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テラーノベル(Teller Novel)
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 応接室でわたしは固まる。
 
 え、ここでシオドール殿下と一緒に暮らす!?
 前世ではいつもぼっちで、小説書いてただけのわたしが!?
 
 友達すらいなかったのに、
 “好きでもないさっき会ったばかりの異性”と同居なんて、
 そんなの心臓が持たない! 絶対無理に決まってる!! 
 
 だけど、シオドール殿下は魔女の呪いにかかった冷酷皇太子。
 わたしがいないとシオドール殿下は死――――。
 
 わたしは俯き、ぎゅっと自分の両手を握り締める。
 
 分かっていて“見殺し”にするの?
 
『アリシアこそが悪役令嬢なのですわ!』
 ロリーア姉様の声がわたしの脳裏に響く。
 
 わたしの立場は今、“悪役令嬢でロリーア姉様を毒殺しようとした罪人”
 
 否定したところで誰も信じてはくれない。
なら、それでいいじゃない。
 
 わたしの両目から光が消える。
 
 とにかくもう、ここにはいられない。
 
「助けてくれたことには感謝するわ」
「けれどそろそろわたし、行かなければ…」
 
「行く当てはあるのか?」
 
「えぇ、それはもうたくさん」
 
 嘘だけど…。
 
 わたしはシオドール殿下の隣を通る。
 
「嘘が下手だな」
 
 え、右腕掴まれ…。
 
「ここまで連れて来て、野獣化が治ると分かって俺がお前を手放すと思うか?」
 
「っ…」
 
 終わった……。
 

 
「アリシア嬢、明日、公務から戻って来た皇帝(父上)に話をつける」
 しばらくして夕食の準備ができ、食堂でシオドール殿下がそう宣言した。
 
 燦然(さんぜん)と輝くシャンデリアに、白のテーブルクロスがかかった長机には、キャンドルに火が灯った黄金の蝋台が置かれ、
 シオドール殿下の隣にはノア様、
 わたしの後ろには執事とメイドが礼儀正しく立っており、
 前菜と美味しそうな香りが漂うキノコのクリームスープを前にわたしとシオドール殿下は向き合いながら座っていて物凄く距離が遠い。
 
 誰かと食事をするなんていつぶりだろ…緊張で震える……。
 だけど何故か嬉しくも思う。
 
「話をつける…とは?」
 
「ここで共に暮らすという話だ」
 
 えぇ!? ちょっと待って。
 そんな話をされたらわたし、皇帝に殺されちゃう!
 
「お、お待ち下さい! わたしは敵国の令嬢でロリーア姉様を毒…」
 
「アリシア嬢、お前がほんとうに姉君を毒殺しようと企てたのか?」
 シオドール殿下と白岡くんが一瞬重なって見えた。
 
 白岡くんに前世で、お前がやったのかと問われたことを思い出したからだ。
 
 何も答えないわたしを見てシオドール殿下は面倒くさそうに、はぁ、と息を吐く。
 
「まぁ良い。スープが冷める。飲め」
 
 どうしよう。逃げ出したい気持ちでいっぱい……。
 だけど逃げられない。
 
 わたしは恐る恐る右手のスプーンで音を出さずにキノコのクリームスープを飲む。
 
「う…」
 気分が悪くなり、わたしは右手のスプーンを置き、両手で自分の口を塞ぐ。
 
「アリシア様!?」
 ノア様が驚いた声を上げると、バンッ!
 シオドール殿下は長机を両手で叩き、立ち上がる。
 
「誰だ? アリシア嬢に毒を持ったのは!」
 
「シオドール殿下、毒を盛るなど滅相もございません!」
 執事とメイドが慌てて否定すると、
 
 シオドール殿下とノア様が早足で歩いて来る。
 
「アリシア様、失礼致します」
 ノア様は新たなスプーンでキノコのクリームスープを飲む。
 
「シオドール殿下、毒は入っておりません」
「アリシア様にお出しする前にも毒見致しましたし、恐らく疲れが出たのではないかと思われます」
 
「そうか」
 シオドール殿下はわたしをお姫様抱っこする。
 
 え、何!?!?
 
「部屋はすでにメイドに用意させてある」
 
 わたしの部屋を!?
 
「途中で死なれては困るからな。今から俺が連れて行く」
 

 
 そして深夜、わたしは部屋のベットの上で起きていた。
 
『ここでゆっくり一晩過ごせ』
 とシオドール殿下に部屋の前で言われたものの、全く眠れない。
 
 ノア様の疲れが出たのではないかという発言は間違ってなかった。
 空腹と緊張で気分が悪く、こんなにも眠れないのは前世の小中の修学旅行以来。
 小中の国内もヤバかったのに海外の設定で書いたわたしは自分で言うのもなんだけど……ビックすぎる。
 ベット、ふかふかすぎ。こんな高級お姫様ベットで寝たの初めて。
 
 日付変わったから今日、皇帝に『アリシア令嬢と同居させて頂きます』って紹介? されるんだよね?
 わたし、今、敵国の罪人令嬢という立場だから間違いなく秒殺されると思う。
 こ、怖い…死にたくない!
 
 わたしは枕をぎゅっと抱き締め、両目を閉じる。
 ぽろぽろ、と涙が零れ落ちていく。
 
 助けて、白岡くん――――。
 

 
 ぱち……。
 わたしは目を覚ます。
 
 ふわりと浮かび上がるカーテン。
 青空が見える窓。
 ポケットサイズのノートとシャーペン。
 
 …?
 あれ? 1年B組の教室?
 
 嘘、わたし、机で寝てた?
 なんだ、今までのぜんぶ夢だったんだ。
 良かった……。
 
 両耳ピアスをつけた銀髪の白岡くんの唇が耳元に近づいてくる。
 
『おはよ、有末』
 

 
「アリシア嬢」
 甘い声が耳元に響く。
 
 わたしは両目を開けると、
 シオドール殿下の顔がドアップに映る。
 
「目が覚めたか」
 
 シオドール殿下!?!? 
 しかも、寝起き!?!?
 色気ありすぎない? 
 誰だ、こんな設定にしたの…わたしだ。
 かっこいい……じゃなくて!
 なんでここに!?!?
 わたし、すっぴんだよ!?!?
 今のが夢!? え!?
 
 わたしはパニックに陥りながらも起き上がる。
 
「あ、あの、シオドール殿下、何故ここに…」
 
 シオドール殿下が左腕を押さえているのに気付く。
 
 …! 
 左腕が野獣化してる!? なんで!?
 
 あ、そうか、魔女の呪いにかかってるんだった!
 だからって、こんな寝起きからって……。
 
「部屋の外から何度も呼んだのだが返事がなく」
「昨日のこともあるのでもしやと思い」
「許可も取らず勝手に入ってしまって申し訳ない」
 
 冷酷なシオドール殿下が謝った!?
 わたしのこと、そんなに心配して……。
 
「しかも入ったらこの有様に…」​
 
「あ、謝らないで下さい」
「わたしの方こそ目覚めが悪く、申し訳ありません」
 
「……では始める。目を閉じろ」
 
 わたしは布団をぎゅっと掴んで、両目を閉じる。
 
 シオドール殿下は前からわたしを抱き締めた。
 甘い香りが全身を包み込む。
 
 昨日は『俺を見るな、今すぐ背を向けろ』と、
 今日もわたしを怖がらせないように気遣ってくれている。
 それだけで嬉しくて、胸が暖かい。
 
 コンコン、と外から扉を叩く音が聞こえた。
 
「シオドール殿下、公務から戻って来た皇帝陛下がお呼びです」
「アリシア様も共にとの仰せです」
 
 ノア様の声……。皇帝、帰って来たんだ……。
 
「分かった。すぐ支度を済ませる」
 シオドール殿下はそう言うとわたしを放す。
 
 シオドール殿下の左腕は人間の腕に戻っていた。
 
 腕戻って良かった……。
 だけど、やだ、怖い。死にたくない!
 でも、行かなきゃ。
 
 わたしはベットから降りるも体を震わせる。
 
「アリシア嬢、そのまま皇帝(父上)に会うつもりか」
 
 そんなこと言われても…着替えがない……。
 昨日、黒の地味なドレスのまま寝ちゃったから余計に皺(しわ)が出来てボロボロに……どうしよう……。
 
「じっとしていろ」
 
 え?
 
 シオドール殿下がパチンと指を鳴らすとわたしの髪と服装が変化した。
 わたしは部屋の大きな鏡を見てみる。
 
 魔法でドレスが派手に!
 色は黒で変わってないけどフリルがついてる! 可愛い!!
 紫ロングの乱れた髪も綺麗になってる! すごい!!
 
 シオドール殿下は自分にもシュッと魔法を使い、正装に変わる。
 
「シオドール殿下、着替えはいつも魔法で?」
 
「いや、今日は緊急だから使ったまでだ」
「皇帝(父上)は冷酷非道で待たせるだけで命を奪い兼ねないからな」
「ノア、開けろ」
 
 ノア様が外から扉を開けると、
 シオドール殿下は貴族の正装を靡(なび)かせ、歩き出す。
 
「アリシア嬢、恐れる事は何もない」
「決して下を向くな。堂々としていろ」
 

 
「シオドール・グレイ・フェザー! ワンダー皇国のアリシア令嬢を攫(さら)って来るとは何事だ」
 数分後、静まった広い皇帝の間で長髪の皇帝は物凄い迫力で激怒した。
 
 ぴりり、と冷たい空気が走る。
 
 ギリシャ神殿のような円柱が並び、神々しく輝く中央のシャンデリア。
 
 そしてステンドグラスの窓から降り注ぐ朝の陽の中、
 足を組み、左手で頬杖を突いた状態で巨大な玉座に腰を下ろしているエンドリュー・ライ・フェザー皇帝と、
 その隣に座る美しい長髪のマリーゴールド・ダイヤ・フェザー皇妃を前に、
 レッドカーペットの脇に跪くシオドール殿下とわたし。

 シオドール殿下は口を開く。
 
「この度の一件はワンダー皇国への嫌がらせ、及びレイモンド皇子に恥をかかせ」
「仮にも元婚約者を攫(さら)えば、何か情報を聞き出したり役に立つと思い至った所存でございます」
「よって、このまま共に暮らすことを許可して頂きたくお願い申し上げます」
 
 ストレートに言っちゃった……。
 皇帝の前でのシオドール殿下、一段と輝いて見える。かっこいい。
 
「勝手なことをしよって」
「皇帝である我の顔に泥を塗るとは。恥を知れ!」
「アリシア令嬢は敵国の令嬢であり、レイモンド皇子の婚約者で姉君にも値するロリーア令嬢を毒殺しようとした罪人である」
「どのような理由であれど認めん」
「シオドール・グレイ・フェザー、今すぐここでアリシア令嬢を始末せよ!」
 
「それは出来かねます」
 
「皇帝に逆らうのか?」
「第一皇子セオドール・スカイ・フェザーが病死した際、“仕方なく貴様を第一皇太子”にしてやったというのに」
 皇帝は玉座から立ち上がると階段を降り、
 剣を鞘から抜き、シオドール殿下の首に突きつけ、剣先がキラリと光る。
 
「逆らうならば反逆罪とみなし、今すぐ貴様共々我が処罰する!」
 
 思い出した。
 ここでシオドール殿下は皇帝に斬られて生死を彷徨うんだった!
 魔女の呪いで死ぬ設定だから斬られては死なないけどこのままではマズイ!
 上手く悪役を演じられるかは分からないけど、回避しなきゃ。
 
「おほ…おほほほほほほっ」
 突然、笑い出したわたしを見てシオドール殿下は驚く。
 
「何が可笑しい?」
 皇帝がわたしを鋭く睨みつける。
 
「わたしはただ人質としてここに無理矢理連れて来られただけの身」
「命など惜しくはないわ。さあ、皇帝陛下、わたしからおやりになって」
 
「誰に向かって口を聞いておる? この罪人が!」
 皇帝はシオドール殿下の首に剣を突きつけるのを止め、剣をわたしに向けて振り上げる。
 
 またこの展開。今度こそ死――――。
 
「陛下、人質としてならいいのでは」
 皇妃が発言すると皇帝の動きがピタリと止まる。
 
「ワンダー皇国をじわじわと甚振(いたぶ)るのも悪くはなくて?」
 
「お前がそれを望むのならば良かろう」
 皇帝は剣を鞘に収める。
 
 え?
 
「シオドール・グレイ・フェザー! アリシア令嬢を人質として共に暮らすことを許可する」
 

 
 その後、ノア様は礼をして皇帝の間の扉をゆっくりと開ける。
 
 宮殿の廊下に出るわたしとシオドール殿下。
 
 シオドール殿下は、はぁ、と息を吐く。
「全く無茶をする」
 
 呆れられたものの、殺されずに済んで良かった。
 でもこれからシオドール殿下による毎日の溺愛が始まると思うと複雑……。
 
「アリシア嬢」
 シオドール殿下から髪の可愛いリボンを手渡される。
 
「これは人質の証だ」
「逃げることは決して認めない。ずっとここにいろ」
 
 シオドール殿下は冷酷な顔でそう言うと背を向けて歩き出す。
 
 わたしはシオドール殿下の真に愛する人じゃない。
 それにわたしは白岡くんのことが好きだ。
 白岡くんにはもう会えないと分かっていても夢に見る程今でも想っている。
 
 それなのに今、誰からもプレゼントを貰った経験がないせいか、
 人質の証なのにリボンを貰えたことが嬉しいと、
 そして叶わない願いまで生まれてしまった。
 
 大切にリボンを抱き締めるとわたしの右目から一筋の涙が零(こぼ)れ落ちる。
 
 出来るならこの世界では幸せになりたい。
 

悪役令嬢の妹に転生したら、冷酷皇太子に溺愛されることになりました。

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