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また、夢を見た。
白くけぶる風景の中。
何もないはずの草原に、小さく色づく一点。
前と同じ菫の花が、そこに咲いていた。
ゆらゆらと、風に揺れている。
でも今回は、そのそばに――人影があった。
遠くて、輪郭がぼやけている。
けれど、確かに“あの子”だとわかった。
声をかけようとする。
けれど、喉の奥がふさがれて、何も出てこない。
脚を動かそうとする。けれど、足元の空気が粘るように重くて、一歩が遠い。
あの子は、ただ菫のそばに座っていた。
手を伸ばせば届きそうなのに、距離がある。
菫が揺れ、あの子の髪もまた、風に揺れていた。
「……」
何か、言っているようだった。
口の動きは見える。
でも音は届かない。
まるで、水の中にいるような静けさ。
それでも、不思議と不安ではなかった。
伝わらなくても、そこにいる。
見ている。
それだけで、どこか安心した。
気づけば、あの子は立ち上がり、
何かを手にしてこちらへと歩いてくる。
近づくにつれ、顔が少しずつ輪郭を持ち始める。
けれど、最後の一歩を踏み出すその瞬間――
風が、すべてをさらっていった。
あの子も、菫も、すべてが白に溶ける。
名前も、声も、残らなかった。
ただ、目が覚めたあと、
枕元にほんの少し、土の匂いが残っていた。