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それから半狂乱になった私をみんなで落ち着かせてくれて、気が付くと個室に移されていた。
緊急入院する事になり、ベッドに寝かされたまま広い個室の白い壁をぼんやりと見つめた。
なにもない。
無機質で真っ白な部屋の壁が、このまま私を押しつぶして殺してくれないかと、そんなことを考えた。
この場で首を切ったら、この白い部屋は真っ赤に染まるかな――と、かなり危ないことを考えた。
想像もつかなかった。腎臓がひとつなくても元気に動いていたから、詩音は無事に産まれてきてくれると信じていた。
こんな悲しい結末が待っているなんて……考えつかないよ。
お腹を撫でると確かに詩音はそこにいるのに。
もう動いてくれない。
女医からは『詩音がこんな状態になってしまったのは全くの原因不明』と言われた。
人の力ではどうしようもないことです、と。
再び涙が溢れだした。
私がもっと詩音のことを気にかけていたら。
マイホームのことで頭がいっぱいだったからとか、引っ越し作業に追われて忙しかったからなんて、ただの言い訳。
詩音が送っていた小さなSOSを、見逃してしまっていたかもしれない。
最後の詩音の鼓動、全然記憶にない。
何時もの様に動いていたと思うけど、確信が持たれへん。
朝は? 昼は?
どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。ちゃんと詩音が動いているかくらい、わかってもいいはず。
早くに気がついて病院で検診を受けていれば、もしかすると詩音は助かったかもしれないと思うと――
「ううっ……うう――っ…………」
後悔ばかりが胸に押し寄せた。
ごめん。
ごめんね、詩音。
産まれてきてくれるのを、ずっと待っていたんだよ。
それなのに………こんなことになってしまうなんて。
その時ぐっとお腹を引っ張られたような気がした。
詩音はもう動くことはできないのにどうして………。
「詩音っ、しおん……」
どんな理由があって空に還ってしまったの?
お母さんも連れていって。
詩音がいない世界で生きていたって意味がない。このまま一緒に逝きたいよ。
私はベッドから下り立って広い個室の中になにか自分を殺傷できるものを探した。
紐でもいいナイフでもいい。なんでもいいから死ねるもの。
部屋を物色していたらノックが掛かった。
しまった。鍵かけておけば良かった――慌てて扉を閉めようと向かうも間に合わず、横開の扉が静かに開いて新藤さんが中に入ってきた。
「お食事をいただきましたので、少し召し上がりませんか?」
私は首を振った。「結構です。それより、シルバーのナイフかフォークはそこにありませんか?」
残念ながら病室内に紐や凶器になるようなものは無かった。
残すは新藤さんの持つトレーのみ。
「いいえ、ナイフもフォークもありません。今日のメニューはスプーンで食べられるものばかりです」
新藤さんがベッドの上のテーブルに食事のトレイを置いてくれた。「スプーンは使い捨てのものです」
「食事は欲しくありません。なにも食べる気になれませんから。もう一人にして下さい。迷惑かけてすみません。もう結構なのでお帰りください」
思わず嫌な言い方をしてしまったけれど、彼を気遣う余裕はなかった。
とにかく一人になりたい。早く詩音の所に――
「律さん」新藤さんは怒ったような、悲しいような、複雑な表情を見せて私を見つめた。「命を粗末にしてはいけませんよ。死ぬことを考えるのはよくないです。みんなが悲しみます」
私の感情を読み取ったらしく、静かに語りかけてくれた。
胸中を言い当てられて新藤さんを見た。
「でもっ……でも…………こ、こんな辛いことっ………無理ですっ! もうむりっ………あぁ――――っっ」
声を上げて泣く私を新藤さんが包んでくれた。「律さんが死ぬようなことがあれば、私はとても悲しいです。どうか自決だけは考え直していただけませんか」
新藤さんの胸を借りて声の限り泣いた。
「お辛いですね。心中お察し致します。私の家族も律さんと同じように辛い目に遭い、それを間近に見ていましたから律さんのお気持ちは痛い程わかります。今は沢山泣いて全部吐き出して下さい。私が受け止めます」
暫く新藤さんの腕の中で泣き続けた。
これ程までに辛い涙を流したことは、生まれて初めてだった。
ただ辛く、苦しかった。
詩音の異変に気が付かれなかった自分を責めて、責めて、憤りも無い悲しみも、怒りも、苦しみも、全部涙にして流した。
堪えきれず溢れ落ちる涙は、枯れることを知らなかった。