テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鈴助との時間はあっという間に過ぎていった。久しぶりによく喋った。その時間が楽しくて堪らなかった。話した内容は大したことでは無い。ただ、鈴助とこうやって二人で長く話したのは久しぶりだった。そうだ、楽しかった。だからこそ今目の前にある家に帰ることが憂鬱でならない。親は多分2人ともまだ家には帰ってきていない。最近は3日か4日、多ければ1週間ほど家を空けることが多い。帰ってくれば罵られ、殴られる、それだけの事だ。ドアを開けると、生暖かい空気が体にへばりついた。家は窓を締切っており、空気が濁っている。この家にいるだけでも気分が悪くなってきた。リビングのドアを開けると、まぁいつもと変わらない。リビングはゴミだらけだ。酒の缶やタバコの吸殻、黄色く変色したカップラーメンの容器が散乱している。こんなだから前に鈴助に家まで送ってもらった時はリビングのドアは開けずにスルーして俺の部屋に直行した。そんなリビングを見ているとなんだか頭が痛くなってきた。体調不良気味なのはいつもの事だが、今はズンズンと頭の中に響くようにして痛みが襲ってくる。とりあえず自分の部屋に行くことにした。部屋に着いた途端に持っていたバッグを放り出してベッドに寝っ転がった。見慣れたこの天井も、今は歪んで見えた。眼鏡をとり、鼻筋を抑えた。世界がぼやけて見えて、見たくもない現実から目を逸らした。そのまま瞼を閉じる。眠い訳では無いが、それだけで少し頭痛が治まったような気がした。これからどうしようか。そんなことをふと考える。鈴助との時間が楽しい。こんなことを考えているから自分の決心が揺らいでしまうのだろうが、鈴助との時間は俺の心にどうしようもなく温かみを与えてくれた。俺たちは関わらない方がいい。これは絶対に変わらない事実だ。だから鈴助が近づいてくる度に自分がどうすることが最善なのかが分からない。
あぁ、本当に、俺はどうしたら…いいんだ_?
綾が家に帰っていった。家まで送ろうとしたけど、言えなかった。とてもじゃないが言えるような状況じゃないのは一目でわかった。もう綾は限界だ。普段見せるような笑顔も、窓辺で風に髪がなびいているその一瞬でさえ、目に光がなかった。もうきっとダメだ。このままでは綾は壊れてしまうだろう。俺はどうしたらいい?綾は俺のことを避けているんだろう。理由は…想像はできる。それでも、このまま綾が壊れていく様をただ見ているだけなのは絶対にダメだ。俺は綾のことが好きだ。俺の初恋の人。小さい頃から綾のふと見せる笑顔が好きだった。どれだけ自分が損をするとしても誰かのことを助けてしまうお人好しなところが好きだった。そんなところがずうっと放っておけなかった。初めて会ったのは俺に意志が芽生えて間もない頃だ。公園で、一人隅の木に登っているところを見つけたことが全ての始まりだった。その時も、木に登って降りれなくなっていた猫を助けようとしていた。何が俺を動かしたのか、いつの間にかその木のそばまで歩いてきていた。綾は昔から運動神経は良くなかった。だから何回も木に登ったんだろう、体には枝に引っかかったような傷が何ヶ所もあった。綾がついに登りきって猫を抱き抱えた時、不意にバランスを崩した。そしてそのまま藪の中に猫を抱き抱えたまま落ちていった。それを見た瞬間近くにある家まで救急箱を取りに走った。公園に戻ってきた時、綾は自分で起き上がって公園を出ようとしていた。そんな綾の手を引っ張った。その時の綾はギョッと驚いたような顔をして俺の手を振り払った。その時も綾は長袖で、振り払った拍子に見えた服の下には青黒い痣が見えた。その時の俺はなんと言っただろうか?綾は表情を動かすことはなかったが、俺が綾の体に触れることを許してくれた。綾の体や顔には、木に登った際にできた傷の他にも明らかに他者に殴られたような傷が見られた。救急箱から消毒液や絆創膏、包帯などを取り出して細い腕に手当てを施した。その間綾は一言も喋らなかったが、少し口角が上がったように見えた。何を思ったのかその時の俺は綾に抱きついた。相変わらず綾が動くことはなかったが、突き放すようなこともしなかった。
それからというもの、俺は公園で綾を探すようになった。大体綾は公園のブランコに1人で座っていた。その度綾の手当てをしていたような気がする。綾の体から傷跡が消えることはなく、長袖なのは真夏も同じだった。でも綾の傷が消えない限り綾は俺のことを求めてくれると思っていたから、その傷を愛おしいとすら感じた。そんな自分がおかしいと気づいたのは小学校4年生の時ほどだ。
そんなある日、その時はもう少しで5年生に上がるだろうといった冬頃。風が冷たく、とてもじゃないが”裸足”では外なんて歩けなかっただろう。そんな中、そんな中だ。いつものように公園には綾がいた。上半身は長袖。ただ靴を履いていなかった。足は真っ赤で感覚なんてなかっただろうに、俺を見つけるとこちらまで駆け足で歩いてきた。足はおぼつかず、ふらふらとしていた。その時の綾は、泣いていた。頭が良かった綾は覚えたての語句や表現で必死に今の苦しみを言葉にしていたと思う。俺は勉強にあまり興味がなかったから、言葉の大半は理解できていなかったと思うけど、綾の置かれる状況が深刻であることは容易く想像ができた。そんな綾に俺は言った。
「逃げよう」
その端的な一言を。
そのあとはただただがむしゃらだった。綾の手を掴んで走った。近くの家?児童相談所に電話?その頃の俺には適切な判断というものは備わっちゃいなかった。ただ、綾を助けたいという思いだけ。その一心でとりあえず交番へ行くことにした。俺の中の正義の味方は当時警察だった。カッコイイ大人に頼めばどうにかしてくれる、そんな甘い考えだった。別にその選択が間違っていたわけではない。ただ、タイミングが悪かった。あんな状態の綾を放っておけるはずがなかったし、あの時の俺にはそんなことを考える余裕なんてなかっだ。ただ…あの時俺が綾を連れて逃げようなんて言っていなければ…
綾があんな目に遭うはずもなかったはずだ
to be continued…
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!