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#日常組
tagu2026226
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第18話:隠された真実
翌朝。
リンデンの執務室には、いつもより多くの報告書が集められていた。
机の前に立つ近衛騎士たちは、緊張した面持ちで皇太子の指示を待っている。
「殿下。昨夜ご命令いただいた調査について、ご報告がございます」
「聞こう」
リンデンは手元の書類を置いた。
「まず、ルカ様を監禁していた屋敷についてです。仲介役の男が、以前エース家に出入りしていたことは確認できました。また、屋敷の管理を任されていた人物も、エース家とつながりのある貴族に仕えていた者でした」
「……やはり、無関係とは考えにくいな」
「はい。しかし、エース家が直接命令を出したという証拠は、まだ見つかっておりません」
リンデンは静かに頷いた。
予想していたとおりだった。
関係者たちは、誰もが自分より上の立場にいる者の名前を明かそうとしない。
金銭の受け渡しも、仲介役を通じて行われていた。
最初から、命令を出した人物が分からないように仕組まれていたのだろう。
「ほかには?」
「はい。もう一つ、重要な情報がございます」
騎士は一通の封書を差し出した。
「拘束した仲介役の男が、屋敷へ向かう前に受け取った指示書です。本人は処分したと話しておりましたが、屋敷の一室から封筒が見つかりました」
リンデンは封筒を受け取った。
中には、短い指示書と、金銭の受け渡しを記した紙が入っていた。
指示書には、ルカを皇宮から遠ざけること、本人が抵抗しても屋敷に留め置くことが記されていた。
そして、最後にはこう書かれていた。
『皇太子殿下のお耳に入る前に、すべてを終わらせること』
リンデンの目が、細くなった。
「……この筆跡は?」
「現在、照合を進めております。ただし、指示書そのものには、差出人の名前がございません」
「そうか」
リンデンは書類を机に置いた。
これだけでは、まだ決定的な証拠とはいえない。
しかし、ルカを連れ去った者たちが、皇太子に知られることを恐れていたのは明らかだった。
「金銭の出所も調べろ。誰が、いつ、どこで支払ったのか。仲介役が接触した人物についても、もう一度確認するんだ」
「承知いたしました」
「それから、セレスティア嬢とエース家の接触記録はどうなっている?」
騎士は一度、顔を上げた。
「……実は、その件でも新しい情報がございます」
リンデンの視線が鋭くなる。
「話せ」
「セレスティア様の邸宅からエース家へ、ここ数日の間に複数の使者が向かっていたことが分かりました。内容までは確認できておりませんが、ルカ様が行方不明になった時期と重なっております」
執務室に、静寂が落ちた。
リンデンはすぐには答えなかった。
セレスティア。
かつて、自分の婚約者だった女性。
彼女がルカに向けていた視線を、リンデンは覚えている。
指輪を贈ったときの表情。
ルカと二人で話していたときの、あの不自然な笑み。
そして、ルカが傷ついた後も、何事もなかったかのように振る舞っていた姿。
それらが、頭の中で一つにつながっていく。
「……まだ断定はできない」
リンデンは低く告げた。
「だが、調査を続ける理由は十分にある」
「はい」
「セレスティア嬢には、皇宮への出頭を求める。本人の話も聞く必要があるだろう」
騎士は深く頭を下げた。
「承知いたしました」
彼が退出したあと、リンデンは再び指示書へ視線を落とした。
「……ルカ」
思わず、その名がこぼれる。
今回の事件で、ルカがどれほど怖い思いをしたのか。
どれほど心細い時間を過ごしたのか。
リンデンは、すべてを知っているわけではない。
だからこそ、もう二度と同じことを繰り返させるつもりはなかった。
「必ず、真実を明らかにする」
その声は、誰に聞かせるためでもなく、静かに執務室へ響いた。
***
同じ頃。
ルカは、侍従から届けられた朝食を前に、少し困った顔をしていた。
「……こんなに食べられるかな」
昨日はほとんど食事を取れなかったため、医師からは少しずつ食べるように言われていた。
けれど、目の前には温かなスープに柔らかなパン、果物まで用意されている。
どれも、ルカが食べやすいものばかりだった。
「殿下が用意してくださったのかな……」
そう呟いたとき、扉がノックされた。
「ルカ、入ってもいいか?」
「殿下! どうぞ!」
リンデンが部屋へ入ってくる。
ルカは慌てて姿勢を正そうとしたが、リンデンはすぐに手を上げた。
「そのままでいい。まだ無理はするな」
「は、はい」
リンデンは朝食へ目を向けた。
「食べられそうか?」
「はい。これからいただこうと思っていたところです」
「そうか。少しでも口にしておくといい」
ルカは頷いたものの、リンデンがその場を離れようとしないことに気づいた。
「あの……殿下?」
「何だ?」
「お仕事は、よろしいのですか?」
「問題ない。今は、お前の様子を見に来た」
ルカは目を丸くした。
「僕のために……?」
「そうだが、何かおかしいか?」
「い、いえ! ただ……」
ルカは頬を赤くし、スプーンへ視線を落とした。
「……嬉しいです」
その小さな声に、リンデンの表情が和らぐ。
「なら、よかった」
彼は寝台のそばに椅子を置き、腰を下ろした。
ルカはスープを一口飲んだ。
温かさが、ゆっくりと身体に広がっていく。
そして、もう一口。
少しずつ食べ進めるルカを、リンデンは静かに見守っていた。
「……殿下」
「どうした?」
「昨日、僕を探してくださったとき……怖くありませんでしたか?」
リンデンは、わずかに目を見開いた。
「怖い?」
「はい。もし、僕が見つからなかったら……って」
ルカはスプーンを置いた。
「僕は、ずっと殿下が来てくださるって信じていました。でも……殿下は、僕がどこにいるかも分からなかったんですよね」
その声には、申し訳なさと、心配が混ざっていた。
リンデンはしばらく考えたあと、正直に答えた。
「ああ。怖かった」
ルカが顔を上げる。
「……殿下も?」
「当然だ。お前がどこにいるのか分からない。無事なのかも分からない。何を考えても、最悪の可能性が頭をよぎった」
リンデンは、ルカの左手へ視線を落とした。
「だが、諦めるつもりはなかった。お前が私を信じて待っているかもしれないと思ったからな」
ルカの瞳が揺れた。
「……僕、信じていました」
「ああ。聞いた」
「殿下なら、きっと見つけてくださるって……」
「その信頼を裏切らずに済んでよかった」
リンデンはそっと手を伸ばし、ルカの手を握った。
「これからも、何かあれば私に話してくれ。お前が一人で耐える必要はない」
ルカは、握られた手を見つめた。
「……はい」
そして、少しだけ勇気を出して言った。
「僕も、殿下のお力になりたいです」
リンデンは驚いたように瞬きをした。
「お前が?」
「はい。僕は魔法も使えないし、何か特別なことができるわけでもありません。でも……殿下が苦しいときは、そばにいたいです」
言い終えると、ルカは恥ずかしそうに俯いた。
「……だめ、でしょうか?」
リンデンは、しばらく何も言わなかった。
やがて、握った手にそっと力を込める。
「だめなはずがないだろう」
「……殿下」
「お前がそばにいてくれる。それだけで、私は何度も救われている」
ルカは顔を上げた。
リンデンの瞳には、嘘も迷いもなかった。
「だから、今はしっかり休め。元気になったら、またいつものように話をしよう」
「……はい!」
ルカは、ようやく心からの笑顔を見せた。
その笑顔を見届けてから、リンデンは立ち上がった。
「食事が終わったら、少し眠るといい。何かあれば、すぐに呼ぶんだぞ」
「分かりました」
リンデンが部屋を出ていくまで、ルカはその背中を見つめていた。
扉が閉まったあとも、握ってもらった手には温もりが残っている気がした。
そして、左手の指輪へそっと触れる。
「……僕も、殿下を守れる人になりたい」
小さな決意が、胸の奥に生まれていた。
***
昼過ぎ。
セレスティアは、皇宮から届いた書状を前にしていた。
『本件について確認したい事項があるため、皇宮への出頭を求める』
短い文章だった。
けれど、それを読み終えた彼女の顔から、血の気が引いていく。
「……出頭ですって?」
手紙を持つ指先が、かすかに震えた。
ルカが保護されたことは知っていた。
しかし、リンデンがここまで早く、自分に接触してくるとは思っていなかった。
「まさか……もう、何か見つかったの?」
彼女は、頭の中で状況を整理しようとした。
仲介役の男たちは、依頼主の名前を知らないはずだ。
エース家も、自分との関係を簡単には明かさないだろう。
それに、直接命令を出した証拠は残していない。
そう考えれば、まだ逃げ道はある。
「……落ち着きなさい、セレスティア」
彼女は自分に言い聞かせた。
「何も恐れることはないわ。私は、何も知らないのだから」
そう口にしたものの、胸の奥の不安は消えなかった。
リンデンは、昔から鋭い人だった。
一度疑問を抱けば、納得できる答えを得るまで決して調査をやめない。
その彼が、自分を呼び出した。
つまり、すでに何らかの手がかりをつかんでいる可能性がある。
「……殿下」
セレスティアは書状を机へ置いた。
「あなたは、本当にあの子を選ぶのね」
声には、悔しさが滲んでいた。
自分がどれほど長い間、皇太子の隣に立つ未来を思い描いてきたのか。
リンデンの隣に立つために、どれほど自分を磨いてきたのか。
それなのに、彼が選んだのはルカだった。
その事実が、彼女の心を支配していた。
だが、今は感情に任せて動くわけにはいかない。
セレスティアは侍女を呼び、淡々と告げた。
「出頭の準備をしてちょうだい。皇宮へ参ります」
「かしこまりました」
侍女が退出すると、彼女は再び書状を見つめた。
「……私は、何もしていない」
その言葉を、何度も心の中で繰り返す。
けれど、その手元には、エース家から届いた報告書が残されていた。
隠したつもりの真実は、少しずつ彼女のもとへ迫っていた。
***
夕刻。
皇宮の応接室には、リンデンとセレスティアが向かい合って座っていた。
部屋の外には近衛騎士が控えている。
セレスティアは、いつもと変わらない優雅な微笑みを浮かべていた。
「殿下。このたびは、突然のお呼び出しに驚きましたわ」
「そうか」
リンデンの返事は短かった。
「私に、何かお話があるのでしょうか?」
「ルカの誘拐について、聞きたいことがある」
セレスティアの微笑みが、ほんの一瞬だけ揺れた。
しかし、すぐに元の表情へ戻る。
「……ルカ様の誘拐?」
「知らないのか?」
「ええ。ルカ様がそのような目に遭われたとは、先ほど初めて知りました。ご無事に戻られたと聞いて、安心しております」
あまりにも自然な返答だった。
けれど、リンデンは彼女から目を逸らさなかった。
「では、エース家と最近連絡を取っていた理由を聞こう」
セレスティアの指先が、膝の上でわずかに動いた。
「エース家とは以前から交流がございます。それだけでは、いけませんか?」
「交流そのものを問題にしているのではない」
リンデンは机の上へ、一枚の書類を置いた。
「ルカが行方不明になった時期と、そちらから使者が向かった時期が重なっている。さらに、誘拐に関わった者たちとエース家にはつながりがあった」
セレスティアは書類へ目を落とした。
「……それだけで、私を疑っていらっしゃるのですか?」
「疑いを晴らしたいのなら、質問に答えればいい」
静かな声だった。
けれど、そこには一切の甘さがなかった。
セレスティアは、ゆっくりと顔を上げた。
「私は、ルカ様を連れ去るよう命じてなどおりません」
「ならば、そう証明できるよう調査に協力してもらおう」
「もちろんですわ」
彼女は微笑んだ。
「私は、何も隠しておりませんもの」
リンデンは、その言葉を聞いても表情を変えなかった。
「……そうか」
彼は、別の書類を取り出した。
「では、これは何だ?」
セレスティアの視線が、紙面へ落ちる。
それは、屋敷で見つかった指示書の写しだった。
差出人の名前はない。
しかし、文面には、ルカを皇宮から遠ざけること、皇太子に知られる前に計画を終えることが記されている。
「……これは?」
「誘拐に関わった者たちが使っていた指示書だ。現在、筆跡や金銭の流れを調べている」
リンデンは、セレスティアをまっすぐ見据えた。
「まだ、誰が命じたのかは確定していない。だが、真実が明らかになるまで、調査は続ける」
セレスティアは、書類から目を離した。
「……殿下。まさか、私がそのようなことをするとお思いなのですか?」
その声には、悲しげな響きが混ざっていた。
かつての婚約者に向けるには、あまりにも冷たい視線。
彼女は、それを利用しようとしたのかもしれない。
けれど、リンデンの表情は変わらなかった。
「私は、誰であろうと証拠に基づいて判断する」
「……」
「お前が無関係なら、調査によって明らかになるだろう」
リンデンは立ち上がった。
「だが、もしお前がルカを傷つけることに関わっていたのなら……私は、それを見過ごすつもりはない」
セレスティアの微笑みが、今度こそ消えた。
「……殿下」
「本日の話は、以上だ。新たな確認事項があれば、改めて連絡する」
リンデンは扉へ向かった。
その背中を見つめながら、セレスティアは唇を結んだ。
彼は、もう自分を信じてはいない。
かつての婚約者だからといって、特別扱いするつもりもない。
そして何より、ルカを守るためなら、自分に対しても一切の妥協をしない。
その事実を、彼女は初めてはっきりと理解した。
***
夜。
ルカの部屋には、穏やかな灯りがともっていた。
窓辺の椅子に座ったルカは、左手の指輪を見つめていた。
今日も、リンデンは忙しそうだった。
それでも、朝には顔を見に来てくれた。
食事を一緒に取る時間も作ってくれた。
そして、自分が怖かったと正直に話してくれた。
そのことが、ルカには嬉しかった。
リンデンはいつも強く、何でも一人で抱え込んでしまう人だと思っていた。
けれど、あの人にも怖いことがある。
不安になることがある。
自分を失うことを、怖いと思ってくれた。
その事実が、胸の奥を温かくした。
「……僕にも、できることがあるのかな」
ルカは小さく呟いた。
今までは、リンデンに守ってもらうばかりだった。
けれど、これからは違う。
自分も、あの人の力になりたい。
魔法が使えなくても。
特別な力がなくても。
そばにいて、話を聞いて、笑顔を届けることならできるかもしれない。
「……頑張ろう」
ルカは、指輪をそっと握りしめた。
そのとき、扉が控えめにノックされた。
「ルカ、まだ起きているか?」
「殿下! はい!」
リンデンが部屋へ入ってくる。
いつもより少し疲れた表情だったが、ルカを見ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「具合はどうだ?」
「もう大丈夫です。今日はたくさん眠れました」
「それならよかった」
リンデンはルカの隣へ腰を下ろした。
しばらく二人で、何気ない話をした。
今日食べた料理のこと。
宮殿の庭に咲き始めた花のこと。
そして、明日から少しずつ仕事へ戻れそうだということ。
やがて、ルカはそっとリンデンの袖をつまんだ。
「……殿下」
「どうした?」
「僕、もっと殿下のお役に立てるようになりたいです」
リンデンは驚いたように顔を向けた。
「急にどうしたのだ?」
「今までは、守っていただくばかりだったので……。僕も、殿下が大変なときに、そばにいられる人になりたいんです」
リンデンは、しばらくルカを見つめていた。
そして、彼の頭にそっと手を置く。
「お前は、すでに私の力になっている」
「……本当ですか?」
「ああ。お前が笑ってくれるだけで、私は何度も救われている」
ルカの頬が、ゆっくりと赤くなる。
「……殿下」
「だから、焦る必要はない。お前はお前のままでいい」
リンデンは、ルカの左手を取り、指輪の上からそっと指先を重ねた。
「私は、何かができるからお前を大切にしているのではない。お前だから、大切なのだ」
ルカは、目を伏せた。
嬉しくて、胸がいっぱいだった。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」
リンデンは、わずかに笑った。
「ただ、これからも私のそばにいてくれ」
ルカは顔を上げ、今度は自分からリンデンの手を握った。
「……はい。僕も、殿下のそばにいたいです」
二人は、静かに微笑み合った。
その手の間で、淡い青色の宝石が優しく輝いている。
けれど、事件の真相は、まだ完全には明らかになっていない。
セレスティアは、疑いを否定した。
エース家も、関与を認めてはいない。
それでも、リンデンは確信していた。
必ず、真実に辿り着く。
ルカを傷つけた者が誰なのか。
何のために、彼を遠ざけようとしたのか。
すべてを明らかにし、二度と同じことが起こらないようにする。
それが、ルカを守ると誓った自分の責任だった。
――そして、真実を暴くための最後の手がかりは、思いもよらない場所に隠されていた。
コメント
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お疲れさまです、第18話読み終えました。 今回のエピソード、リンデンが調査を本格化させてセレスティアを直接問い詰める場面、すごく緊張感がありましたね。彼女の「私は何も隠しておりませんもの」って台詞、逆に怪しさが滲んでいて…エース家との接点、ルカが連れ去られた時期と重なっているというのが気になります。 個人的にぐっときたのは、リンデンが「怖かった」と正直に認めたところです。あのリンデンが自分の弱さを見せるって、それだけルカが特別な存在ってことですよね。「ルカだから大切なんだ」って言葉も、飾りがなくて心に響きました。 それと、セレスティア視点が入ったことで悪役としての深みが出ましたね…彼女の嫉妬や執着が事件の原動力なのか、それともまだ真の黒幕がいるのか。指示書の筆跡鑑定はまだ結果待ちですし、次回の展開が待ち遠しいです。 ルカが「殿下をお守りしたい」と自分の意志で掴み取ろうとした決意も、成長を感じさせてくれました。今後の二人の関係がどう変わっていくのか、楽しみにしています。