カタカタカタ……。
キーボードとマウスの音が交互に真夜中の一部屋に鳴り響く。
時計の針は既に午前2時を過ぎていた。
「クッッソ!!!死ね!!」
パソコンに向かって暴言を吐いた。
あ、まず。今、深夜だった。
深夜のオンラインゲームの対戦中に、いくら暴言を吐こうとも、騒ごうとも、「静かにしろ」と文句を言うやつも、叱るやつも、罵るやつもいない。
誰も俺に興味がない。
俺は葛葉
俺と兄は、対照的。
何をするにも不器用で消極的な弟と優秀で人望が厚い兄。
兄と弟である俺を比べて、不出来な俺に両親は、愛想を尽かした。
何時しか、俺は何をしても叱られること無く、逆に褒められることも無くなっていた。
クラスの奴らが言うには、俺は甘やかされているらしい。「何をしても怒られないなんて羨ましい」と言ってくるやつもいる。
俺からしたら、何がいいのかわからなかった。
ン、ン”ン”ーー
手を組み、伸びをする。
俺以外がいなくなってしまったような、静かな夜。
少しひんやりとした空気と秋の音。
俺はこの静かでどこか儚げのある侘びしい夜が嫌いじゃなかった、寧ろ、好きだったのかもしれない。
ヘッドホンを外して、パソコンの電源を切る。
もう一度伸びをして、ゲーミングチェアから腰を上げ、窓を開けた。
ひんやりとした風と月光が微かに差し込んで、髪をなびかせ、白い肌を照らした。
「そろそろ、寝るかー」
独り言をいいながら、カーテンを閉め、布団に入り込んだ。
ゲームをして、アドレナリンが出たせいか、目が冴えてしまって上手く寝付けない。
何度が体勢を変えて、目をつぶりなんとか眠りにつこうとする。
ピコン
スマホからメッセージ音が鳴った。
毛布の中から手を出して、スマホをとる。
こんな時間に、誰だ。
連絡をしてきた相手は
叶だった。
ゲームの誘いか?
叶「起きてる?」
葛「寝てる」 既読
叶「今、いつもの公園にいる」
あいつこんな時間に公園って、何考えてんだ
葛「お前なにしてんの」既読
叶「別になにも」
じゃあ、なんのために公園なんぞ、何も無いところに行ってんだ。しかも、こんな時間に
叶「葛葉も」
叶「来る?」
小さく息を吐いて、空気に溶けた。
葛「行く」 既読
何故だかわからないけど、行ってやらなきゃいけない気がした。
何かをしてやらなきゃ、ダメな気がした。
「しゃーねーな」
あー、髪ボサボサだけど、叶に会うだけだし、まぁいいか。
こんな夜中に外出たことないな。
誰か起きてこなきゃいいけど、まぁ、俺の事なんて気に止めるヤツこの家にはいないか。
一枚気慣れた黒いワンポイントの上着を羽織って、スマホと財布だけ持ち、玄関に向かった。
「おい、こんな時間にどこいくんだよ」
後ろから聞きなれた声が聞こえた。
兄がこんな時間まで起きてるのは、きっと熱心に黙々と勉強をしていたんだろう。
俺とは違う、優秀な_____。
「叶と会ってくる」
どこに行こうが行かまいが、どうだっていいくせに。
いちいち善人を気取ろうとする兄に、苛立ちを覚えたのはいつだったっけ。
どうでもいいか、そんなこと。
めんどくせぇ。
所詮俺には関係ない。
「こんな夜中に行かなくても、明日でいいだろ」
心配してくれているのか、あくまで兄弟、家族としての建前なのか。
昔は大好きだったのに。
今は何となく目障りに感じてしまう。
「おい、聞いてるのか?」
「こんな夜中に危ないだろ」
いつまでも、餓鬼扱い。
「いつも、こんな時間まで起きてるのか?」
「おい、聞いてるのか、葛葉」
めんどくさい。うるさい。しつこい。うざい。
自分の中でふつふつの煮えわたる感情をなんとか沈めようとする。
「大丈夫だよ。すぐ戻るって」
そう言って、逃げるように家を出た。
兄はまだ何か言いたげな顔をしていたが、俺はもう十分だった。
公園に着くまではそこまでかからなかった。
無意識に早足であるいていたからなのかもしれない。
公園に着くと、ベンチで電柱の光に照らされていた叶がいた。
叶の方に近づくと、俺が来たことに気づいて軽く手を振ってきた。
「こんな時間に出歩くなんて、良くないよ?」
「お前が呼んだんだろ」
「来るって言ったのは葛葉でしょ」
挨拶代わりの会話を済ませて、叶の横に座った。
叶は、何も言わずにどこかを見つめていた。
多分これ我慢してんだろうな、俺から聞かれるの待ってんだろ。
本当は聞いて欲しいくせに、素直じゃないやつ。素直になれないんだろうけどな。
「で、なんか用でもあるのか」
「別にないよ。用がなきゃ呼んじゃいけないの?」
俺の方を横目で見ながら言った。
「別にそういうわけじゃねーけど」
少しの沈黙がながれる。
その沈黙を消すようにに、秋の虫が音を鳴らす。
「なんかあんだろ」
「言いたきゃ、話せば」
叶が前を向きながら話し始めた。
「うん、なんかさー、自分でもよくわからないんだけど」
「うん」
「お前に話そうと思ってさぁ」
「うん」
そう言って平常心を装って話そうとする叶の手は少し震えているように見えた。
「ほんとにつまんない話なんだけどね」
「あぁ」
つまらない話なんかじゃないくせに、本当は聞いて欲しいんだろ。
「今日さー、久々に父さんが家に来て、一緒に夕飯食べたの」
「僕と母さん張り切ってハンバーグ作ったんだよ。」
「うん」
「あ、もちろん新しいお父さんの方ね、前のお父さんはもう、天国に行っちゃったから」
「帰ってきてくれたら嬉しいんだけどね。あ、そうじゃなくて、ごめんごめん、話ずれちゃった」
「うん」
本当は帰ってきてほしいんだろ。会いたいくせに。
「それで、そのハンバーグ食べて、美味しいってすごい褒めてくれてさぁ、喜んでた」
「それでね、」
叶が話を止めた。きっと言おうかここまできて悩んでいるんだろう。苦しいんだろ、言えばいいのに。
こいつは、いつでも、どこまでも他人優先にして、自分を後にする。
こんな時でさえ。
叶が息を吐いて、何故か嘲笑するようにして、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「夕飯を食べた後に、二人が僕の前に座ってさ、話があるって言ったんだ、真面目な顔してた。」
「それでさ、これからはお父さんも一緒に暮らすことにしたんだって、だから、来月になれば、3人で暮らすんだって。」
「……そうか」
「いつしかは、一緒に暮らすんだろうなって予想はしてたんだよ。ずっと前から。」
叶が笑った。
俺は叶を真っ直ぐ見ていた。
「でも、なんだろう、うん。。なんだか、元のお父さんの存在が、消えちゃうような、、気がして、さ、」
何か声をかけてやらなきゃ、いけない気がして、それでも、掛けてやれる言葉が見つからなかった。
「自分でもよくわかんないんだよね」
どうしたいのかもわからないし、嫌なのかも嬉しいのかもわからない__。
そう言って叶は困ったように笑った。
その笑顔は、無理に笑った笑顔に見えた。自分の気持ちを隠すように、抑えるように、誤魔化すようにするための笑顔にみえた。
叶のお父さんが死んだことを知ったのは、叶が学校を早退して、何日かした後に来た時だった。
その日の叶は、話していてもふざけていても、ここに意識がないようで、どこか遠くに意識があるような感じがした。
でも、話し方や仕草は何の違和感もなくて、不思議な感じがしていた。
その日の帰り道、いつも通りふざけ合っていた時に、叶が然り気無く、まるで他人事のように
「お父さんが死んだ」
と言った。
俺は耳を疑った。さっきまでふざけ合っていたのが嘘かのように思えた。
その事を何ともないように言い放った叶。今の今まで黙っていつものように振舞っていた叶。今隣で前を向いて歩く叶。
叶が何を考えているのか、どんな気持ちで言い放ったのか、俺には全くわからなかった。
どうするべきかもわからなかった。
「そう、、か、」
気の利いた言葉をかけることも、問い詰めることもできなかった。
その様子を見た叶が、眉を八の字にして笑顔を作り、話をしてくれた。
原因は、交通事故だったらしい。
道路で信号がわからずに、横断歩道を渡り轢かれそうになった子供を助けたことが事故の原因だった。
叶は、その相手に声を荒らげることも、泣き喚くことも出来ずに、時間が止まっているように思えた。夢を見ているようだったと言った。
ただ悲しかったと言った。
その後に
「ごめんね、こんな話。でも、葛葉には言っておきたかった。」
と言った。
俺は内心かなり困惑しながらも
「そうか、また、なんかあったら話せよ。いつでも聞いてやる」
とだけ言った。
それから、月日が経ち、俺と叶は高校生になり、同じ高校に入学した。
入学初日に、クラス分けがあった。
「叶、叶、、、」
俺は名簿から叶の苗字を探した。
しかし、見つからずに困惑していた所に叶が来た。
「あはは、びっくりした?」
と言いつつ、叶は自分の名前を指さした。叶が指さした場所にあった苗字は、俺の知ってるものではなくなっていた。
「同じクラスだね、よろしく」
その時に、叶の親が再婚したことを知った。
「よろしく」
叶は、笑っていた。
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好きすぎる…