テラーノベル
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りぃちょは、しろせんせーとの約束通り2階席から2人の滑りを見学していた。
(ニキニキの滑り、生で見るの初めてだ…!)
いくらファンとはいえ、毎度毎度見に行っていては自分の練習が疎かになってしまうため、毎回テレビやスマホで視聴していたのだ。
リンクサイドには、たくさんの大人たちと有名なジュニア選手たちが並んでいる。
(あっ、せんせー!)
しろせんせーがスケートリンクの真ん中に立つ。
曲『snowfall』
抱きしめるような振り付けから入り、最初のジャンプ、3回転ルッツ
高くて距離のある、綺麗なジャンプが決まる。
連続ターンの後美しいイーグル。
自然で、でもすごく楽しそうなステップシークエンス。
(すごい、キレー…)
曲が静まるタイミングで氷を撫でるように寝そべり、審査員たちの前まで滑る。
すぐさま立ち上がり、加速する。
モホークでぐんぐんとスピードを増し、3回転ルッツ+2回転ループが決まる。
そのままコンビネーションスピンに入る。
回る度に周りが輝いて。
魔法みたいに綺麗なスピン。
最後のジャンプに入る。
2回転アクセル
りぃちょの胸が高鳴る。
(おれのより、断然完成度が高い…!)
一目見てわかるほど、しろせんせーの2回転アクセルは美しかった。
曲が止まると、しろせんせーは審査員や観客へ向けてお辞儀をして、リンクから出た。
しばらくして、しろせんせーがりぃちょの元へやってきた。
「ちゃんと見とった?」
「うん!せんせーすごいね!スピンもジャンプも全部が綺麗で、丁寧で…特にステップシークエンス!おれあれ超嫌いだからほんとに凄かった!」
「…あんま騒ぐなガキ」
しろせんせーは、照れ隠しに暴言を吐いた。
その証拠に、髪の隙間から見える耳は赤く染っていた。
「…次、ニキやで。」
「あ…」
更衣室でしろせんせーに言われたことを思い出す。
『ちゃんと見て、比較しろ』
「…うん。」
ニキがリンクに上がった瞬間、会場中の視線がニキに集まる。
客席を掃除している清掃員でさえ、自身の選手と話しているコーチでさえも、ニキを見ていた。
これが天才か。
そう思わずにはいられなかった。
曲『』
曲が始まると、ニキはスムーズに加速し、速度を保ったままスパイラルをしながら審査員席へと滑っていく。
(すごい、全然減速しない…)
「…体勢が綺麗なんや。異常な程にな。」
「え」
りぃちょがニキのスパイラルに見とれていると、しろせんせーは心を読んだのかと疑いたくなるような解説を入れた。
「ええから見とけ。勝手に喋っとるだけやから。」
「あ…わかった。」
ニキがジャンプの体勢に入る。
おそらく会場中の人間が、同じタイミングで固唾を飲んだ。
――3回転サルコウ+2回転トウループが、綺麗に決まる。
2階席まで軽快な着氷の音が鳴り響く。
その音に被せるように、とてつもない量の拍手が聞こえてくる。
「…特に強いコンビネーションやない。でも、俺のLz+Loよりも点数は高い…」
それはおそらく、異常なまでの完成度から来るもの。
サルコウとトウループ。
基礎点の低い、基本的なジャンプと言っていい。
だが、ニキが飛ぶと大技が決まったかのような歓声と、高得点が飛んでくる。
(何が違うのか、何が凄いのか分からない。でも、何かがすごい…!)
着氷直後、スピンに入る。
滑走時のトップスピードよりも早く回っているように見える。
(比較…)
しろせんせーのレイバックスピンと、減速するまでの長さが違いすぎる。
既にキャメル・シットと回っているはずなのに、一向に速度が落ちない。
ニキは最後まで同じ速度で回り切り、少し苦しそうにステップシークエンスに入った。
転んでしまいそうで、でも絶対に転ばないという安定感があって、目が離せない。
人々の目を釘付けにする、そんな魔性のスケーティング。
(あんなの、おれじゃ絶対できない…!)
りぃちょは、ただでさえ高なっている胸の鼓動が、さらに早くなる。
(すごい!すごい!!凄すぎる…!!)
ニキはこのフリースケーティングの3分間を、まるで日常の1部のように、自身の仕草のひとつかのように滑りきって魅せた。
笑顔で客席と審査員にお辞儀をして、肩で息をしながらコーチの所へ戻って行った。
「…おまえ、見とるだけなのに汗かきすぎやろ…」
りぃちょは額から滝のような汗を流しながら、Tシャツを汗でぐっしょり濡らしていた。
「だって、ニキニキが目の前で滑ってて、だって、だって…!」
「わかったわかった!もうええから静かにせぇ!バレる!」
あまり汗だくの状態で気温の低いスケートリンクにいると風邪をひいてしまうので、しろせんせーはりぃちょを連れて足早に退散した。
男子更衣室に戻り、しろせんせーは余韻に浸ってボケッとしているりぃちょの顔面にタオルを投げつける。
「んぶっ」
「さっさと拭け、風邪ひく。」
「ありがと…?」
妙に優しくて気味が悪い…という感情は、心の中に閉まっておくことにした。
「…どやった、ニキの滑りは。そろそろ語彙力も戻ってきた頃やろ。」
「あ………比較…?」
「おん。」
りぃちょは脳に焼き付いたニキの滑りを頭の中で再生しながら、しろせんせーの滑りを思い出す。
「…速度、速度から違った。ニキニキ、むっちゃ早かった。」
「…せやろな。」
しろせんせーは少し不機嫌そうに相槌を打ったが、りぃちょは分析に夢中になりすぎて気づいていない。
「あと、ジャンプが…こう…しなやか?って言うのかな。やわらかかった気がする。」
「せんせーのはなんか…硬かった」
「大分感覚派やなお前…」
しろせんせーがりぃちょに自分たちの滑走を見させたのは、天才と凡人の差を見せて心を完膚なきまでにボコボコにしてやろうという目論見だけではなかった。
客観的に見て、ニキと自分でどんな差があるのか、どこがどう違うのか、何が劣っているのかを知るためであった。
だが…
(こら失敗だったかもしれんな………)
しろせんせーは不服そうにペットボトルの麦茶を飲み干した。
「…あ、あと周りの人の”目”が違った。」
「!」
「やっぱり、ニキニキには人の目を惹きつける”何か”があるんだと思う。」
ギラギラと輝く、闘志に燃える大きな瞳で、嬉しそうにそう語った。
「俺は、それが何か知るためにお前を…………」
少しの苛立ちと悔しさが籠った、小さな声で呟いた。
「え?なに?」
りぃちょの間抜けな顔を見れば、その苛立ちも呆れに変わった。
「…さっさと帰れよ。」
しろせんせーは自身のタオルを乱雑に取り更衣室を出た。
(やっぱり、失敗だった。)
更衣室の扉の前で立ち尽くして、タオルを力いっぱい握りしめた。
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