなんて。
うろ覚えって怖いな…。
「あの、どうしてわたしを救い出してくれたんですか…?」
わたしは恐る恐る尋ねる。
「ワンダー皇国に忍ばせていたスパイからお前の処刑情報を聞いた」
えぇ!?
フェザー皇国のスパイいたの!?
「お前を攫(さら)い出す事によって」
「ワンダー皇国への嫌がらせとレイモンドに恥をかかせ」
「仮にも元婚約者を攫えば、何か情報を聞き出したり役に立つと思ったからだ」
なるほど…。
「…! ぐっ…」
突然、シオドール殿下の右腕に異変が起こる。
右腕がボコッと膨れ上がり、毛に覆われ、血液が巡るように呪いの模様が描かれていく。
え、長い爪…野獣の腕に!?
怖い…。
わたしはカーテンまで逃げる。
「あ、あの…」
カーテンをぎゅっと掴みながら声をかける。
「試してみるか」
え? 試すって何を?
「俺を見るな、今すぐ背を向けろ」
出なければお前を殺すと言わんばかりの冷酷な顔でシオドール殿下は私に命令する。
「わ、分かりました…」
震えた声で了解すると、わたしはカーテンの前で背を向けた。
シオドール殿下が近づいてくる。
ドクンドクン、とわたしの胸がざわめく。
怖い。
一体、何されるんだろう。
ふわっ。
シオドール殿下に後ろから抱き締められた。
…え?
えぇ――――!?
まさかの状態に付いていけないわたし。
「っ…」
シオドール殿下の甘い香り…。
拒みたいのに拒めない。
胸がドキドキして…。
わたしが好きなのは白岡くんなのに――――。
シオドール殿下の右腕が人間の腕に戻っていく。
…あれ? 腕戻った?
なんで!?
「まさか治るとはな」
シオドール殿下はそう言ってわたしを手放す。
「あの…、これは一体…」
「見ての通りだ」
「俺は魔女の呪いにかかっている」
シオドール殿下はそう過去を語り始めた。
*
シオドールはアリシアに出会う前。
フェザー皇国の自身の親衛隊とノアを連れ、魔物ウルフを討伐する為に魔女の森に出向いた。
美しい声で鳴く小鳥。
ひらひらと優雅に舞う白い蝶々。
空まで届きそうな背の高い木々が鬱蒼(うつそう)と繁っており、紙の切れ端のような青色の空が見える大きな森林である。
魔物ウルフは魔法で討伐出来たものの、
森の奥で黒いフードで顔を隠した長いピンクがかった白髪の魔女が現れ、
呪文を唱え始める。
すると、幻覚を見せられ、精神が破壊され恐れた親衛隊はシオドールとノアを置き去りにし撤退して行った。
「シオドール殿下、我々も撤…」
「ノア、援護しろ」
「はっ」
シオドールとノアは魔女と懸命に魔法で戦った。
森の木々が爆音と共に次々と倒れていく。
しかし、魔女の左手に嵌(はま)った薬指の指輪が光り輝き、
眩しく目が開けられないノアの体を前からすり抜けた瞬間、
「うわぁぁあああっ!」
ノアは悲鳴を上げた。
「ノア!」
シオドールは叫ぶ。
ノアは魔女に呪いをかけられ、闇のワイバーン(ドラゴン)にされてしまった。
魔女はノアに気を取られたシオドールの体を背後からすり抜ける。
「っ…」
シオドールも呪いをかけられ、その場に体を丸めた状態で倒れた。
シオドールは両手を見つめる。
「姿が…変わっていない…?」
魔女はキスをするかのような距離まで唇を近づけ、倒れたシオドールの耳元でゆっくりと嫌味たらしく囁く。
「…シオドール・グレイ・フェザー」
「…お前にはノア・テディーよりももっと深い呪いをかけた」
「…お前の呪いを解くことが出来るのは“お前が真に愛する人のみ”だ」
*
応接室でシオドール殿下が話し終えた時、
わたしは両手で自分の口を押えたまま思い出す。
呪いの設定は小説で書いたけど、
まさか、
シオドール殿下が真に愛する人を毎日溺愛しないと自分が野獣化して死んでしまうという魔女の呪いにかかった冷酷皇太子だったなんて。
このままだといずれシオドール殿下は完全に野獣化して死を迎え、バットエンドの道に――――。
「お前は真に愛する人ではない」
そんなばっさり言わなくても…。
「だが野獣化は治まり」
「好みの女でもある」
シオドール殿下は無表情でさらりと告白した。
顔が熱くなり、胸がどきりとする。
え…好みって……。
「アリシア嬢、ここで共に暮らさないか?」
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