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「みんな~! 聖女通信の時間だよ~! 魔力増加法は欠かさずにやってたかな?」
いつも通り、沙耶の明るいテンションで配信がスタートした。
カメラの前でひらひらと手を振る妹の声が、スピーカー越しに少しだけ反響して聞こえる。
配信開始からしばらくは恒例の雑談タイムだ。
沙耶はコメント欄を器用に拾いながら、いつもの調子で十分ほど視聴者と掛け合いを続けている。
『【|技能《アーツ》】の使用できる回数が増えた』
『魔法が2つ同時に出せるようになった』
『昨日のダンジョン攻略、前より明らかに楽になった』
コメントを流し見していると、そんな報告が次々と飛び込んでくる。
――うん、ちゃんと魔力増加法がプラスに働いているみたいだ。
「今日はね、魔力循環をみんなにやってもらうよ! お姉ちゃん、カモン!」
「そんなに元気に呼ばなくても……」
肩をすくめながら、カメラの画角に入るよう一歩前に出る。
画面の向こうから突き刺さるような視線は感じないけれど、コメント欄の速度が一段階上がったのが端末越しでも分かる。
ざっと視線を流す。
『うわ出た』
『どうせ今日も痛い』
『前回のトラウマがまだ抜けないんですが』
……言いたい放題である。
まあ、魔力増加法は“死ぬほど痛い”って先に言い忘れた私が悪い。反省はしている。学習もした。たぶん。
魔力循環は、やり方次第で痛くしないこともできる。
今日はそっちを教えるつもりだ。たまには飴も必要だろう。
「沙耶から紹介があったと思うけど、今日は魔力循環をやるよ。まずは原理を説明するね」
話しながら、自分の中で説明の要点を並べる。
専門用語を並べるより、イメージしやすい言葉で噛み砕いた方がいい。
「魔力循環とは読んで字のごとく体内で魔力を循環させることなんだ。自分の胸の中央から魔力を少しずつ出して、血流に乗せて循環させていく方法なら絶対に痛みは出ないよ」
胸の中心あたり――心臓の少し手前に、小さく魔力の起点を作るイメージ。
そこから、ゆっくりと身体の隅々まで広げていく。
言いながら、自分の体の中でも実際に魔力を巡らせてみせる。カメラでは見えない動きだけれど。
本当は、魔力を目に集中させれば、見ている側でも「どこをどう通っているか」視認できる。
ただ、魔力循環である程度コントロールを身に付けてからじゃないと、その練習は危険だ。
コメント欄の反応を確認するために、小森ちゃんの方をちらりと見る。
彼女は端末を抱えながらコメントを追ってくれていて、困ったことがあったら合図を出す役だ。
目が合うと、小森ちゃんが頭の上で丸を作る。
――ひとまず大きな混乱はない、というサインだ。
ならこのまま続けよう。
「前にも言ったけど、循環がスムーズにできるようになると燃費が向上するよ。【技能】が今までより少ない魔力で使用できるようになったり、発動までの時間が早くなったりする」
それは全部、私自身が体験してきたことだ。
魔力を効率よく使えるようになると、「できること」が単純に増える。
同じ魔力量でも、より多く戦える。より長く戦える。
デメリットを無理やり探すなら、最初のうちは意識していないと循環が止まるから、気付けば時間が溶けているくらいだ。
――反応はどうかな、と視線を小森ちゃんへ向けると、さっきとは違って困った顔をしている。
何か引っかかりがあるらしい。
沙耶に“聞いてきて”と目配せすると、察したのか小森ちゃんはすぐさま駆け寄り、耳打ちしてもらっていた。
少ししてから、今度は私のところへ戻ってくる。
「なんかめっちゃ外国語がコメントで流れてきてるんだって」
「そうなんだ、自動翻訳とか無いの?」
「んー、あ……どうせ日本の人しか見ないと思ってオンにしてないや。設定で今オンにするね」
「よろしく」
こっちの日本語音声は、おそらく視聴者側で勝手に字幕変換されているだろう。
問題はコメントの方だ。
各国から見られているなら、質問のニュアンスを読み違えたくない。
(……まあ、それだけいろいろな国のハンターが見てるってことだよね)
配信で技術を公開すればするほど、世界全体のハンター水準が底上げされる。
そうなれば、国際交流戦も「ただの見せ物」ではなく、本気でやり合える場になるはずだ。
沙耶と小森ちゃんが、また頭上で丸を作る。
自動翻訳の設定は無事にオンになったらしい。
「うん、反応見る限りみんなできてるみたいだね。急に大量の魔力を循環させようとすると激痛が全身を駆け巡るから絶対に少しずつ量を増やしてね」
――本来なら最初に言うべき注意事項。
前回、魔力増加法の時にさんざん沙耶から「デメリットは一番に言って」と釘を刺されていた内容だ。
ちらっと横を見ると、沙耶が笑顔のまま腕を組んでこちらを見ていた。
……無言の圧が刺さる。
まあ、魔力増加法と違って、魔力循環はやり方を間違えなければ大惨事にはならない。
ギリギリセーフということにしておこう。
「一応これで終了なんだけど……あと何かした方がいい?」
「うーん、どうしよっか……」
配信の締め方を沙耶と相談していると、視界の端に動く影が見えた。
拠点の入り口側から、ゆっくりとこちらへ歩いてくる二つの人影。
目を細めて確認すると、相田さんと林さんの姿だった。
わざわざ配信中にこちらへ来るということは、何か告知事項があるのだろう。
私は沙耶に「来客あり」の合図をしてから、一旦画面の外へと下がった。
「おう、嬢ちゃん!」
「元気になったみたいだね。よく寝れた?」
「あぁ。久しぶりに泥のように眠った」
「なら良かった。今日はどんな用事?」
「国際交流戦の詳細が決まったからその告知だ。あとで公式に発表もするが、ちょいと場所を借りるぜ」
「了解、沙耶に伝えてくるね」
端的で分かりやすい用件だ。
私は頷いてから沙耶のところへ戻り、今の話をそのまま伝える。
「おっけー。子羊のみんなー! この後、ハンター協会のお偉いさんから発表があるから変わるね!」
沙耶がそう言って、カメラ係をしている七海に手で合図を送る。
七海がスッとカメラを向き直し、相田さんと林さんが画角の中心に入ったところで、場の空気が自然と引き締まった。
「知っている人も多いだろうが日本ハンター協会、会長の相田だ。国際交流戦の詳細を速報という形で発表させてもらう。この発表の後に正式にハンター協会からも通知が行く。では、種目について――」
相田さんが、淡々と、しかしよく通る声で説明を始める。
要点を頭の中で整理していく。
・1対1の個人戦。各国5人までエントリー可能。
・3~5人対3~5人の団体戦。各国2チームまでエントリー可能。
・故意に対戦相手を殺すことは禁止。ただし刃潰しをしていない本来の武器を使用するため、万が一死者が出ても、故意でない限り罪には問われない。
・日本チームとして、団体戦は『銀の聖女』はエントリー済み。もう1枠は公募。
・個人戦は私はエントリー済み、あとは『銀の聖女』から2人。残り2枠は公募。
「これが概要だ。詳しく知りたい奴は協会のホームページを見てくれ」
そう締めくくると、相田さんは椅子から立ち上がった。
林さんが視聴者に向けて一礼し、二人とも画面の外へと下がる。
七海がカメラをこちらに戻すと、沙耶がいつもの調子で話を引き継いだ。
「うーん、うちから個人戦ってお姉ちゃん以外に2人って言われても、誰が出る?」
「うちは遠慮するっす! ベンチでコーラ飲みながら観戦するっす!」
「わたしは戦闘系じゃないので……」
「じゃあ消去法で私とカレンさんじゃん……」
沙耶が、肩を落としてがっくりとうなだれる。
最初の計画では、拠点の防衛のため『銀の聖女』のメンバーを外に出すのは難しいはずだった。
けれど最近は、私が周囲のダンジョンを片っ端から潰してまわっているのと、さらにデザートエルフたちが新たな防衛戦力として加わったことで、拠点を空けるハードルはかなり下がった。
カレンはいつも通り無表情……に見えるが、よく見ると目尻がほんのり緩んでいる。
戦えると聞いて、少しだけ嬉しそうだ。
「んー、じゃあ私はハンデとして目隠ししようかな? 多分ハンデにならないと思うけど」
「ぶふっ!!」
お茶を飲んでいた沙耶が、盛大に噴き出した。
……間違えた事を言った気がする。
「お姉ちゃん、ふざけるのも大概にして……。目隠しして戦えるわけ――」
「戦えるよ? 相手の音と魔力の流れ、匂いと気配で何とかなる」
「じゃあ今から目隠しして私たちの攻撃防いでよ」
「いいよ」
挑むような目つきで言ってくる沙耶。
対して私は、特に気負うでもなく受け入れる。
その瞬間、カレンがどこからともなく、真っ黒な布を取り出した。
見覚えのある感触。
――これ、魔界で私が訓練していた時に使っていた目隠しだ。
そう、何を隠そう“目隠し状態”は、魔界で嫌というほど叩き込まれた。
視覚を完全に遮られた状態で、カレンの飽和攻撃をひたすら避け続ける訓練。
あれのおかげで、今では「目が見える状態」の方が、むしろ情報が多くて煩わしく感じる時すらある。
「ずるしてないか試すね」
沙耶が、私の手から目隠しをひょいと奪い、自分の目を覆う。
そのままくるりとその場で回り、周囲を見渡してからカメラの方へ向き直った。
「……ほんとに見えないや。ほら」
目隠しの裏側をカメラにかざす。
コメント欄が一気に流れる。
『何も見えなくて草』
『草』
『草枯れて闇』
だいたい同じ感想だ。
目隠しを返してもらい、今度は私が自分の目を覆う。
布が下りてくると、視界は完全な闇に塗りつぶされた。
けれど、“見えない”のは目だけだ。
空気の流れ、地面から伝わる足音、周囲の人間の呼吸、微かな魔力の揺れ――
情報は、視覚以外のルートからいくらでも入ってくる。
「じゃあ、お姉ちゃん、いくよー?」
「好きなタイミングでいいよ」
「……【雷撃】」
小さな詠唱の声。
雷属性の魔法は、発生から着弾までのタイムラグが非常に短い。
最初の一撃で様子を見るつもりはない、という意思がよく出ている。
空気が一瞬、焦げた。
私は体を最小限の角度でひねり、雷撃を紙一重で回避する。
続いて、右側の空気が裂ける。
矢が飛んでくる時特有の音だ。
腕を伸ばし、矢の軌道にそっと指を差し込む。
飛んできた矢の軸を指で挟んでそのまま掴み取った。
「はぁっ!? 見えてないんすよね!?」
「うん。目ではね」
七海とやり取りを交わしていると、その裏で沙耶が次の魔法の詠唱を開始した。
斜め後方から走る魔力の気配を感じ、その場から軽く跳び退く。
直後、地面がバチバチと弾けた。
魔法を避け、矢をいなし続けていると、途中からもう一つ、別種の気配が混ざった。
鋭く、冷たく、そして馴染み深い。カレンだ。
刃物が空気を裂く音。
短剣の間合いギリギリの距離で、何度も何度も斬撃が差し込まれてくる。
それを剣で受け止め、いなし、必要であれば最小限だけ後退する。
――魔法。
――矢。
――短剣。
3方向から、休む暇なく攻撃が飛んでくる。
それを捌き続けること、およそ十分。
やがて、ぴたりと攻撃が止んだ。
「……全然当たらない。ムカつく」
「先輩、本当に人間っすか?」
七海と沙耶の、心の底からの本音が漏れる。
目隠しを外そうと手をかけた、その瞬間――
ひゅ、と空気が鳴った。
鼻先に冷たい気配が迫る。
条件反射で右手を前に出し、挟み込むように指を閉じる。
硬い感触。
指の間には、短剣の柄がしっかりと挟まっていた。
この軽さ、柄の形――カレンの短剣だ。
「ん。防げたのえらい」
「私じゃなければ死んでるから止めようね……?」
「ん、あーちゃん以外にはやらない」
目隠しを外すタイミングは、視覚情報が一気に流れ込むせいで、一瞬だけ防御が手薄になる。
カレンは、その「一瞬」を逃さずに差し込んできた。
普通のハンターなら、そのまま顔面に短剣コースだ。
まったく容赦がない。
「って、ことで個人戦と団体戦は私はこの目隠しをして戦うね。外して戦ってほしいときは開始までに言ってくれれば外すよ」
そうカメラに向かって告げてから、軽く手を振る。
不貞腐れた沙耶が、ため息混じりに配信の締めに入った。
「結構危なかったよ、あと少しだね」
「……うん」
沙耶の頭をわしゃわしゃと撫でながら、私は家の中に戻った。
その後、機嫌を直すまでの時間がやたら長かったことは――言うまでもない。