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「わたくし、アロイス殿下ではなく、貴方と婚約いたします」


美貌の令嬢が、優美な微笑みを浮かべながらイザーク様に宣言する。

イザーク様は不快そうに眉根を寄せた。


「……俺と婚約だと? 笑えない冗談だ」

「冗談ではございませんわ。わたくし、今日お会いして確信いたしましたの。わたくしが妃として共に歩むべきは、貴方だと」

「俺はそうは思わないが」

「ふふっ、まあ、お気持ちは分かりますわ。でも、王族の結婚は政略であるべきです。となれば、わたくし以上に価値のある令嬢などおりませんでしょう?」

「大した自信だな」

「お褒めいただいて光栄ですわ。……では、すぐに正式な申し込みをいたしますので、心してお待ちくださいね。それでは……」


令嬢が優雅にお辞儀して扉の前を離れ、こちらへと近づいてくる。

……そして、私と目が合った。


「あら、貴女は……」


令嬢は、なぜか私を知っているような素振りを見せ、笑顔で話しかけてきた。


「ちょうど良かったわ。貴女、少し時間はあるかしら?」

「え、あの……」


今日はタマラさんのお祝いのために、少し長めの休憩をもらっていたので、時間的には問題ない。

でも、この見知らぬ貴族令嬢からの突然の誘いに、私は本能的な拒否感を覚えた。


「あら、すぐに終わるから安心してちょうだい」

「いえ、でも仕事が……」

ラウラ・・・、わたくしは貴族よ。平民の貴女が断れる立場かしら?」


平民と貴族。

身分を出されれば従わない訳にはいかない。

それに、なぜか私の名前まで知られていて、彼女から逃げ出せる気がしなかった。


「……はい、ご一緒いたします」

「分かればいいのよ」




そうして私は人気ひとけのない庭へと連れ出された。

この令嬢はなぜ私の名前を知っているのか、なぜ二人きりで向かい合う羽目になっているのか。


疑問だらけで戸惑う私に、令嬢が笑いかける。


「はじめまして、ラウラ・カシュナーさん」

「は、はじめまして……。あの、あなたは一体……」

「あら、わたくしに名を名乗れと? 貴女のような平民に名乗る義務なんてないけれど、いいわ。特別に教えてあげる。わたくしの名は、オフェリア・ネフヴァータル。筆頭公爵家の娘よ」


オフェリア公女の琥珀色の瞳がきらりと光る。


(筆頭公爵家のお嬢様……。王家と同じくらい、私には雲の上の人だわ。ああ、だからさっきイザーク様に『自分以上に価値のある令嬢などいない』と言っていたのね……)


つい先ほど目にしたイザーク様とオフェリア公女のやり取りを思い出して、胸にずきりとした痛みが走る。


『貴方と婚約いたします』


オフェリア公女はそう言っていた。

すぐに正式な申し込みをすると。


(そんなの、嫌……)


ショックと不安で押しつぶされそうな胸に手を当てると、オフェリア公女が目を細めた。


「ラウラ、先ほどのわたくしとイザーク殿下の会話を聞いていたわね?」


公女の有無を言わさないオーラに圧倒され、私は正直に返事をするしかない。

はい、と答えると、公女は優美な笑みを浮かべて私に言った。


「では、貴女がすべきことは分かるわね。イザーク殿下に別れを告げなさい」


公女の言葉に、全身から血の気がひくのを感じた。


それは、専属侍女の仕事を辞めろと言っているのか、それとも──。


「そ、それはどういう……」


私が震える声で尋ねると、公女は気怠げに溜め息をついた。


「わたくし、察しの悪い人は嫌いなの。貴女、イザーク殿下と恋人関係なのでしょう?」

「え……なぜ……」

「なぜ知っているのかって? そんなもの、街へ何度も二人で出かければ噂は立つものだし、ネフヴァータル家の諜報力を甘く見ないでほしいわ。まったく、殿下の火遊びにも困ったものね。まあ、相手が貴族ではなくて、貴女のような平民なら後始末も簡単に済むからありがたくはあるかしら」


公女が小首を傾げてにこりと笑う。


(火遊び……? 後始末……?)


私とイザーク様の関係が知られてしまっていたのは分かった。

たしかに、公爵家ともなればこんなことは簡単に把握できるのかもしれない。


でも、私たちの関係は火遊びではないし、勝手に始末をつけられる筋合いもない。


「……嫌です。いくら公女様のお願いでも、それは聞けません。私はイザーク様をすぐそばでお支えしたいんです……!」


貴族に楯突くなんて恐ろしい。しかも貴族の頂点にいるような人だ。

怖くて身がすくんでしまうけれど、別れろと言われて、素直に従うわけにはいかない。


だから勇気を振り絞って拒否してみせた。

けれど、オフェリア公女は一見優雅な、でもまるで蛇のようにねっとりした笑みを浮かべた。


「まあ嫌だ。愚かすぎて頭痛がするわ。いい? まず、わたくしは貴女にお願いをしたのではないの。さっき言ったことは命令・・よ。貴女は別れを告げて、殿下の前から消えなくてはならない」


公女が手に持っていた扇子で、私の顎をくいと持ち上げた。


「それに、貴女が殿下を支えるですって? 笑わせないでちょうだい。平民の貴女に何ができるというの? 彼が求めている国王の座を、貴女が用意できるとでも?」

「そ、それは……」

「できるわけないわよね。何の力もない平民が。でも、わたくしならできるの。筆頭公爵家のわたくしが妃となれば、第一王子派より優位に立てる。彼が国王となった後だって、いくらでも金銭援助できるし、貴族たちの手綱を握って統治を支えることができるわ。ね、貴女にはできないでしょう?」


公女の言葉に、私は何も言い返すことができない。


公女の言葉は正しい。私には、そんな力は無い。


アロイス王子は、自分は国王の座には興味がないと言っていたけれど、彼を支持する貴族がそれを許すかは分からない。


それに、イザーク様が国王になっても、それは出発点スタートであって終着点ゴールではない。

その先のほうがずっと長く、支えが必要なのだ。


(……私ができる支えって、何?)


イザーク様の悩みを聞いてあげること?

辛いときは抱きしめて、慰めてあげること?

好きな手料理を作って、喜んでもらうこと?

二人で出掛けて、気晴らししてもらうこと?


(──そんなの、公女様のできることに比べたら、何もしてないのと一緒だわ……)


今まで、イザーク様を支えたい、彼のためになりたいと思っていた。


でも、それは今思えば、村の女の子が「大きくなったらお姫様になりたい」と言うような、現実味のないふわふわとした夢に過ぎなかったのかもしれない。


(私には、イザーク様を支えることはできない……)


現実を突きつけられて打ちのめされる私に、オフェリア公女が最後通告を言い渡す。


「では、1週間以内に終わらせなさい。分かったわね?」


そうして公女は、その命令を聞くのが当然とでも言うように、私の返事を聞くこともなく、コツコツとヒールの音を響かせて去っていった。



◇◇◇



「ただいま戻りました」


オフェリア公女と別れた後、私はなんとか心を落ち着けて執務室へと戻ってきた。


「おかえり、ラウラ。タマラの誕生祝いはどうだった?」

「はい、とても楽しかったです。タマラさんもすごく喜んでくれて」


いつも通り笑わないと。さっきのことをイザーク様に気づかれないように。

そう思って笑顔を浮かべたつもりだったのだけど、もしかしたら失敗したのかもしれない。


イザーク様が心配そうに眉を寄せた。


「ラウラ、もしかして具合がよくないのか?」

「あ……いえ、たぶんさっきパンケーキを食べすぎてしまったせいです。美味しくて、つい欲張ってしまって」


いつもなら、些細な変化を察してもらえて嬉しかったかもしれない。

でも今は、気づいて欲しくなかった。

だから適当に誤魔化すと、イザーク様は一応納得した様子を見せた。


「そうか……。まあ、今日はあまり無理するな」

「……はい、ありがとうございます。そういえば、休憩を長めに取らせてもらいましたが、お仕事のほうは大丈夫でしたか? 来客があったりとか……」


オフェリア公女について何か聞けないかと思い、私はさりげなく話題を振ってみた。

けれど、イザーク様はまるで本当に来客などなかったかのように、自然な口調で否定した。


「いや、特に来客はなかった。何も問題ない」

「……そうでしたか。それなら、よかったです」


イザーク様の答えに、なぜか、つきりと胸が痛んだ。



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