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先日の雨が上空の埃を全て流し去ってくれたからか、今夜はやけに星が綺麗に瞬いていた。
足早に家に向かう彼にとっては星が綺麗に光っていようが、今まさに遠い何処かでその星が生涯を終えて爆発していようがさして気にすることではなかった。
学生の頃に超新星爆発の写真を見せられた事があったが、その時激しく空腹だった為にその言葉を発してきた、将来は学者にでもなるんじゃないかと思える同級生にその超新星爆発で腹が膨れるのかと問いかけて相手を絶句させたことがあるほどだった。
そんな腹の足しにならないものには一切興味を向けない彼だが、今向かっている家に暮らす恋人と付き合い、心も体も重ね合うようになって互いの裡をさらけ出す関係になってからは少しずつその心が変化を果たしていた。
良く美術館などにある、果物やパンを描いている名作と呼ばれる作品があるが、食えもしないものを描いて何が楽しいのか、そしてそれを見る事に一体何の喜びがあると豪語して恋人を苦笑させた過去を持つが、そんな彼が最近は恋人が行きたいと告げる美術展に一緒に出向き、博識の恋人からその絵についての時代背景や画家の生涯などを聞かされた後、併設されているミュージアムショップで図録を見たりするようになってきたのだ。
彼自身驚きを隠せない変化だったが、その変化をもたらしたのは間違いなく今の恋人だった。
だがその恋人は彼の変化についてからかうこともなく、ただ次に面白そうな展覧会があるから見に行かないかとチケットをそっと差し出すだけだった。
自分の変化を控えめに、だが決して見逃すことなく見つめ続けてくれる恋人には本当に感謝の気持ちが溢れ、それを現す為にそっとハグしてキスをしたのだが、場所が悪かったからか、直後に彼は氷河期に追いやられてしまい、中々現代に戻ってくることが出来ない程だった。
そんな照れ屋でもあるがそれでも彼を愛してくれている恋人が一人で待つ広い家があるアパート下に辿り着き、警備員に挨拶をしていつものようにドアを開けて貰い、中に飛び込んで階段をすっ飛ばしてフロアに向かう。
ただ一つのドアが出迎えてくれるそこで軽く息を整えた彼、リオンは、一度深呼吸をした後ドアベルを鳴らして返事を待つ。
「――お疲れ様」
「ハロ、オーヴェ!」
本当に疲れたから癒してくれと片目を閉じたリオンに彼の恋人であるウーヴェが苦笑するが、そっと腰に腕が回されたかと思うとキスをされる。
「腹減ったなぁ」
「今日はリアがフォカッチャを作ったんだが、食べるか?」
「食う!!」
いやっほぅと拳を突き上げて歓喜を表すリオンにウーヴェが苦笑しつつ肩を竦めるが、フォカッチャと後はトマトとチーズのサラダがあると告げると微妙な表情で見つめられる。
「リオン?」
「チーズは良いけどさ、トマトはいらねぇ」
「一緒に食べるから美味しいんだろう?」
だから文句を言わないでトマトと一緒に食べろと背中を叩かれて不満を口を尖らせる事で訴えたリオンは、その不満を解消する為にウーヴェにキスをすると、ぷはぁと大きく息を吐いて仕方がない食べてやると嘯く。
「………フォカッチャは抜きだ!」
「げ、嘘ウソっ!オーヴェ、ごめんっ!!」
冗談ですごめんなさいと素早く謝罪をしたリオンを呆れた様に見つめたウーヴェだが、キッチンに入るまで腰に回した腕はそのままだった。
一日頑張って働いた後に惚れて止まないウーヴェと一緒に食べる食事は、例えそれが野菜の盛り合わせ-つまりはグリーンサラダ-であっても最高の食事になる。
ウーヴェが用意をしたもの全てを平らげたリオンの言葉に感心しつつも呆れたウーヴェがよく食べたなと溜息を零し、己はビールをグラスに注いで飲み干す。
「オーヴェ、俺が帰ってくるまで何かしてたのか?」
「うん? どうした?」
「や、いつもならもう少し食事の用意が完璧なのに、今日はカルテスエッセンばかりだからさ」
リオンの言葉に眼鏡の下で瞬きをし、気になる番組があったからテレビを見ていたと苦笑すれば、彼のロイヤルブルーの目が驚愕に見開かれる。
「何見てたんだ?」
「ああ……宇宙関係の科学番組だな」
「それならそうともっと早く言ってくれれば面白いビデオとかあるのに」
「は?」
ウーヴェの言葉にリオンが腕を組んで一人納得したように何度も頷き、今度ヴェルナーからDVDを借りて来てやると言われてウーヴェが瞬きを繰り返しながら何の話だと問いかければ、満面の笑みを浮かべたリオンがのんきな笑い声を上げる。
「またまたー。オーヴェも医者だもんなぁ。やっぱり興味あるか?」
「いや、だから何について興味があると思っているんだ……?」
リオンに問いかけたウーヴェの胸中を嫌な予感が過ぎるが、悲しいことにその手の予感は外れることはなく、にこにこと同士を見つけた喜びに顔を綻ばせるリオンの口から流れ出たのは宇宙人の解剖のDVDと言う一度聞いただけでは必ず聞き返してしまう言葉だった。
「は? もう一度言ってくれないか?」
Wie bitte? と聞き直すウーヴェにリオンがやけに真剣な顔になったかと思うと、グレイと呼ばれる種類の宇宙人の解剖をした様子を録画したDVD-当時は当然ながらビデオテープ-だと言い放ち、その言葉をようやく理解したウーヴェがぼそりと呟く。
「ロズウェル事件ならば公式見解が発表されているだろう?」
「だーかーら、それがねつ造なんだって――って、ヴェルナーが叫んでたぜ」
にやりと笑みの質を変えたリオンにウーヴェが軽く目を瞠るが彼自身も冗談半分で言っている事に気付き、ただ苦笑をして白い髪左右に振る。
「残念ながらロズウェルでも無ければ、MJ12でもない」
「じゃあエリア51は出てこないのかよ?」
椅子から立ち上がって伸びをするリオンに一つ頷きリビングに行こうと顎で誘ったウーヴェは、カウチソファに腰掛けたのを見計らい、見ている途中だったDVDを再生させる。
大きな液晶テレビに映し出されたのは、何処か作り物めいているが紛うことなく現実のものである星々の画像だった。
「これ……?」
「ああ。宇宙を飛んでいる望遠鏡の事は知っているか?」
その望遠鏡が今まで撮した写真についての興味深い解説をする番組だと告げ、リビングのソファを定位置に決めているリオンの髪と同じ毛色の異様な大きさを誇るテディベアにもたれ掛かって膝を抱え込んだウーヴェは、もぞもぞとリオンが横にやってきてレオナルドと名付けたテディベアにもたれ掛かるのならば俺にもたれてこいと無言で告げてきた為、小さな溜息を零して恋人の無言の願いを聞き入れるように身体を逆に傾ける。
「……な、オーヴェ、これさ、本当に宇宙でこんな風に広がってるのか?」
「そうらしいな。アマチュアのカメラマンも天文家も沢山この星を写しているが、全てこんな感じだったな」
漆黒の闇を背景に信じられない程綺麗に光り輝く星を取り囲むように色とりどりの薄い膜のようなものが広がっている映像を見ながらリオンがぽつりと呟けば、ウーヴェも自分で見たわけではないが、プロもアマチュアも立場に関係なく撮したものがこのような姿ならばきっとそうなんだろうと頷くと、そっと腕が伸ばされて軽く抱き寄せられる。
それが無意識の行動だと気付き黙って身を委ねるが、まるで独りぼっちになってしまった子供が不安になって周囲に人がいないかを探す様子が脳裏に浮かんでしまい、大丈夫だと伝える代わりに肩に回されていた腕をそっと掴んで腰に回させ更に身を寄せる。
「――キレイだな」
ぽつりと零される心の声に目を細め、その通りだと頷いたウーヴェは、次々に映し出される漆黒の宇宙空間を彩る星々の姿を見ながら隣から伝わる気配が穏やかなものになった事に気付いて胸の裡で安堵の吐息を零す。
「これさ、家から望遠鏡とかで見えないのか?」
「この星は難しいだろうなぁ」
ただ、なじみ深い月や神々の王の名を持つ木星や美しい輪を持つ土星ならば望遠鏡でも見えるらしいと聞きかじった情報を伝えれば、リオンがぽつりと呟いて苦笑する。
「望遠鏡なんて見たこと無かったや」
「そうなのか?」
「うん、そう。学校で見る機会があったけどさ、星を見たって腹は膨れなかったから」
だから見なかったと過去の己を少しだけ笑うように顔を歪めた気配を感じ取ったウーヴェが片手を挙げてリオンのくすんだ金髪に手を差し入れてそっと引き寄せれば、抵抗することなく首が傾げられてコツンと頭と頭が触れあう。
「天文台に知り合いがいる。今度見学会をすると言っていたけどどうする?」
興味があるのならば一緒に見に行かないかと最大限気遣いつつ優しく問いかけてくれるウーヴェに感謝したリオンが顔の角度を変えてウーヴェの白い髪キスをすると、休みが上手く取れて晴れている日に行ってみたいと囁き、素っ気ないがそれでも情だけは籠もっている短い同意の言葉が返ってくる。
「分かった」
「うん」
絶対に一緒に行こうと約束を押し付ける訳でもなければ無理なら一人ででも行って来るとも言わず、こちらの負担にならないように控えめに申し出てくれるウーヴェの優しさに何度目かの感謝をしたリオンは、ウーヴェと名を呼びながらその顎を掴んで顔を振り向けさせると、薄く開いている唇にそっと唇を重ねて目を閉じる。
「……ん……」
「……ダン、オーヴェ」
「ああ」
天文台でのデートの約束とキスに対する感謝の言葉を告げたのち、テレビの中で次々に映し出される芸術作品のようなそれらに見入ってしまったリオンは、ウーヴェがそっと自分たちの身体にブランケットを被せた事にも気付かずにただ画面の中で色とりどりに光る星を見つめてしまうのだった。
その後、漆黒の宇宙空間で展示され続ける星達の芸術作品を鑑賞し終えたリオンは、ベッドの中でウーヴェの背中をただハグし続け、腕の中で読書灯を使って本を読むウーヴェの肩に顎を載せて微睡んでいた。
珍しく求めてこない事に奇妙さを感じつつも静かに抱き合う夜があっても良いだろうと内心苦笑したウーヴェは、先程テレビで見ていたものを一冊に纏めた写真集を眠る前の脳休めに見ていくが、耳元で聞こえる穏やかな寝息につられて欠伸が何度も出てしまっていた。
これ以上は無理だと悟り写真集を閉じてサイドテーブルにそっと置くが、背中を温めてくれる抱擁だけでは物足りないと眠りに向かう心が素直に呟いた為、腕を持ち上げて何とか寝返りを打ち、薄く目を開いたリオンに苦笑する。
「……オーヴェ……?」
「――今日も一日お疲れ様、リオン」
また明日も頑張って来いと額にキスをしながら囁けば、達観した様な透明な笑みを浮かべてリオンが小さく頷く。
その顔に息を飲んでしまったウーヴェは、それが恋人が眠りの園に足を半分突っ込んでいる時にだけ見せる笑顔であることを思い出し、起こしてしまって悪かったと囁いて広い背中を抱きしめる。
「……ん……オーヴェも、お休み……」
「ああ。お休み、リーオ」
そっとそっと広い背中を抱擁すると、心底安堵したときにだけこぼれ落ちる溜息が二人の間に静かに落ちていき、ウーヴェも目を閉じると己の背中に回された腕の温もりに気付く。
互いの背中を抱きしめ合いながら眠りに落ちる事の出来る幸福をこの夜の二人は無意識に享受し、深くて穏やかな眠りに朝までひたっているのだった。