ホテルで仮眠を取った俺達が次に向かったのは、まさかの空港だった。
「もう帰るのか?」
「ホントはもう一泊の予定だったんだけど、聖くんが沢山勝ってくれたから、別の場所に行くことにしたの。
いいかな?」
「何か考えがあるんだろ?いいよ」
「ありがとう!」
喜んだ後、聖奈さんの顔色が曇る。
「どうした?」
「えっと…何で聖くんは私の好きにさせてくれるのかなって考えてたの。
そしたら、ただ私は自分がしたいようにするばかりで、負担ばかりかけているんじゃ?って考えちゃったの」
働き過ぎておかしくなっちゃったの?
ブラック反対っ!
「それは前にも話したろ?
俺的には聖奈に任せているのに、都合の悪い時だけ理由もなく拒否するのは何か違うんだよな」
俺はさらに続ける。
「聖奈には好きにして欲しい。それに俺の力が必要ならいくらでも貸すよ」
「ありがとう。同じことを何度でも聞いてくれる聖くんが好きだよ」
また揶揄うのかよ……
慣れた俺は苦笑いで返し、そっけなく応える。
「そりゃどうも」
俺達は空の住人になった。
「次は何をするんだ?タイなんかに来て」
「ホントは冒険を始めてからでもよかったのだけど、医療品が欲しかったの」
医療品?
「日本では医療関係者しか手に入れられない物が、向こうでは買えるの」
「また税理士さん絡み?」
「ううん。今回はネットで探したの。結構たくさん溢れてたよ」
日本のネットリテラシーはどうなっているんだ……
「その中で一番良かったのがタイだったの。
もちろん日本で買っても、すぐに異世界に持っていけば問題ないんだけど、単価が安いんだよね」
そもそも怪我したら日本に帰れば……そうか。
「私達だけなら日本で治療が受けられるけど、ミランちゃんは無理だから……
それに私達でも病気や怪我によっては、医者や、もしかしたら警察に理由を求められるかもしれないしね」
確かに毎回言い訳を考えるのは大変か。
それに外傷だと一刻を争う場面で、呑気に月が出るのを待てないもんな。
「聖くんもせめて応急処置は覚えておいてね」
「わかった。俺だけのことじゃないから頑張って覚えるよ」
やっぱり聖奈さんはみんなのことをちゃんと考えてくれている。
俺のことで気にすることなんてないのになぁ。
無事タイに着いた俺達は空港を出る。
「日本人の観光客(?)も多いな」
「そう。意外かもしれないけどバンコクは結構都会だし、観光スポットも沢山あるの。
でも食べ物には気を付けてね。水一つとっても合わない人にはあわないから」
「わかった。俺は酒だけ口にするよ」
「それはそれでどうなのかな…?今日は観光してからホテルに向かうけどいい?」
「構わないぞ」
実はアジア圏の観光地は行ってみたかったんだ。
ホントはカンボジアに行きたかったけど、遊びじゃないからなぁ……
長い休みが取れたら必ずいこう!
タクシーの初乗り料金めちゃくちゃ安いな。だけどすぐ渋滞に捕まって、動かなくなる。
この混み具合なら歩いた方が早いだろうな。歩かないけど……
観光の寺院巡りをした俺達は、ホテルへと辿り着ていた。
「夕食はどうするんだ?」
「このホテルの料理は観光客向けに作っていて、安全で人気だからそれを食べよう?」
「わかった」
ホテルでは香辛料をふんだんに使った本格的なタイ料理が出てきた。
もちろんトムヤムクンは頼んだ。
俺はベタだからな!
「ふぅ。お腹いっぱいだな!」
「聖くんはお酒でお腹いっぱいなんじゃないのかな?」
「結構辛かったから喉が渇いたんだよ」
一応言い訳ではない。…ホントだよ?
俺達の部屋には、大量に買った香辛料が段ボール箱で置いてある。
「安いからって買いすぎたか?」
「大丈夫だよ。どうせ殆どミランちゃんの実家に渡すお土産なんだから」
ミランの実家は倉庫ではないよ?
「じゃあ、転移するか」
「うん。向こうは夜中だからまだ寝てるだろうけどね」
俺達は異世界に転移した。
「私は手紙と部屋の鍵を扉に挟んでくるね」
聖奈さんはミランの寝ている部屋に行った。
香辛料とお土産を取った後、鍵を閉めてから部屋の中に滑り込ませておくように手紙に認めてある。
「ただいま。じゃあ、戻ろっか」
今日も日課のお土産を渡したら、下弦の月に祈りを捧げて転移をした。
翌朝、いや昼だな。起きた俺達は時差で狂わされた体内時計を恨みながら準備をした。
「今日の夕方に約束してあるんだけど、聖くんはどうする?」
「えっ?俺は行かないのか?」
自分のことだが自分の予定がわからない。哲学かな?
「相手が私一人じゃないと取引しないって言ってるの。
聖くんはその間、近くで時間を潰していてくれないかな?」
「聖奈の安全と、荷物は持てるのか?」
「荷物はそんなに多くないし、武器と違って一つ一つは軽いから大丈夫だよ。
安全はこれがあるから」
そう言ってショルダーバッグから拳銃を覗かせた。
えっ?いつの間に?
「ねっ?大丈夫そうだよね?これなら男も女も関係ないからね!」
いや、男女よりも持つ人を選ぶと思いますが……撃たないでね?
夕方まで観光を楽しんだ俺達は、取引相手に指定された場所の近くに来ていた。
拳銃持って観光って……度胸が凄いのか、下調べが凄いのか……
どっちもか。
「私はこれから行ってくるから、聖くんはその辺ぶらぶらしててね」
「ああ。悪いけどそうさせてもらうよ」
聖奈さんには悪いけど、俺は楽しませて貰おう。
聖奈さんと別れた俺はメイン通りの屋台(?)みたいな店に来ていた。
まだ開店したばかりなのか、他の店と違って空いていた。
「おすすめの料理と、それに合う酒を下さい」
翻訳の能力を活用して、現地語でかっこよく頼んだ。
カッコいい…よな?
「うまっ!聖奈さんに止められていたけど、やっぱり現地の人達と同じものが食べたいよな!」
現地の屋台を満喫した俺は、聖奈さんと合流してタクシーに乗った。
「どうだった?」
俺の質問に聖奈さんが答える。
「うん。予定していた物は全部買えたよ。強い痛み止めが買えたのには安心したよぉ。
痛いのは嫌だからね」
確かに…麻酔なしの手術とか想像しただけで気が狂いそうになるな。
ちゃんと麻酔も手に入れたみたいだし。
「ただ、私達と同じとは限らないから、ミランちゃんにはパッチテストとか他のテストもしてもらわないといけないけどね」
異世界人と地球人の身体のつくりが同じだとは限らないもんな。
そんなミランの心配ネタで盛り上がったタクシーがホテルに着いた後、俺は地獄を味わうこととなる。
「大丈夫?」
「うげっ。だい…じょうぶ…」
俺は食あたりを起こしていた。
トイレとはズッ友……
「もう!だから止めたのに…」
「す…まん…」
「病院行こうね?」
「いや、俺は病院が嫌いだ!」
トイレの扉を挟んでの会話だ。
俺は昔から病院にはギリギリまで行かない。なるべく自然治癒に任せている。
いつも医者からは我慢し過ぎて、痛みが薬じゃ取れないと言われる。
我慢し過ぎは良くない!
「じゃあ、水とお腹に優しい物を買ってくるから、出し切ったら胃薬を飲むんだよ?」
すまねぇ。面目ねぇ。
俺は翌日までベッドとトイレを勤勉に通った。
翌朝回復した俺は、大盛りの朝食を食べて聖奈さんに呆れられた。
「治るの早過ぎないかな?ただの漢方の胃薬だよ?」
薬なんか産まれてから数える程しか飲んでないから、よく効いたんじゃないかな?
俺のお腹の調子のせいで転移できなかったので、今日も泊まることに。
「悪いな。予定があっただろうに」
「ううん。余分に日程を組んでいたから大丈夫だよ。
それに聖くんと新婚旅行してるみたいで楽しいしね!」
とんでもないことを言ってきたが、それよりも予備日を設定してるなんて、どこまで出来る子なんだよ……
余分に観光を堪能し、夜中に荷物を持っていく。
「聖くん。ミランちゃんからお手紙があるよ」
ベッドに置かれていた手紙を受け取り中を見る。
『セイさんへ。
沢山のお土産ありがとうございます。
仕事が出来て父も毎日機嫌が良く、家の中が明るくなりました。
今は何も役に立てていませんが、こちらに戻ってこられた時には精一杯頑張りますね。
今は任されたことを精一杯頑張ります。
いつまでも待っています。
ミラン』
なんか…戦場に出た夫を待つ人みたいな手紙だな。
内容は相変わらず堅物な感じで重そうに見えるけど、頑張り屋のミランらしい手紙にほっこりしてしまった。
「聖くんのは何て書いてあったの?」
俺が手紙から顔を上げると聖奈さんが聞いてきた。
「多分聖奈のと変わらないと思うぞ」
特に見られてミランが恥ずかしい内容でもないので、聖奈さんに渡した。
「ふーん。やるじゃん」
えっ?そんなリアクションをすることが書いてあったか?
俺は人が人に宛てた手紙に興味はないから見ないけど。
戻った俺達は眠くないからトランプに興じた。
どうも聖奈さんは考え過ぎるきらいがあるみたいだ。
二人でしたテキサスフォールデムは俺の圧勝で、飛行機の時間を迎えた。
「おっ。日本行きのチケットだな。移動に時間ばかり取られてあまり現地にはいなかったけど、なんだか懐かしいな」
空港での俺の発言に。
「当たり前だけど、転移で移動するより遥かに時間がかかるよ。
でも、楽しかったね!」
にこやかに聖奈さんが応えてくれた。
「そうだな。それもこれも聖奈のお陰だよ。ありがとうな。これからもよろしく」
感謝は常に伝えないとな。
「どういたしましてっ!私の方こそ不束者ですが末永くよろしくお願いします!」
またそうやって……
やいのやいの言いながら俺達は日本行きの便に乗った。
「次はヨーロッパに行きたいね!でも私達のいくヨーロッパの方が凄いけどね」
ヨーロッパ=異世界かよ。確かにイメージはそんな感じだな。
でも、ヨーロッパでもミランの様な美少女で性格の良い子は中々いないだろうけどな。
日本の空港へと着いた後、俺は聖奈さんに今後の予定を聞いた。
「日付変更線やら時差やらよくわからないけど、多分まだ1週間くらいしか経ってないよな?
この後はどうするんだ?」
「この後はあの大量の武器を使って、ヤクザさんの事務所にカチコミに行くんだよ!」
嘘だろ…?
「まぁ、冗談は置いておいて。まずは会社に行って状況を把握することかな。その後は向こうで買った正規の商品が送られてくるのを、仕事をしながら待つことかな」
「あれ?意外にやることないのか?」
俺は思ったことが口に出る正直者なんだ。
「何言ってるの?聖くんにはまだまだ書類を決済して欲しいし、大学を辞める気があるならその手続きとご両親への報告をしなきゃだしね。
早く言わないと大学のことは置いておいても、会社のことはバレるよ?」
えっ?バレるのか?
「なんでバレるんだ?」
「だって色んな書類の本人確認に本籍地も入っていたでしょ?
DMとかがご実家に送られることはあり得るよ?」
俺の個人情報のセキュリティ強度は紙かよ……
家へと戻ってきた俺達は、各々の仕事を始めた。
「じゃあ俺は退学の手続きをしてくるよ」
気乗りしないがいつまでもこのままって訳にはいかないよな。
「今日はだめだよ。まずは私と会社に行ってもらわないと」
「何でだ?」
「向こうの砂糖が売り切れていたら困るからね。
今日の夜に宿に運んでもらわないと」
なるほどな。確かに無くなっていそうだな。
「あまり売り切れが長いと、せっかく頑張った白砂糖の熱が下がっちゃうからね」
需要がなくなることはないだろうが、高く多く売れるほうがいいもんな。
「わかった。じゃあ行こうか」
「うん!その前にシャワー浴びさせてね」
お互いが準備を終えたらタクシーで向かうことに。
ならなかった。
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