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前の話のいるま視点
最初に違和感を覚えたのは、春の初めだった。
窓際の席で、なつがいつもより少しだけ静かだった。
笑ってはいる。けど、その笑顔の端が、どこか無理をしてるように見えた。
休み時間、何気なく声をかける。
「なつ、最近元気ないな」
「え、そんなことないよ」
そう言って笑うけど、
その笑顔のあと、机の影で咳をしてたことを俺は見逃さなかった。
放課後、教室に戻ったとき、
床に落ちていたものを見て、足が止まった。
――薄い、桜色の花びら。
まるで、なつの席から零れ落ちたみたいに。
次の日から、俺はなつをよく見るようになった。
授業中、口元を押さえて俯くとき。
笑うたびに、目の奥が少し滲んでるとき。
知りたくないのに、目が離せなかった。
ある日の昼休み、
俺はとうとうそれを見た。
なつの口から、ふわりと花がこぼれた。
息が止まった。
まさか、本当に――。
花吐病。
報われない恋をしている人間が罹る、奇病。
笑ってたのは、隠すためだったのか。
放課後、屋上に呼び出す。
夕焼けの光の中、なつは俯いたまま立っていた。
「……隠してたの、これか?」
沈黙。
少しして、小さな声が返る。
「言いたくなかったんだ。気持ち悪いって思われるから」
「思わねぇよ」
気づけば強い声が出ていた。
「誰がそんなこと言うんだよ。……俺が、お前のこと嫌いになるわけないだろ」
その瞬間、なつの目から涙がこぼれた。
「……いるまのこと、ずっと好きだった」
「わかってたよ。……でも、怖かったんだろ?」
なつが頷いた瞬間、
胸の奥の何かが切れたみたいに、言葉が出た。
「俺も、好きだよ」
ゆっくり近づいて、顔を上げさせる。
震える肩。涙に濡れた頬。
「もう、吐かなくていい」
そのまま、そっと唇を重ねた。
柔らかくて、温かくて、
間にあった花びらがふわりと散った。
――それっきり、なつは咳をしなくなった。
春風が吹き抜ける屋上で、
なつは泣きながら笑っていた。
「いるまが、好き」
「……俺も」
光の中で見たあの笑顔は、
どんな花より綺麗だった。