テラーノベル
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「なぁ、今日さ」
「んー?」
「覚えてる?」
「何を」
「……付き合った日」
「覚えてるよ」
「即答やめて、なんか恥ずい」
「勇斗が言い出したんでしょ」
「それもそうだけどさ」
春の終わり。
花屋《muguet》のカウンターで、佐野勇斗は頬杖をついていた。
もうこの店に来るのは客じゃない。
普通に入り浸っている。
そして今は、普通に彼氏としてそこにいる。
「で、なに急に」
仁人は花の茎を切りながら聞く。
もうまさこではない姿にも、勇斗はすっかり慣れていた。
むしろ今の方が好きだと平気で言う。
「いやさ」
勇斗は少し照れくさそうに笑う。
「今日で1年じゃん」
「……あー」
仁人の手が止まる。
「忘れてた?」
「忘れてない」
「嘘つけ今あーって言った」
「思い出したの」
「絶対今思い出したやつじゃん」
仁人は小さく笑って、作業に戻る。
「で、何かしたいの?」
「うん」
「ご飯でも行く?」
「それでもいいけどさ」
勇斗は少しだけ間を空ける。
「なんかさ、仁人からもらいたい」
「……何を?」
「花」
仁人の手が止まる。
「……は?」
「花束」
「それ自分で言うやつじゃないでしょ」
「いや、でも欲しい」
「図々し」
「彼氏だから」
「それ万能じゃないからね」
仁人はため息をつきながらも、少しだけ笑っていた。
閉店後。
店長は「記念日でしょ? ちゃんとやりなよ〜」とニヤニヤしながら帰っていった。
店内には、二人だけ。
花の香りがいつもより濃く感じる。
「ほんとに作るの?」
勇斗が聞く。
「作るよ」
「え、ちゃんと?」
「当たり前でしょ」
仁人は淡々と花を選び始める。
白いバラ。
淡いピンクのスイートピー。
小さなカスミソウ。
勇斗はそれを見ながらぽつりと言う。
「……やば」
「何が」
「なんか、付き合って1年でこれ見れるの贅沢すぎる」
「大げさ」
「いやほんと」
仁人は少しだけ横目で見る。
「勇斗」
「ん?」
「最初さ」
「うん」
「お姉さんだと思ってたよね」
「それまだ言う!?」
「ふふ」
勇斗は頭をかく。
「いや、あれはしょうがないって」
「しょうがない?」
「綺麗すぎた」
仁人の手が少し止まる。
「……今も?」
「今も」
即答。
仁人は小さくため息をついた。
「ほんと、ずるい」
「それ好きな人に言う?」
「言う」
「いいけど」
勇斗は笑う。
その笑顔が、昔よりずっと自然だ。
花束が完成する。
大きくはないけど、優しい色の束。
「はい」
仁人が差し出す。
勇斗は一瞬、固まった。
「……え、やば」
「何」
「なんか普通に泣きそうなんだけど」
「は?」
「いや、無理」
勇斗は笑いながら目をこする。
「1年前さ、俺こんなことなると思ってなかった」
「うん」
「花屋で綺麗なお姉さん見つけてさ」
「またそれ」
「で、気づいたら男で」
「うん」
「で、今彼氏で」
「うん」
「意味分かんないのにさ」
勇斗は花束を見つめる。
「めっちゃ幸せなんだけど」
仁人は少しだけ黙る。
それから、小さく笑う。
「それ、ちゃんと言えるようになったね」
「え?」
「最初もっとバカだった」
「ひど」
「ふふ」
勇斗は花束を抱えながら仁人を見る。
「なぁ」
「ん?」
「これからもさ」
「うん」
「ずっと一緒にいていい?」
仁人は少しだけ間を置く。
それから、いつもの調子で言った。
「今さら何言ってんの」
「いや、ちゃんと聞きたいじゃん」
「……いるよ」
「ん?」
「ずっと」
勇斗は一瞬止まって。
それから、めちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
「やば」
「何」
「今日ほんと記念日すぎる」
「大げさ」
「いやマジで」
勇斗は花束をぎゅっと抱えた。
「俺さ」
「うん」
「1年前の俺に言いたい」
「何を」
「その花屋、行けって」
仁人は笑った。
「でも、最初お姉さんだと思ってたじゃん」
「それも含めて行けって言う」
「雑」
「でも正解だったでしょ」
仁人は少しだけ黙って。
小さく頷いた。
「……まあね」
夜の花屋に、笑い声が響く。
名前が変わっても。
距離が変わっても。
二人の関係は、ちゃんと続いている。
花束は、今日も誰かのためじゃなく。
ただ、二人のために咲いていた。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
コメント
1件
読み終えました…!もう、これは反則級の甘さですね(笑)「花束をよこせ」って自分で言う彼氏初めて見たけど、仁人がちゃんと花を選んで束ねて渡すのが、もうお似合いすぎて。1年前の「お姉さんだと思ってた」が「今も綺麗」に変わってるのもじんわり来る。付き合った日に戻って「その花屋、行け」っていう勇斗の台詞、めちゃくちゃ良いですね。記念日ってこうやって積み重ねていくんだなあ、とほっこりしました。続きも気になります!
#ご本人様には関係ありません