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「L〜〜〜♡♡シキね、これずっとやりたかったの〜♡」 ぴょこんとソファの背もたれから顔を出したシキが、大事そうに両手で掲げていたのは──イチゴ味のポッキー箱。
Lが紅茶をかき混ぜる手を止めた。
「……そのお菓子、ポッキーゲームに使われるやつですね」
「そうっ♡♡そうっ♡♡」
「……断ります」
「なんで!?!?!?♡♡♡♡」
シキがポッキーを一本くわえたまま、ずるずる近寄ってくる。
「──ねぇ♡♡ 僕とポッキーゲームしよ?♡」
Lは一瞬フリーズ。
紅茶のティースプーンを止め、真剣に問う。
「……その“僕”という主語、確認してもいいですか」
「うんっ♡♡♡ 男の子だから、“僕”♡」
Lは即座にティーカップを置いた。
「──まじで、勘弁してください」
「え〜〜〜!?♡♡なんでぇ〜!?♡♡♡♡」
「私は男とキスする趣味は──断固としてありません」
「でも! 見た目は美少女だよ!?♡」
「……詐欺です」
「じゃあ目を閉じて“女の子”って思えばいいの♡♡」
「もう、真実を知った以上思えません」
Lは完全に警戒モードに入り、ソファの背に身を引いた。
しかし──ポッキーをくわえたシキが、にじりにじりと距離を詰めてくる。
「Lぅ〜〜♡♡ このゲームは逃げたら負けなんだよぉ♡♡」
「だったら──私は全力で負けにいきます」
Lが冷静にそう言い放った瞬間──
「……っっっひどいッ!!!」
突然、ヒステリックな悲鳴と共に、シキがその場に崩れ落ちた。
ぬいぐるみをぎゅううっと抱きしめ、床に膝をついて目元を押さえる。
「Lってば……っ、差別だよぉぉぉ!! 性別で判断してるよね!? ねぇっ!?♡♡♡」
「……これは差別ではなく、好みの問題です」
「うぅ〜〜〜〜んッ♡♡♡♡それってもう偏見だよおおおお!!!」
「偏見ではなく、生理的限界です」
シキは床に転がり、足をばたばた。
「シキはっ♡! かわいいのにっ♡!! ちょっとだけっ♡! 男の子ってだけでぇぇぇ!! シキとのキス逃すのぉぉぉ!?!?」
「はい。安全圏に避難します」
Lは立ち上がり、ソファの背もたれを盾のように構えた。
「あなたからの接触は今後、ワタリを通してください」
「差別っ♡! 検閲っ♡! 人権侵害っ♡! 訴えてやる♡♡!!」
ぺしぺしと床を叩きながら、シキは完全に情緒の自由落下モード。
指をぷるぷるとLに突きつける。
「これはもう──死刑っ♡!!」
「……はい?」
「死刑♡♡死刑♡♡死刑っっっっ♡♡絶対死刑っっっっ♡♡♡♡」
「落ち着いてください、何を裁いているんですか」
「Lがっ♡! “僕”のキスを拒んだ罪でっ♡♡♡」
「それが罪なら世界中の男性が処されます」
「なら──みんな死刑だぁぁぁああああっ♡♡♡♡♡!!」
Lの部屋に絶叫が響き渡った。
ぺしぺしどころか、シキは床をドンドコ叩きながら転がり回り、うさぎのぬいぐるみを天に掲げて叫ぶ。
「この星の男ぜ〜〜〜〜んいんっ♡♡♡♡キス拒否罪で♡♡♡し♡け♡い♡!!」
「……人口の半分を処刑する気ですか」
「うんっ♡♡♡ “可愛い男の子”を拒んだ罪は、万死に値するのっ♡♡♡♡!!」
「あなた、自分の可愛さに対して異常なほど自信がありますね……」
シキは立ち上がって、目にうっすら涙を浮かべながらLを睨む。Lの冷静すぎる指摘にも、シキは涙目でぴくりとも怯まない。むしろ──
「Bお兄ちゃんはキスしてくれたよっ?♡♡♡」
その一言で、Lの指先がビクリと反応した。
「……なん、って?」
「んふふ♡♡ Bはね〜〜っ♡♡♡ “シキがかわいいから”って、してくれたの♡♡ Bは“差別”とか“限界”とか言わなかったもん♡♡♡♡♡」
Lは明らかに目を伏せ、紅茶のカップを取り落としかける。
「……それは……Bが、そういう……趣味だったからでは?」
「違うもん♡♡♡ “心が正直なだけ”だもん♡♡♡♡ Lたんが変なんだよぉ♡♡♡ かわいい僕を拒否するなんてさぁっ♡♡♡♡!!」
Lはしばし無言で立ち尽くしたあと、そっと呟いた。
「……あの人と同列に語られたのは、人生で初めてです……」
「……じゃあ、Lたん」
シキは声のトーンを一段下げて、じっとLを見上げた。涙の気配が残る赤い瞳は、どこか寂しげな光を灯している。
「どうしても……してくれないんだね?」
Lは目を逸らさずに答える。
どこまでも冷静に、慎重に。
「……しません。はっきりと、そうお答えします」
その言葉が落ちると──シキはふっと目線を外した。
にこりとも、ふにゃりとも笑わない。
かといって泣くでもなく、怒るでもなく。
「……そっか」
「…………」
「うん、分かったよ……無理強い、しちゃダメだもんね」
そう言って、ぬいぐるみを抱きしめたまま、くるっとLに背を向ける。
その動きには一切のわざとらしさがない。
だからこそ、妙に心をざわつかせた。
──だけど。
Lは知っている。
この子の“静けさ”ほど計算され尽くした演技はない。
まるで、最終兵器の前の“静寂”。
大人しく引き下がるふりをして、何かを仕込んでいる気配。
(……何か企んでる)
だが、それを証明する証拠は、何ひとつ、ない。ただ、ぬいぐるみにぎゅっと顔を埋めて、彼女──いや、彼はそこに立っているだけ。
その背中から、ぽつりと声が漏れた。
「Lって……ほんと、甘いのは好きなくせに、甘やかされるのは下手なんだね」
Lは、息を呑む。
背筋に微かな冷気が走る。
「大丈夫だよ、もう無理強いなんて、しない。──たぶん、ね?」
その“たぶん”が、
一番怖かった。
振り返る気配はない。
けれど、空気が甘く、ねっとりと、仕掛けのようにまとわりついてくる。
(なんだ?この子は──)
♬♬♬
深夜──
Lの部屋には灯りがない。
唯一の光源は、ディスプレイの青白い明滅。
彼は例のごとく椅子の上で膝を抱え、スプーンを弄びながら、ずっと画面を見つめていた。
──その静寂の中。
「……ねぇ、L」
背後から、そっと呼ぶ声。
あまりに自然で、甘く、囁くようで、しかも不意打ち。
Lはぴくりと反応し、振り返った。
そこには、うさぎのぬいぐるみを片手にしたシキが立っていた。
「……今は、忙しいです」
Lは手元の資料から視線を外さない。
けれど、シキは一歩も引かず、机の近くまでゆっくりと歩み寄った。
「ふぅん……」
ぴたり、と彼はLの真横に立ち、赤い瞳を覗き込ませる。
「それは──僕の“事件”より、大事な事件?」
Lの指が止まった。
ほんの少しの間。
モニターの明滅が、Lの顔を不規則に照らす。
「……“事件”とは?」
Lの声に慎重さと警戒が滲んでいた。
シキは少しだけ目を伏せ、うさぎのぬいぐるみの耳をいじるようにしながら、呟く。
「……ずっと黙ってたけど、そろそろ言わなきゃなって思って──」
白髪が揺れる。
甘い声色の奥に、ひどく冷たいものが潜んでいるのが、Lには分かった。
「──僕ね、“殺したい人がいる”んだ」
Lは完全に手を止め、彼を見つめた。
ただのいたずらや、甘え、あざとい罠とは、明らかに空気が違う。
「“冗談”で言ってるわけじゃないよ? Lが聞いてくれるなら、ぜんぶ話す。──でも、“聞く気がない”なら、いいよ。そのまま、いつもの事件に戻って」
声は、いつもの“あまあま”じゃない。
シキは、Lの前で立ち尽くす。
そしてLは、紅茶のカップに指をかけたまま──
「……話してください」
それが、Lが彼の“事件”を受理した瞬間だった。
Lの一言で、シキはふっと笑った。
甘さは消えてるけど、声は軽い。
「昔ね、襲われたの。路地裏で。夜。……ありがちな話でしょ?」
Lの手が、ほんのわずか止まる。
「逃げようとしたけど無理でさ。痛いし、臭いし、最悪だった。でも証拠は残ってて、目撃者もいて、有罪にはなったの。はは、ざまあって感じ」
ぱちぱち、とシキは自分で手を叩いた。
「でもね、刑期は短かった。あっさり出てきた。今はどこかでぬくぬく生きてる。“普通に”ね」
Lは黙って聞いている。
「……僕ね、忘れられないんだよ。何年経っても。みんな“時間が解決する”とか言うけど、あんなの嘘だ」
うさぎの耳を指でいじりながら、ぽつり。
「ずるずる引きずってさ。昔のことなのに、いまだに思い出して吐きそうになったりして。“普通に生きれば?”とか、“乗り越えれば?”って言われても……できたらやってるよって感じ」
シキは、にこっと笑う。
でも、その笑顔はほんの一秒だけ影を落とす。
「今もでもさ。……消えたいって思う日、普通にあるんだよね。誰にも言ってこなかったけど」
その声は、冗談のように軽くて、でも空気がすっと冷えるほど真実味があった。
Lは手を止めたまま微動だにしない。
珍しく、返す言葉を選んでいる沈黙。
「ね? Lならわかるでしょ。僕、こう見えてめんどくさいタイプなんだよ」
シキはそう言って笑ったが、Lの前ではその“軽さ”すら透明に見える。
Lは指一本動かさずに、ただ黙って聞いている。
シキは少し呼吸を整え、続けた。
「だから、女の子の格好してるんだよ。可愛いって言われたいから……ってのもあるけどさ」
うさぎの耳を、くしゃっと握る。
その顔にはもう一切の“あざとさ”がない。
「もし、そいつと鉢合わせても……僕だってバレないように。“あの時の子”だって思われないように。“男の子”って気づかれたら、また笑われる気がして」
シキはふっと笑って肩をすくめる。
「それにさ……被害者が“女の子”だと思われた方が……周りも、ちゃんと悲劇っぽく扱ってくれるじゃん?“男の子が襲われた”って、なんかこう……世間って、軽く扱うでしょ?」
指先がかすかに震えたが、シキ自身は気づいていないようだった。
「“可哀想だったね”って、言われやすい。その方が、ちゃんと“事件”として扱われる気がする。僕は“ちゃんと被害者でいられる”。……だから、僕は女の子みたいにしてるの」
明るい声で話しているのに、言葉はどれも淡々としていた。
軽いのに、重い。
冗談みたいで、本気。
シキはLをまっすぐ見た。
あの甘さも、媚びも、あざとさすら一切ない。
底の底まで沈みきった、冷えた瞳。
「ねえ、L……ひとつ聞いていい?」
「……はい」
「──殺したいって思う、この感情って“悪”なの?」
薄く笑っているのに、どこかひどく乾いていた。
Lはすぐに答えない。
シキの瞳の奥を読むように、一度だけゆっくり瞬きをした。
シキは続けた。
笑顔のまま、吐く言葉だけが真っ暗だった。
「僕はずっと考えてきたんだよ。いつかさ……Lの座を奪えたらって」
「……私の座を?」
「うん。世界一の“頭脳の席”。そこに座れたら──“レイパー”全員まとめて檻にぶっ込んでやれるじゃん?」
その言い方は残酷なのに、トーンはまるで“今日の夕飯どうする?”くらい軽い。
「法律なんて遅いし、穴だらけだし、甘いし。僕みたいに泣き寝入りの子、いっぱいいるし。だったら全部一掃してやるのも、ありでしょ?」
シキはにこっと笑う。
その笑顔が一番“恐ろしい”。
「“法律は正義の味方だよ”って顔してるくせに、実際はぜんぜん守ってくれない。だったらさ──僕がやるしかなくない?世の中の悪を一掃するのも悪くないだろう?」
深夜の明滅するモニター光が、シキの横顔を切り取る。その影は、甘い天使の姿じゃなく、“怒りを抱えて生き延びた子供の影”だった。
Lはようやく口を開く。
「……シキ」
「なに?」
「“悪”ではないが──“正義”でもない」
Lの言葉を受けても、シキは一切ひるまなかった。
「構わないさ!」
その声には、甘さより鋭さが勝っている。
「だってさ、L。正義って“まともな人間”にしか効かないよね?悪に正義が通用するわけないだろ?」
ぬいぐるみの耳に爪を立てながら、シキは軽く肩をすくめる。
「“やめてください”で止まるような相手なら、そもそも悪じゃない。暴力も、脅しも、力も使うから“悪”なんだ。だったら、こっちだって“まとも”じゃ勝てないじゃん」
Lは大人しく聞いていたが、目だけは鋭くなっている。
シキは構わず続ける。
「毒には毒を盛って制する──僕はそう思うよ。綺麗ごとじゃ救えない命があるんだって、もう知ってるからさ」
笑っている。
でもその笑顔は、絶望と怒りでできている。
「僕はね、あいつらが“反省して更生してハッピーエンド”なんて……鼻で笑っちゃう。僕が傷ついた分、僕が失った分──」
シキの声が、ほんの少しだけ震える。
「……奴らが“消えてくれなきゃ”、気が済まないんだよ!!」
いつもは甘えるだけの声が、今だけは剥き出しだった。
Lの部屋の空気が重たく沈む。
シキは一度深呼吸して、笑おうとして──笑えなかった。
そして、Lをじっと見つめて言った。
「……ねぇ、L。僕を止めたいなら……今、僕を“抱いて”よ」
その声は、甘さでも誘惑でもない。
“限界”の音だった。
「正義とか、法律とか、優しさも、今は全部どうでもいい……。僕、もう誰にも必要とされてない気がして……。自分でも自分のこと止められないんだよ……」
ぬいぐるみの腕が、ぎゅっと握られる。
「犯人を捕まえてほしいなんて……これっぽっちも思ってない。捕まえるだけじゃ、何も返ってこないもん……。僕の“奪われたもの”は、戻らないんだよ……」
Lは少しだけ近づいた。
だが彼には“抱くこと”は、できなかった。
シキの目が揺れ、次の瞬間、涙がつっと落ちた。
「……そっか……だよね……」
シキは笑おうとして、失敗した。
「ごめん……L。僕……弱いね……」
泣きながら俯いたシキの前に、Lがそっと近づいた。
「……シキ」
呼ばれた瞬間、シキの肩がびくっと震えた。
「あなたは、我慢し過ぎています。限界まで抱え込むのは──もう、やめてください」
Lはためらいながら、シキの頬に触れた。
涙で濡れているその熱を、指先がそっと受け止める。
「……一人で苦しむ必要はありません」
そのまま、ほんの数センチだけ顔が近づく。
シキは息を呑み、動けなくなる。
Lの黒い瞳には、恐れも迷いもない。
ただ、ひとつの決断だけが浮かんでいる。
「これは、“慰め”です。勘違いしてはいけませんよ」
そう前置きをして──Lは、そっとシキの唇に触れた。
ふれるだけの、あまりに優しいキス。
シキは大きく目を見開き、次の瞬間、崩れるようにLの胸にしがみついた。
「……L……」
「あなたは、もう十分に戦いました」
頭を撫でられ、シキは堰を切ったように泣き出す。
Lは抱き寄せ、耳元で囁いた。
「もう我慢しなくていい、私がいる──」
シキの手が、Lのシャツをぎゅっと掴む。
その掴む力こそが──シキという“事件”の、最も真実の証拠だった。
Lの指先がふわっとシキの髪を梳いたかと思うと、額にちゅっとキス。
さっきまで泣いていたシキは一瞬びくっとしたけど──次の瞬間には、ぽふっとLの胸に顔を埋めて、うさぎごと埋もれた。
「……える……」
声にならないまま、涙もそのままで、ふわふわと目を閉じる。
Lは無言のまま、シキの背中をとんとん、とんとん。
何も言わずに、ただ一定のリズムで。
ふと目線を逸らした。
(……この子を襲った犯人──捕まえるか)
とん、とん、と音を刻むたびに、Lの思考だけが回っていた。
(捕まえても、また出てくる。罰も軽い。社会は緩い。法は万能じゃない)
目の前には、自分を笑わせて、泣かせて、ふざけて、そして本気で壊れている子供。
そして、その子をこんな風にしたやつは──
いまものうのうと生きている。
“そういう事件”には興味が無かったからわざわざ自分から関わろうとは思わなかったが──身内がやられたとなれば、話は別だ。
Lは、冷めきった紅茶を一口だけ飲んで、無言のまま、シキの髪を一度だけ撫でた。
「……これはもう、“公私混同”ということで」
やるならやる。
私流で、完璧に、徹底的に。
この“事件”は、誰にも渡さない。誰にも触らせない。
やるからには、消すまで追う。
──私が、正義をやって見せよう。
──いいだろう。
この事件は“私が引き受けた”。
次の日、昼過ぎ。
「たっだいま〜〜……」
気の抜けた声と一緒に扉が開く。
Lはいつも通りパソコンに向かっていたが、かすかな足音にふと顔を上げる。
そして──二度見した。
そこにいたのは、髪をバッサリと切りそろえ、白のロリータでも、ふわふわワンピでもなく、くすんだシャツに黒いズボンを履いた“誰か”だった。
だけど、間違いなく──シキだった。
「……どこに、行ってたんですか」
Lの声はいつも通りの平坦さだったけれど、目だけが少しだけ追いついていない。
シキは肩をすくめて、少しだけ笑って答えた。
「ん〜、美容室と……服屋」
さらっと言って、うさぎのぬいぐるみは抱えたまま。
でも、確かに──何かが変わっていた。
「……イメチェンですか」
「そ。イメチェン。気分転換」
「……事件と、関係ありますか」
シキはその言葉に返事をせず、少し笑って、Lのソファに座った。そして、ぬいぐるみの耳をいじりながら、こう言った。
「Lが背中押してくれたから……じゃあ僕も、“変わんなきゃな”って思って」
チラッとシキはLを見上げた。
「……どお? 僕、かっこいい?」
その一言に、Lの目がほんの少しだけ細められる。紅茶を持ち上げる手を止めて、Lはこう答えた。
「……まあ、“それなり”には」
でも、その口元はわずかに笑っていた。
それはきっと、最大級の“認めた”のサイン。
そして、シキは得意げに鼻を鳴らした。
「よっしゃ♡♡」と小さくガッツポーズ。
シキはソファにどっかり腰かけて、ぬいぐるみを抱いたままニヤッと笑った。
「……いずれはさ、Lよりかっこよくなってやるんだ!ふふ♡♡」
その言い方に、Lは一拍置いて紅茶をひとくち。
「……かっこよさにジャンルの違いがあると信じたいですね」
すると、シキはニヤ〜ッと笑いながら、Lの隣にぐいっと身体を寄せて、腕にぴとっ♡
「じゃあさ、そんな僕がさ──Lのこと、嫁にもらってあげるよ♡♡」
そのセリフに、Lは本当に紅茶を吹きかけそうになった。
口元にカップを当てたまま、わずかに目を細める。
「……わ、私が、嫁ですか?」
シキは誇らしげにうんうんと頷く。
「そうさ。白馬の騎士は僕だからね」
「私は男ですよ?」
「問題ない♡」
もう聞く耳持たぬテンション。
Lはうっすら目を伏せて、そっと考えた。
──……やっぱりこの子、ジャンルが違う。いろんな意味で。
シキは、くすくすと笑いながらLの腕に頬をすり寄せた。
「……でもさ、L。僕、ちゃんと守るよ? どんなに頭がよくても、Lがひとりぼっちで戦ってるときくらい、そばにいてあげる」
Lは、その言葉にぴくりと指を止めた。
目を伏せたまま、紅茶を一口──今度は吹きこぼさず、飲んだ。
「……ずいぶんと、頼もしい騎士ですね」
「うん♡ でも、ぬいぐるみは手放せないけどねっ♡♡」
「致命的ですね」
そう言いながらも、Lの声はどこか柔らかかった。ぴとっとくっついた温もりと、くすぐったい甘さ。それを“煩わしい”と思う日は、もう来ない気がして。
ズボン姿でぬいぐるみ抱いてるくせに、なんだかやたら堂々としてる。
「……白馬の騎士は僕、って言ったよね?」
Lは紅茶を口に運びかけて──そっとカップを置いた。
そして目だけで、続きを促す。
シキはソファに背を預けて、腕を組み、ちょっと得意げに言い放った。
「Lはさ、世界を救う頭してるじゃん? じゃあ僕は──そのLを、守れるくらいの“王子”になってやるよ♡♡♡」
それはあまりにも子供っぽくて、あまりにも無茶で、でも、どこまでも真っ直ぐだった。
Lは一瞬目を伏せて、それから小さく笑った。
「……それは、心強いですね。お姫様」
「ちがう!王子様!!♡♡♡♡」
──この世界で、一番ふざけてて、
一番まっすぐな正義が、今、ここにあった。
Lの指先が、ほんのひと撫で、シキの髪を梳いた。
その仕草にシキは目を細めて、ぴたりとLの胸元にくっついたまま、口元だけでふっと笑う。
「……なぁ、L」
いつもの甘え声とは違う。
優しくて、でも低くて、背筋がぞくっとするようなトーン。
「僕は“守られる側”だなんて、思ったこと、一度もないよ?」
赤い瞳が、Lの黒い瞳を真っ直ぐに見据える。
うさぎのぬいぐるみをぎゅうぎゅう抱いたまま、言った。
「僕はいつか──お前の闇ごと全部、抱いてやるから」
そう言ってニッと笑った顔は、もう、ただの“可愛い”じゃなかった。
「覚悟しててね?──L」
𝑒𝑛𝑑…♡