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泣き疲れて眠った七海を、そっと自身の部屋のベッドに寝かせる。
「……おやすみ」
小声でそう呟いて毛布を掛け直し、部屋の照明を落とす。ドアを静かに閉めて、自室へ戻った。
私の部屋の隅では、リシルが毛布に包まって丸くなっていた。
なぜか布団ではなく、部屋の隅の床。毛布の塊が、規則正しく寝息を立てている。
(……なんで隅っこなんだろう)
布団はちゃんと敷いてある。枕もある。なのに、なぜか隅。
聞いても「こっちの方が落ち着くから」とか言いそうだから、今は突っ込まないでおく。
私も小さく「くぁ」とあくびをして、布団に潜り込んだ。
シーツから微かに日向の匂いがする。洗い立ての布の感触に、身体から力が抜けていく。
寝て起きたら配信がある。今日は確か、魔力循環の講座の日だ。
呼吸のタイミングとか、イメージの持ち方とか、どこまで配信で説明するべきか――。
(実演もした方がいいかな……でもあんまり一気に詰め込みすぎても混乱するし……)
魔力の流れをどうやって言葉にすれば伝わりやすいか、頭の中で組み立てているうちに、思考がふわりと霞んでいった。
意識はそのまま、静かに眠りへと落ちていく。
◆
「お姉ちゃん、おっはよー!」
ドタドタと遠慮のない足音が近づいたかと思うと、ドアが勢いよく開く音がした。
直後、どすん、と腹部に重みが乗る。
「おはよ……」
布団から顔だけ出してそう返すと、頭の上から明るい声が降ってきた。
「朝ごはんできてるよ~」
「うん、今起きるよ……」
とは言ったものの、腹の上に乗ったまま退く気配がまったくない。
仕方がないので、私はそのまま沙耶の身体をひょいっと担ぎ上げて立ち上がった。
「うわっ、ちょ、揺れる揺れる!」
降ろしてほしそうに手足をバタバタさせる沙耶を華麗にスルーし、そのままリビングへ向かう。
「みんな、おはよ」
「おはようございます」
「おはっすー」
「……ふっ」
「今うちの顔見て笑ったっすね!?」
テーブルに視線を向けると、七海の目がパンパンに腫れていた。
あれだけ長時間泣いていれば、まあこうもなるか。
むきー! といつもの調子で怒りをあらわにする七海を見ていると、ふざけたりできるくらいには心の整理がついたんだな、と少し安心した。
食卓を囲んでいるのは、私を含めて四人。
他の三人はまだ部屋で寝ているらしい。
リシルは、さっき部屋を出るときに毛布団子のまま寝ているのを確認してきた。
カレンは朝弱い組だ。まだ夢の中だろう。
「りー子は寝てるっす! ほぼ不眠不休でここまで来たみたいっすから、疲れが溜まってたんすねぇ」
「寝かせておいてあげようか。外敵のいない状態でとれる睡眠は、代えがたいものがあるからね」
「そうだねー……」
三人が、揃って遠い目をして頷いた。
この拠点に来る前の生活を思い出しているのだろう。私も似たような顔をしている気がする。
そのうち、ふらっと起きてくるだろう。
「じゃあ冷めないうちに食べようか」
「うっす!」
手を合わせ、「いただきます」と声を揃えてから箸を手に取る。
テーブルの上には、生姜焼き、唐揚げ、みそ汁、白米、サラダ。
朝からしっかりめのラインナップ。誰が作ったか、一目でわかる。
(完全に小森ちゃんメニューだ……)
七海と沙耶が、こっそり結託して自分たちの皿の唐揚げを小森ちゃんの皿に移動させているのが見えた。
二人とも朝から揚げ物はちょっと重いタイプだから、これはもう恒例行事みたいなものだ。
肝心の小森ちゃんは、「おかしいなぁ……」と、
減るはずの唐揚げがいつまで経っても減らないことに小さく首を傾げつつも、結局ぱくぱくと笑顔で平らげていた。
全員が朝食を終え、皿を洗い終えるころには、外の空気が少し暖かくなってきていた。
洗い物を片付けていると、沙耶たち三人が配信機材を抱えて、ばたばたと玄関の方へ駆け出していく。
時計を見ると、まだ10時前。配信は11時からの予定だ。
(一時間って、ぼーっとしてたら一瞬で消えるんだよね……)
何をして過ごそうかと考えていると、部屋のドアが開く音がした。
「できたよー!」
顔を出したのはリシルだ。目の下の隈は若干健在だが、テンションは高い。
「あぁ、もうできたの? 結構早かったね」
そう言うと、リシルは満面の笑みで、真っ黒な球体を両手で差し出してきた。
気を抜いて受け取った瞬間――腕が持っていかれそうになった。
「……っ!」
反射的に重心を下げて支える。
ずしん、と芯まで響くような重さ。これは、想定していた以上だ。
「リシル。なんか鉱石渡した時より重くなってない?」
「うん? だって訓練に使うんでしょ? だったら重い方がお得じゃん!」
「……確かに」
言っていることはわかる。
わかるけど、限度というものがあるのでは、と心の中でだけツッコむ。
体感では、数トンはくだらない。
普通の家だったら床が抜けていてもおかしくない重さだが、
ここはモンスター素材で組んだ家だけあって、床板一つ軋む気配がない。ひとまず安心だ。
自分の部屋に戻り、着ている服を脱ぎ捨てる。
黒い球体に手を当て、魔力を流し込んだ。
どろり、と球体が溶けていく。
固形だった鉱石が、黒い液体のようになって床へ零れ落ちることなく、私の身体を伝って這い上がってきた。
くすぐったいような、冷たいような感触が脚から腰、背中、胸元へと這い上がる。
体表を覆うそれを、意識で薄く伸ばしていく。
余計な皺が寄らないように、身体のラインに沿わせてぴたりと密着させて――。
胸の部分は、動かないように少しきつめに。
「よし、できた」
全身が映る鏡の前に立つ。
そこには、真っ黒な全身タイツを着込んだ自分の姿があった。
(……見た目はちょっとアレだけど、上から服着れば分かんないし問題ないか)
軽く頷いてから、いつもの服をその上から着込む。
布の擦れる感触が、直接肌ではなく鉱石の膜越しに伝わってきて、少し不思議な感じだ。
庭に出て、一歩踏み出す。
地面を踏みしめる感覚が、ほんの少し重い。
(まぁ、実際に重くなってるんだけどね……)
試しに、その場で軽く跳躍してみた。
ふわり、と身体が浮く――いや、浮きすぎた。
「おっと」
感覚としては軽く飛んだつもりだったのに、三メートル近く跳び上がってしまい、そのまま重力に引かれて勢いよく地面へ落ちる。
ーー爆発でも起きたのかと思うほどの大きな音が、拠点中に響き渡った。
足元を見ると、踏み抜いた部分が小さなクレーターのように凹んでいる。
「……リシル? 重さの調節機能は……?」
空を見上げたまま呟くと、窓からひょこっと顔を出したリシルが答えた。
「魔力流せば発動するよ~。重さを追加した分、いっぱい流さないと発動しないけど……」
なるほど、つまり――今は「追加したぶんの重さ」が全力でのしかかっている状態なわけだ。
「お姉ちゃん? なんかやばい音したけど――、何やってんの……?」
家のほうから沙耶の声がして、振り向く。
少しクレーター化した地面の中心に私が立っているのだから、
犯人が誰かは考えるまでもない。
私は素直に事情を説明した。
「ふーん。その鉱石ってまだあるの?」
「あるよ、何かに使えるかと思って大量に採掘してきたから」
「じゃあ私たちの分も用意してよ」
「……後悔しないでね?」
沙耶の目は、本気で言っている目だった。
どう考えても、途中で「やっぱりやめたい」と言い出す未来が見えなくもないが、それは未来の彼女に任せるとして――。
私はリシルの方へ向き直り、沙耶の希望通り、皆の分も作ってもらうように依頼した。
「代金は1個につき1回ね。合計で4回」
リシルがにこにこと笑いながら、しかしきっちりと条件を提示してくる。
私の分を作ってもらったときにすでに1回で支払っているので、値引き交渉の余地はなさそうだ。
「……わかった」
渋い顔をしつつも承諾するしかない。
これで、端末の分も含めて、リシルへの血の支払いが合計で7回分になった。
(これ、そのうち「まとめて払ってねー」とか言われたら、一瞬で貧血どころの話じゃなくなるんじゃ……)
背筋がひやりとした。
今度時間があるときに、カレンに対処法を相談しておこう。リシルに対しての、何かいい牽制方法があるかもしれない。
「お姉ちゃん、そろそろ配信始めるから家の前に来てね」
玄関の方から沙耶の声が飛んできた。
「了解、リシルに素材を渡したら行くよ」
超重鉱石の素材は私のアイテム袋の中。
私しか取り出せないので、まずはそれをリシルに預けておく必要がある。
部屋へ戻り、アイテム袋からゴツゴツとした鉱石をいくつか取り出してリシルに渡す。
「みんなの分も、よろしくね。これは重さ追加しなくて大丈夫だから」
「えー? 訓練に使うんだったら――」
「追加したら代金なし」
「……普通に作ります」
即座に態度を切り替えた。現金な魔族である。
素材を抱えたリシルは、とぼとぼと私の部屋へ戻っていく。
廊下の向こうから、遅めの朝食を摂っているカレンがこちらを見て、親指をぴっと立ててきた。
(……やっぱり、身内には厳しいんだよね、この姉妹)
私が単に甘いだけなのかもしれないが、代金に関しては――そうだな。未来の私が、なんとかしてくれるだろう。
そう自分に言い聞かせながら、私は配信のために家の前へと向かった。