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「あ、めろちゃん!こっちこっち!」
小さな女の人が建物の入口あたりでぴょんぴょんと跳ねている。
「ちっさすぎて見えなかったわ」
ニキが18号を背比べをするような仕草をしながらからかっている。
「はよ着替えて来んかいクソガキ」
3人がはけた後、キャメロンにも声をかける。
「めろちゃんもはやくスケート靴履いてきて。」
「え、俺も!?」
「当たり前やん。生徒が滑るんやからコーチが見本見せんとあかんやろ」
「いやそのためにじゅうはっちーに――」
「いーからだまって履く!はい!」
18号はキャメロンにサイズピッタリのスケート靴を差し出した。
キャメロンはスケート靴を持ったまま、立ち尽くしていた。
暫く動けないでいると、背後から背中をつつかれた。
「入んないの?」
不思議そうな顔をしたりぃちょに見つめられる。
「あー……うーん…」
「先行くよ?」
「うん…」
りぃちょは軽い足取りで先に氷上に行ってしまった。
それからニキ、しろせんせーの順で続く。
「めろちゃん?さっさとしないと練習時間終わるんだけど?」
笑っているようで目が笑っていない18号に凄まれる。
「………ハイ…」
(………また、怪我をさせてしまうかもしれない)
(じゅうはっちーは、俺のせいで…もしもまた同じことが起きたら……。)
キャメロンが柵を掴んだまま、どうしても動けずにいると、りぃちょに手を引かれた。
「早く来てってば!」
――また同じことが起きるに決まってる。
他人の未来を潰した俺に、氷の上に立つ資格なんてない。
ないはずなのに……
足が、身体が、勝手に動いてしまった。
ぶわっと、冷気に包まれる感覚がした。
選手時代の、懐かしい感覚が蘇る。
(本当は、俺はここで…もっと……………)
後ろから強く背中を叩かれハッとする。
「よし、スピンやるよ!」
振り返ると、髪をお団子にしてあの頃のように笑う18号がいた。
「被害妄想ばっかしとらんと、やりたいようにやんなよ。」
耳元で、すごく小さい声で囁かれた。
深く息を吸って、軽く氷上を滑る。
周囲を確認して18号と息を合わせ、スピンに入る。
(打ち合わせ通り…りぃちょくんが苦手なアップライトスピン…からキャメル…シット…)
とにかく丁寧に、お手本になれるように意識して滑る。
誰にも怪我をさせないよう、絶対に一定の距離を保てるように、慎重に。
「………どうだった?」
「やっぱ鈍ってるねぇ。やめたの3年前だもんねー」
18号からの鋭い視線が痛い。
やはり精度が落ちていたようだ。
「さっきの技、ペアのやつやんな!なんであんな簡単に――」
しろせんせーが興奮気味に問いただす。
「ふふん、そりゃあめろちゃんとあたしは元ペアで、国際大会で表彰台入りしたからね!スピン合わせるくらい余裕よ!」
18号が待ってましたと言わんばかりに饒舌になる。
「キャメってそんなすごい人やったんや…」
ちらりとニキがキャメロンを見ると、キャメロンは誇らしげに胸を叩いた
「もっと尊敬してくれてもいんだよ?」
「………よし、おれもやる!」
りぃちょが目を輝かせながら、エッジで氷を押して勢いよく滑り出す。
「無視ぃ…?」
キャメロンは少ししょぼくれていた、
(何度もやったコンビネーションスピン…アップライトスピンから…たしかキャメさん達はこんな感じで…)
「!」
りぃちょのスピンの精度が、段違いに上がっている。
(キャメルスピンして…シットスピン…!)
りぃちょが全てのスピンを回り切る。
「は!?」
思わず声が漏れてしまった。
「なんだ、りちょ上手じゃん。めろちゃん電話で酷評してたけど、何がダメだったん?」
なんて酷いやつ、と言いたげな目線に慌てて訂正する。
「い、今唐突に綺麗になったんだよ!!」
18号は少し考えたあと、口を開いた。
「…キャメ、りちょの前で1回でも滑ったことある?」
「え、いや…ない…。」
今の今まで、怖くて氷上で技を決めることなど考えもしなかった。
「………もしかしたら、りちょに必要だったのはお手本だったのかもね。」
「動画だけじゃ学べないことも沢山あるから。」
楽しげにくるくると回るりぃちょを見つめる。
俺がもっと早く、ちゃんと氷と向き合っていれば
(違う、ちゃんと導けてたはずだ)
中途半端に、コーチなんかやったから
(違う、ちゃんとできてたはずだ)
でも、俺がコーチじゃなかったら――
「キャメさん!!どう?おれすごいっしょ!」
キャメロンのモヤをかき消すように、りぃちょが無邪気に笑った。
胸が、締め付けられる。
「…すごい、すごいよ。」
震えた小さな声でそう言ったキャメロンの顔を、りぃちょは不安そうに覗き込む。
そんな不穏な空気を、18号が断ち切った。
「あ!もうそろ貸切時間やん!みんなリンクから出て!製氷するで〜!」
周りを見ると、いつの間にか誰も居なくなっていた。
慌ててリンクから出て、更衣室に戻る。
更衣室で、しろせんせーはりぃちょに声をかける。
「お前、この後なんかあるん」
「え?なんもないけど」
相変わらず、声色からは嫌悪感が滲み出ている。
「ほんなら、俺とニキの滑り見てけや。」
「えっ!?いいの!?!?」
思わぬ発言に立ち上がり大興奮で答える。
「その代わり、俺とニキのをちゃんと見て、比較して、何が違うか考えてから帰れ。」
りぃちょには言葉の意図はよく分からなかったが、何となく頷いた。
「…お前、スピンどのくらいやったん。」
ニキから初めて1年半ほどの選手だと紹介されていたしろせんせーは、りぃちょのスピンの完成度を見て、単純な好奇心で尋ねた。
「んー……キャメさんには秘密ね?」
「スケートリンクでやった後、家でスピナー使って5時間…くらい…」
「お前……それはオーバーワークやろ。」
異常すぎる練習時間を聞き、言葉につまる。
「だってやらなきゃ追いつけないし…それに、おれマジで下手くそだから…」
「…………俺は、やっても追いつけんと思うよ。」
静かな男子更衣室に、冷淡なしろせんせーの声が響く。
「…え?」
顔を上げると、しろせんせーの冷たい目と目が合った。
「あいつはいわゆる天才や。幼稚園児の頃からやっとる俺らを1年で超えやがった。」
「そんな天才に、俺ら凡人が勝てるはずない。」
苦しそうに、眉間に皺を寄せる。
自身の腕を握る手に、ぐっと力が入る。
「…正直無駄なんや。どんだけ身体ぶっ壊そうが、あいつには勝てやん。」
しろせんせーは、りぃちょを、自身を嘲笑するようにそう言った。
りぃちょは、そんなしろせんせーを鼻で笑った。
「ほんとはそんなこと思ってないくせに笑」
「は?」
「おれ、ニキニキが出てる大会表彰式まで全部見てるよ。」
「せんせー、毎回悔しそうだった。無駄なんて思ってたらあんな顔できないでしょ。」
りぃちょがしろせんせーを見つめて、ニヤリと笑う。
「誰よりもニキくんに執着して、ニキくんに勝ちたいと思ってるせんせーに、そんなこと言われる筋合いない。」
「おれは何をやってでもニキくんに勝つ、ニキくんを超えてみせる。」
「それが、おれの存在意義だから。」
更衣室の扉の前で、キャメロンは立ちすくんでいた。
どうして気付けなかった。
コーチなら、気づいて当然だった。
いや、気づかなければならなかったのに。
気づけなかった?
本当に、気づいていなかったのか?
休憩時間の度にうたた寝。
普通に歩いている時でもたまにフラフラしていた。
新幹線の中での異常な睡眠時間。
思い当たる節はいくらでもあった。
伸び悩ませたせいだ
(違う、伸び悩んでたのは俺のせいじゃない)
焦っているのに、なんのケアもしなかった
(ちがう、知らなかった)
「俺、見てたのに、全然見れてなかった…」
扉の前で、蹲る。
自責と自己防衛を、頭の中で繰り返した。
更衣室から物音が聞こえて、慌てて立ち上がった。
「うわっ!?キャメさん?!待ってたの?!」
「…うん。」
「あ、おれせんせーに許可もらったからこの後の練習見てきてもいい?」
「うん、いいよ。」
よっしゃ!と小さくガッツポーズを取りながら、りぃちょは2階席へと駆けて行った。
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