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翌日朝6時ごろ、爆音のチャイムが流れ、咲と瓜香は起床する。
結局じゃんけんにより二段ベッドの上を勝ち取れた咲は、相変わらずの寝相の悪さで落下寸前の所で目覚めた。
小さく悲鳴を上げる。その悲鳴が珍しくハモる。見ると、下で寝ていた瓜香がベッドから転げ落ちていた。寝相悪い仲間らしい。
昨日の夜、咲と瓜香は色々な事を話した。そこで分かったことと言えば、瓜香は都市伝説マニアらしく、怪異の中でも都市伝説になっているやつを全員倒すことが目標なんだそうだ。”推し都市伝説”は沼男ことスワンプマン。
瓜香曰く「昔、ある男が雷に打たれて亡くなった。その時、奇跡が起こったの。男と同じような見た目をした怪異・スワンプマンが沼から出現したわ。スワンプマンは男と全く同じ記憶を持っているから、雷に打たれたけど生き残ったと証言する。周りの人からはスワンプマンは男と同一に見えるし、偽物と見破れない。スワンプマンは男と同じ生活を送れる。この時、男=スワンプマンと言えるかしら?という思考実験なんだけど、もし実在したら……私達ももうすでにスワンプマンになってるかもね、だって気付けないんだもの」。
普通の時間帯に聞いていたらほーんガチのオタクやんけくらいにしか思わなさそうだが、深夜三時に耳元で囁いてくるのは流石に怖かった。おかげで内容は覚えていないが非常に怖い夢を見た。起きた時の冷汗がすごくて風邪になりそうだった。
そして、本当にハーフらしい。カナダ人の母親と日本人の父親の元に生まれたとのこと。一方、英語はからっきしらしいが……
おじいちゃん経由で妖怪に詳しい咲と都市伝説オタクの瓜香が組めば最強だね!みたいな話もした。八人というごく少数の枠に二人とも入れるとはあまり思えなかったが。
しばらくして、再び放送が入った。要約すると食堂に集まって朝飯食べたら武器選びしようぜ、と話していた。
咲らは食堂に向かう。棟は女子棟だが、男子も食堂には入れるようになっている。既に何人か着席していて、好きな料理を取って楽しそうに食事をしていた。
咲は割と人見知りな方だから、瓜香とずっと行動を共にしている。瓜香に迷惑がかかっていないか不安ではあるが、その瓜香も誰かに話しかけに行く素振りはないしいいだろう、と考えることにした。
隣の瓜香が取ってきた料理の量に若干引きつつ、咲は朝食を取り始めた。
三分の一くらい食べたころだろうか、男子棟の人たちが続々と入場し、その中に無光もいた。
咲からの熱烈な視線に気づくと、無光はそそくさと咲らに近づいてきた。
咲のあたりは女子棟勢ばかりだが、無光は体格的にも髪の長さ的にも女々しさがあるし、本人もおそらく気にしていなさそうなので平気みたいだ。
「お、無光じゃん。どう、寮は」
「全くもって最悪だ。こんなに酷い性格してるやつがいるとは思わなかった」
「マジ?」
「葉泣のことか……」
「そんなにヤバいの?その葉泣ってやつ」
「ヤバいも何も、あの性格でまともに生きていられたのが凄いと思う」
「まあ、そうだね……」
「えええ。そこまで言う?」
その時、咲はガラスの割れる音を耳にする。
平穏が破られた瞬間であろうか。
ワンテンポ遅れて、聞き取ることが困難な罵声・悲鳴・絶叫が飛び交い始めた。
咲は恐る恐る音の発生源を探る。そこで、やっと状況を理解した。
まず目に入るのは真っ赤な血だ。一滴一滴が丁寧に落ちていくその姿はある意味芸術だ。
血を流して頭を押さえて一人のショートカットの女性が倒れている。その顔は恐怖に染まっていて、見るに堪えない。
そして、女性の目はある一点を見つめて離さない。その視線の先には、今まで散々に言われてきた奴がいた。
「葉泣……!」
葉泣はその場にあったワイングラスを持っているが、そのグラスは割れていて割れ目に血がついている。
つまり、あの場で起こった事件は「葉泣がワイングラスでショート女を殴った、しかもかなり強く」ということだ。
当然全員の注目は葉泣に向いている。葉泣はその注目に応えるようにしてある物を取り出した。
人間の命を奪う最も簡単な手段にして、最も無機質な形状をした、最適化された武器。
そして、最も命を奪った感覚がしないとされる、その武器。
見慣れないそれを目にした咲達は、一瞬判断が遅れたのかもしれない。
咲は椅子を立った。周辺にも何人かが立ち上がっている。無光も立っているらしい。
一方、瓜香はすっかり怯えている様子で、椅子に座って小さくカタカタ震えている。
銃。
全員が危惧していた、いや頭の片隅にあった最悪の場合が起こる。
目をつり上げた女性。今までも小さくなっていた瞳孔が、さらに小さくなる。
今この場に最もふさわしくないそれが、正常な方法で、正常な用途で使用された。
真っ黒な葉泣の瞳が、一瞬赤く光った。
*
ここに犯罪者が一名誕生した。
「……は?」
頭に何も詰まっていない気がする。
頭が文字通り空っぽになった。
光を一切移さない目をしたショートカットの女性と、この場で唯一動いている口からとろとろと零れる血液。
変わらぬ無表情で立っている葉泣。
殺されたんだ。
分かってはいる。きっと、だいぶ前から。
でも、それを一言一句言葉に起こして、文章にして、脳裏に思い浮かべて、それをかみ砕くという作業に非常に時間をとられた。
「お前……なんてことを」
ある男が立ち上がった。葉泣へ向かっている。見た事もない……と思ったが、声が富良野の自己紹介で女性だと断言した男の声だ。
震えている。声も体も。ただ、目線だけが揺れ動かず葉泣を一点に見つめる。
葉泣は、まるで自分が悪い事をしていないかのように、悪びれる様子もなく、ただ平然とこう言った。
「この女が雑魚だから殺したんだ。雑魚が俺の隣に立ってほしくないだけだ」
その言葉はその場の全員を戦慄させた。
どうして簡単に人殺しが出来たのか。
どうしてその女を殺したのか。
どうして、どうして、どうして。
全員のその疑問に「答えてやった」と言わんばかりの表情を浮かべる葉泣に、男も愛想を尽かしたようだった。
「あのなぁ!藍香……その女はな、俺ら北支部の中でも将来有望だったんだよ!!いっつも冷静で、一人一人とちゃんと向き合ってて!俺みたいな……俺みたいな落ちこぼれにも優しくしてくれたんだよ!!それなのにお前は……お前は!!」
「じゃあ、お前の見込みは間違っているな。なんせ、俺に戦いを仕掛けられたとき、そして攻撃を食らった時、あの女は冷静さを欠いていただろ。折角チャンスを与えてやったのに。お前が勝手に期待してただけで、実際はお前と同じ落ちこぼれだったな」
「お前ぇぇええええ!!!」
男が葉泣に殴りかかる。
そんな男を表情一つ変えず見守った葉泣は、その拳が自身に届く前に、
「飽きた」
と呟き、目を再び赤く光らせた。
銃声。
*
その後、どうしたかは覚えていない。
ただ、ものすごくみんながパニックになっていた。
ヒステリックになって泣き出すものもいたし、暴言を吐き散らすやつもいたし、放心状態に陥る人もいた。
咲はどうしていただろうか。椅子から立ち上がったところまでは覚えている。立ち上がって事の行く末を見守っていたら、男が凶弾に倒れた。
もし咲が葉泣に組み付けていたらどうだったろう。そしたら葉泣は銃を撃てなかっただろうか。男を救えただろうか。
咲と瓜香は部屋にいる。現場の誰かが部屋に帰ろう、と言ったことに、誰も異を唱えずそのまま従った。
瓜香の綺麗な頬には泣きはらした跡がついてしまっている。咲の隣で聞こえてきた、すすり泣いているような声とうなってるような声は瓜香の物だったらしい。
咲も瓜香も落ち着いてきた。もう泣いている様子はない。
「……惨かった」
「そうね。あんなみんなが見てる前で……」
「葉泣はさ、なんでその……殺したの?」
「隣に居たから」
「えっ、本当にそれだけで?」
「葉泣はそういう人だわ。雑魚が隣にいてほしくない……っていうのが口癖。東支店のころも、超異力の協力をしてくれたのもだいぶ嫌嫌で、話しかけようとしても『雑魚が話しかけるな』、なんなら彼の目線の先にいただけで『雑魚がでしゃばるな』。私達も多分雑魚認定されてるわ」
「じゃあ私達……殺され」
「関わらなければ大丈夫よ、きっと」
「……ねぇ、そういえばさ、銃撃つ時に葉泣の目が赤く光ってなかった?」
「あれは超異力でしょうね。葉泣の放つ銃弾は確定で誰かに被弾するの」
「えぇ……じゃあ銃撃てば誰かは殺せるの」
「そうなるわね」
ノック音が聞こえた。
「はい」
「あー、二人ともいる?」
東支店店長、須田の声だった。
「ここ女子棟ですよ」
「今久東さんいないから俺が来てやったのさ。扉は開けんなってことになってるし、大丈夫っしょ?」
「えっと、何か用でもあるのです?」
「他の女の子にも聞いて回ってるんだけどさ、今日の武器選択ってできそう?」
「え、無理ですよ!!あんな……酷いことが起こってたら」
「だよねー、了解。んじゃ、女子棟も最後だし、帰るわ」
「あの」
何やら覚悟を決めたような瓜香が須田を呼び止める。
「瓜香?どした?」
「私は覚えてますよ」
「何を?」
「……私達東支店が最初は11人だったこと」
咲の脳内に映し出されるのは、昨日のあの光景。
咲と無光が会議室に入ったら、既に東支店組が待機していて、スマホをいじっていたり他の奴と話していたり。
葉泣も、こんな人殺しまでするような奴じゃないと思った。
そこに瓜香がいて、「東支店は10人なの」「3人しか座れない机だと、私だけハブられちゃうじゃないの」と言っていたが。
「ど、どういう……」
「11人だったのに、殺された、殺されたの」
「瓜香、何の話してんの」
「いた……いたの、11人目が。でも、でも殺されて……」
「怪異に殺されたんだよ。瓜香は仲良かったし、まだ心の整理が」
「違う!私は見たから!誰かに殺されたところを!怪異じゃなかったの、なんであなたは」
「瓜香」
「何、咲」
「須田さんもういなくなってる」
「え……」
「何の話なの、それって」
瓜香は「ごめん」と何度も謝ってきた。殺人事件が起こった時もそうだが、かなり感情的になりやすいタイプらしい。
そして、言葉を一つ一つ確かめるように話し始めた。
瓜香は、初めて東支店のもよんまーとに入った時、ある一人の人物を目撃したらしい。
おそらく男性で、瓜香と同タイミングか2,3分前に入ってきた人だ。
瓜香はその男性と軽く会釈をしてその場を後にしたが、そういえば名前を聞いていなかったと思い、踵を返したらしい。
男性は何かに追われているように必死に走っていた。瓜香は驚いたが、つけてみることにした。
そして、男性は突如悲鳴を上げ、倒れた。その後びくとも動かなかったという。
男性の近くには、また別の男が大きな血の付いた斧を持って立っていた。
顔は見えなかったが、少なくとも年上の男性であったことに間違いはないらしい。
「大きな斧?」
「言ってなかった?須田さんが自己紹介する時に『武器は大斧』って」
「え、嘘でしょ……」
「……私も見間違いだと信じたいの。でも、でもこれは……」
しばしの沈黙が訪れた。
ただ、その中で咲は漠然とした不安があった。
瓜香が言おうとしていることは、おそらく11人目を須田が殺したということ。
瓜香が話していることはものすごく抽象的だ。11人目がどんな人物だったかも覚えていないし、追われている方向から大斧男が来ていたのかさえも覚えていないと言う。
咲は正直信じたくはない。だが、どうしても引っかかる点もある。
部屋に帰れと言ってきたのは店長ではない一般討伐部隊員だ。
騒動の後どうやってここに来たかは覚えていないが、その間に店長は出てきていない。
奴らは最高責任者だと言うのに。一体何をしている?
特に富良野なんかは怪しい。おそらく久東はいなくて輝煌という二番手も現場にいないのだろうから、三番手の富良野が出てくるべきだ。
それに須田に関しては東支店のやつが殺人を犯したのにお咎めなしなんだろうか。東支店のころから性格に難ありみたいだし、注意していなかったのだろうか。まあ葉泣はあり得ないくらい強いらしいし逃してはいけないのかもしれないが。
「……ま、難しい事分かんねーや!明日に備えよ」
「そうね。そうしましょうか」
二人は各々の過ごし方で一日を消化した。
*
「美王、どうしよう」
いつもの泣き癖にまして本気で泣きそうな目をした古来の友人に、須田は困り顔と定型文で返すしかなかった。
「如何するも何も、久東さんは帰ってきてないんだし」
「でも、でも……今回のは流石に」
「……」
本来本部に常駐しなくてはならない店長である二人は、共通の目的で北支店の近くに存在するとある一軒家に来ていた。
インターホンを押す。しばらくして、間の抜けた返事が返ってきた。
「こんにちは、上がりますよ」
「うぃー。あー、だるー。今日暑いし歩きたくねーやー。上来てー?」
「わ、分かりました……」
家の主の住処である二階に到着すると、案の定ソファの上に定位置で寝っ転がるあいつがいた。
伸びきったぼさぼさの黒髪に不健康そうな肌をした男だ。身長は若干低め。いっつも布団を被っているから、服装を見た事なんてない。選抜の時は毎回スーツを着慣れなさそうにしている。
あいつ、いや輝煌壊の隣には約束の品が置いてある。……札束が二つ。
「須田は100ねー。富良野は……一応用意してやったけどさー、1000って多くねー?」
「そっその、弟の手術が」
「それ先月も聞いたんですけどー。金づるは二人も要りませーん」
「ちが、本当なんです、ほんとに今月にあって、それで最後なので」
「じゃあそれで違ったら粛清なー?」
「はっ、はいぃ……」
「んでー?なんか今日えぐかったらしいけど何があったー?」
「……天神葉泣が北支店の北園藍香と大原和也を超異力を使用して殺害しました」
「えー、えぐー。それ結局どうしたー?」
「その……一日遅れて通常通りのスケジュールに」
「は?てめーらマジでつっかえねー。隠蔽だけが取り柄だろてめーらー」
「食堂に全員居るタイミングでして、その、殺害を隠蔽するのは不可能に」
「うるせーよ須田ー。このままじゃ久東にバレるじゃねーかー」
「それで、えと、できれば”例の姫君”を」
「あーはいはい使えない馬鹿どもの為に動けってんですかー」
「大変申し訳ありません」
「はー。もういっか。天神家の奴はとりあえず図に乗らせといてー。おとがめなしでいいよー」
「了解しました」
「あー、あと富良野ー?」
「は、はいぃ!」
「近いうち”父さん”とこ行けるかもなー」
「ぅ、え?」
「はははははー。須田はいつも通りの金馬鹿で生きてろー」
「……分かりました」
「最期にてめーらに冥土の土産ー」
部屋の主はある女性が映った写真を取り出す。
チェキの写真だ。満面の笑みでカメラ目線で映る少女の姿に、目を奪われるばかりだ。
しかし、そこで須田らは現実に戻る。
少女の名は、確か。
「春部梨花……」
「富良野の弟、須田の彼女、そして春部の妹。次回予告しただけー、てめーら帰れー」
「あ……はい、失礼しました」
須田らは帰路に就く。
「どうしよう、美王、僕、僕……」
「父さん所って……」
「僕、消されるの……?」
富良野の父は数か月前にガンで亡くなった、と奴から聞かされた。
現実世界で唯一の息子にも会えず、異世界転生した長男にも会えず、寂しく亡くなったと。
父さんところに行けるぞ、と輝煌が話していたのはおそらくはそういう意味なのだろう。
「いや、きっと大丈夫だって」
「そんなわけないよ!最後に春部の妹が……」
輝煌は現実世界の事を何故か知っている。そして、現実世界に行けるらしい。
そんな能力を持っていたらこの怪異世界は終わるし、怪異と戦う必要なんてないのだが、須田らはそれを隠さなければならない。
何故か?理由は簡単。輝煌に脅されているからだ。
輝煌はその能力をいかし、現実世界の怪異討伐隊員の身内を大量に誘拐し、怪異の湧き出る謎の穴・通称”エデンホール”に拘束している。
そして、「人質を殺されたくなければ俺の能力としていることを隠せ」と命令し、なんなら報酬金も与えることで完全に口封じをする。知りすぎた奴にはそうしている。
その魔の手にかかると予告されたのが春部の妹。それすなわち、春部もこちら側に来るってことだ。
しかし輝煌は狡猾な奴だ。自身より実力者の久東にはこの脅しが通用しないと分かった。だからせめて、久東には必ず隠し通すように言われている。
彼らが救われるには、久東が勘付き、輝煌という絶対悪を滅ぼすしかない。その状況が、ただただ腹立たしい。
富良野や須田は散々な疑いをかけられ、蔑まれてきても、真の黒幕である奴には届かない。
輝煌壊。計り知れぬ悪意と企みを持つ厄介な男だ。