テラーノベル
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夢を見た。
白くかすんだ景色の中、ぽつりと咲いた菫の花。
風に吹かれて、ゆらゆらと揺れていた。
その動きが、まるで微笑んでいるようで――なぜだか、胸がふっと軽くなった。
目が覚めても、その光景は頭から離れなかった。
何も語らないのに、何かを伝えてくるような花の揺れ。
それが、あの子みたいだった。
誰かの名前を思い出すわけじゃない。
顔も、声も、曖昧なまま。
ただ、心のどこかにずっと棲んでいる気配。
“あの子”は、いつも少し離れた場所で静かに笑っていて、
触れようとすると、そっと風にまぎれて消えてしまう。
現実の世界に戻って、朝の光を浴びながら支度をする。
けれど、胸の中にはまだ、あの菫がゆれていた。
外に出ると、道ばたにひっそりと菫が咲いていた。
夢とそっくりの、小さな花。
しゃがんで、しばらく見つめる。
冷たい空気に指先が少しだけかじかむ。
(……なにやってんだろ、私)
でもその花を見ていると、やっぱり心が落ち着いた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
何かを語らずに、ただそこに咲いているだけ。
それだけで、十分だった。
誰かを思い出すわけじゃない。
それでも、心の奥に確かに残る揺れがあった。
まるで夢と現実の境目に、
そのまま”あの子”が座っているような気がして――
もう少しだけ、菫を見ていた。
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