叶は、笑っていた。
ーーー。
話しきった叶は、少し疲れたようにふぅと息を吐いた。
「もう、秋になるんだね」
叶は、目をつぶって上を向いた。
「そうだな」
俺は、叶を見ていた。目をつぶって上をむく叶をずっと見ていた。
今こいつは、何を思っているのだろう、何故俺に話すのだろう。
「お前さ」
「ん?」
目を開けて叶がこちらを見た。
「本当は他に言いたいことあるんじゃねぇの?」
叶は少し驚いたような顔を一瞬見せた後に、首を傾けた。
「そうなのかもね」
「ねぇ、おかしな質問していい?」
「ん」
「葛葉から僕ってどんな風に見えてる?」
よく分からない質問をしてきた。
「どうって、」
叶は、こちらを真っ直ぐ見ていた。
「お前は、誰とでも話せて、明るくて、色んなやつに好かれてて、慕われてて、あと、や、さしくて」
指を折り曲げながら言われた通りに叶の印象となるものをあげて言った。
「くーちゃん、顔が赤いですよ〜」
にやけながら、煽るように俺の顔を覗き込んだ。
俺は顔に出やすいらしい。
「うっせぇ、あと、くーちゃん呼びやめろっ!」
叶から顔を背けながら、肩を押して遠ざけた。
くすくす笑いながら「ごめん、ごめん」と言って手を向けた。
「そっか、葛葉からもそう見えてるんだ」
叶が少し寂しそうな顔をした。
「僕は、葛葉が考えてるような人じゃないよ」
「僕は、本当は」
「お前は、」
叶が話すのを遮って話し始めた。
叶は、少し驚いた表情を向けた。俺は、前を向いた。
「誰にでもいい顔する優等生に見えて、本当はそうでもないし、寂しがり屋で、生意気なやつで、誰よりも裏で努力してて、本音を誰にも言えないくせに、強がって、悲しいくせに悲しいって言えなくて、」
叶は、困惑したような表情をして俺の顔を横からみていた。
「く、葛葉?」
「いつも自分の事を後回しにして、他人を優先して、お前ばっか、我慢して、」
「葛葉」
叶が肩を叩いてきた。
それでも俺は気にせずに話続けた。
「お前の親がいなくなった時も、本当は泣きたかったくせにお前は我慢して、笑って、再婚した時もほんとは苦しかったはずなのに、笑って、今回だって、お前は笑った」
話す口が止まらなかった。
止められなかった、悔しかった。
こいつばかりが我慢して、いつも笑って誤魔化すこいつを見ていられなかった。
「葛葉!!!」
叶が大きな声を出して、俺の肩をもう一度叩いた。
俺は叶の方を見なかった。
ひたすら感情のままに話した。本当はわかってたんだ。
「なんで、葛葉が泣いてんだよ」
そう言われて気づいた。俺は泣いていた。
「お前、なんで泣いてんだよぉ。」
叶の声が震えていた。
思わず顔をあげると、叶も泣いていた。
泣いている所を初めて見た。
泣いているのに、嬉しそうだった。そして、苦しそうだった。
「か、なえ」
「ありがとう、ありがとう、僕のことをちゃんと見ててくれて」
叶は、嬉しそうだった。「ありがとう」と言いながら俺の手を両手で包み込んだ。
「本当は僕ずっと、苦しかった。泣きたかった。でも、誰にも葛葉にも言えなかった。怖かった葛葉が好きなのは優等生の僕でホントの僕を見せたら離れちゃうんじゃないかって」
叶は、涙を流してひたすら手で拭いていた。
こんなに感情的な叶を見るのは初めてだった。
今まで溜めていたものがほどけていくようだった。
「僕、本当は、優等生なんかじゃないし、大丈夫じゃないし、」
「うん」
「父さんが死んだ時も、ほんとに悲しくて、でも、母さんが横で泣いてるのを見て、僕がしっかりしなくちゃって。支えてあげなきゃって。我慢してた。」
「そうだな」
「本当は僕だって、泣いて泣いて、叫びたかった。」
「うん」
「再婚した時だって、本当は抵抗あったよ。けど、母さんが幸せならって、悲しいのが薄れるならって、また、我慢した。」
「お前はえらいよ」
「今回だってそう。今度こそ父さんの存在が消えちゃうみたいで、でも、そんなわがまま言えないからっ、いいよって。いつもみたいに。いいよって言って」
「うん」
叶の事を抱きしめてあげたくなった。
抱きしめてあげなきゃいけないと思った。
叶の腕を引っ張って、俺の方に寄せた。
肩に叶の頭を乗せた。
「もう、笑ってるの疲れたよ。優等生でいるのも疲れちゃったよ。」
「いいんだよ、もう。お前はよく頑張ったよ」
叶は俺の肩に顔を埋めて、泣いた。
俺は震えている背中をさすった。
「僕だって、嫌なことはあるし、悲しいこともある。いつも我慢しちゃって、皆が羨ましく思えて、なんで僕はこうなんだろうって」
「そうか、そうだったんだな」
こうして、歯止めの効かなくなった叶は、今までの事を全て吐き出した。
まるで、産まれたての赤ん坊のように、声をあげてないていた。
俺の服をぎゅっと掴み離さなかった。
「今まで、ずっと一人で抱え込んでたんだな」
叶は、噦りながら頷いた。
「ありがとう」
叶は、泣き腫らした顔をあげて
叶の表情は、清々しいほどすっきりしていた。
全てを吐き出した叶は、まだ何も知らない赤ん坊のように、目が綺麗だった。
泣いて洗われた瞳は、宝石のように輝いて見えた。
「落ち着いたか?」
体の体勢を変えて、俺から起き上がった叶を見ながら聞いた。
「うん、なんかすっきりした」
叶は、澄んだ瞳で俺の方を見ていた。
青空のような清々しい表情をしていた。
「僕ずっと、我慢してたんだなって、誰かに吐き出したかったんだなって知れた」
優しく落ち着いたいつもの声に戻っていた。
「僕も知らなかった、こんな自分を。心の中でずっと叫んでいた小さな自分を」
大切そうに手を心に当てた。
「気づけて良かった」
叶は、ゆっくりと自分の気持ちを整理するように話した。
「葛葉のおかげだね」
そう言って笑った。
その笑顔はいつもの誤魔化す笑顔じゃなくて、俺だけに向けられた綺麗な感謝の笑顔だった。
「じゃあ、これ借りな」
おどけた声で言った後に、叶は笑って
「あーあ、葛葉に借り作っちゃった〜」
と言ってまた笑った。
「俺もお前が知れてよかったよ」
繊細なガラスに触れるように、叶の頭に手をそっと乗せた。
叶は、「うん」と小さく囁いて、頭から手を下ろし、優しい声でこう言った。
「ありがとう、僕を知ってくれて。友達でいてくれて」
暗い夜の中で、楽しそうな兎が見えた。
叶は、柔らかい笑みを向けていた。
それから、夜の公園で雑談を軽くした。
いつも通りの会話。
ふざけ合って、笑っては、手を叩き、ゲームの話をする。
叶が小さく欠伸をした。
「安心したら眠くなってきた」
叶の欠伸が俺に移った。
「帰るか」
叶は、何かを決心したように見えた。
そしてもう一度俺に
___________。
と言ってベンチから立ち上がり体を伸ばした。
俺も立ち上がって伸びをした。
長いようで短い夜が終わろうとしていた。
叶はきっとこれをきっかけに、親とも話をするだろう。
叶のことだ、きっと上手くやれる。
上手くやれなかった時は、俺がまた話を聞く。
「頑張れよ」
叶の方を見ずに公園の出入口向かって歩いた。
叶がどんな表情をしているかは想像がついた。
「おやすみ」
「おやすみ」
公園の出入口で二人は別れ、自分の家に向かって歩いた。
後ろを振り向いた時の叶の足取りは軽くそれでいて、確かな足取りで帰って行った。
そんな叶の姿を見えなくなるまで、ずっと見ていた。
泣いている時の叶を思い出す。
我慢することから解放され、止まらない涙を抑えようとすることなく赤ん坊のように泣いて、時より俺の服を強く握り、震える手を止めようとしていた。
あいつにとっては、ものすごく勇気のいることだったんだろう。
人前で笑顔以外の表情をあまり出すことないあいつは、いつも何を思って話していたのだろう。
その笑顔にいつも違和感はなく、誰も気にしなかった。気づかなかった。
一人で全て抱え込み、一人で全て解決しようとしていた。
気づいた頃には、一本の細い糸がピンと張って今にも切れそうになっていた。
そして、その糸がこの夜にプツンと切れてしまった。
切れてしまった糸はそう簡単に戻ることはできなかった。
その瞬間、涙のダムが崩壊し、気持ちの箱が潰れた。
必死に糸を繋ぎ直そうとする中で、心の中で鍵をかけていたものが抑えきれずに出てきてしまった。
糸を直すことなど忘れて、感情をさらけ出すことしかできなかった。
もしかしたら、公園にいると連絡をした時から、話そうと決心していたのかもしれない。
いつも通りに流そうとしていたのかもしれない
嘘をつことしていたのかもしれない
そんなことは、叶にしかわからない。
俺はただそ憶測で考えることしかできない。
色々と考えているうちに、家についていた。
玄関を開けると、家の匂いと静かな寝息だけが俺を迎えた。
そこに、「心配」をしていた兄はいなかった。
ほらな。
俺の事なんかどうでもいいだろ。
ーーー
作者 黒猫🐈⬛
「笑顔の裏側」 続きます
※ご本人様と関係の無い物語です。
コメント
5件
めっちゃ好きです。自然に涙が出ました。
感動した
いやまじ主さん小説家なれるって