佐藤くんは…こんな経験をしていたのか。でも、時々疑問には思っていたんだ。佐藤くんの決断の速さ。それはどこから来るものなのだろうかと…僕はこの時ようやく分かったんだ。佐藤くんは、いじめからくる辛い経験をしたから、とっさに判断ができたんだ。迷っていても大切なものは守れないからと…僕は佐藤くんのことを少しだけ誤解していたのかもしれない。佐藤くんは…しっかり物事を考えてたんだな…僕がそんなことを考えている間に、佐藤くんはいじめの主犯格である華木陽菜さんに詰め寄っていた。僕は慌てて佐藤くんを止めようとした…が、遅かった。
「お前ら、いじめがどんな辛いことが分かってやってんのか?いじめで死ぬやつだって居るんだ!」
その場が静まり返った。それはそうだろう。なんせ、いじめを始めた華木さんは、遊び半分でやったんだから。急に死ぬなど言われても理解が追いつかないだろう。しかし、佐藤くんの怒りは留まるところをしらず…
「華木…お前は大切な兄弟が居たよな…?」
華木さんには今5歳の弟がいる。華木さんは、弟の面倒を見るのが面倒くさいとか言うが、なんだかんだ弟が大好きなんだそうな。
「い、居るけどそれがどうしたのよ。」
「その大事な弟がいじめられてみろ?お前はどう思う?その弟が辛さに耐えれずに自殺したら?」
佐藤くんの言葉に華木さんはハッとした。華木さんも、弟が大切で大好きだからだ。もし弟が死ぬなんでこと…考えたくもないだろう。
「いじめられて、死ぬことになったとき…いじめた側は責任を取れない。お前の場合は殺す気などなく、ただ遊び半分なんだろ?」
佐藤くんは「けどな…」と続けて、
「なくなった命がもとに戻ることはないだろう…?」
佐藤くんの『音』が、とても優しく、強く、切なく鳴った。佐藤くんの記憶からは、いじめのことしか見えていない。だが、本当はもっと辛い目にあったんだろうか?僕は心の声を見れなくなった。そんなに重たいものを受け入れられるとは思わなかったから…
次の日、華木さん達は綾瀬さんと僕に謝りに来た。僕は大丈夫と答え、綾瀬さんを見た。綾瀬さんは…とても慈しむように顔をほころばせ「大丈夫だよ…」と、答えた。何故か僕はその顔が頭から離れなかった。
僕は今でも君のあの時の顔を覚えているよ…あの優しい微笑みは、僕が一番最初に見た、君の本当の顔だった…
コメント
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いじめって本当に怖いし,遊び半分でもダメージが大きいですよね。佐藤くんの必死の訴えに感動しました。