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白と灰色の床タイルの商店街を抜けると高級なブランドショップが並んでいた。
ショーウィンドウを見ると前から気になっていた革でできた可愛いバックが飾られている。
顔を近づけて見つめると、鏡のように自分の顔が映った。
昨日は久しぶりに気持ちはふわふわとして幸せな気持ちになったと思い出す。
ひょっとこの居酒屋を出ようとした時、颯太は、上司の五十嵐に声をかけられていて、隣にいる女性は誰だと聞かれた質問に冷静な態度で美羽のことを彼女じゃないと否定して従妹だと説明されてしまったことに少しもやもやした。
店を出た歩道のところで言い訳するようにプライベートを詮索されたくないんだと説明されたが納得できなかった。
その場では合わせるようにうなずいて終わらせていたが、不安感が残った。
確かにまだ彼女だと明確な告白はしてもないしされてもない。
颯太にもう1件、飲み直そうとバーに行ってはまったり過ごしていたがアルコール度数の高いお酒を颯太が飲すぎて具合悪くして最後まで注文したお酒を飲み切ることができずに美羽が会計を済ませて颯太の家に送ることになった。バーのマスターと颯太は気のしれた関係のようで颯太の家までの地図を教えてくれた。
肩を貸しながら颯太の背中を支えて2階建てのアパートの1階で右から2番目扉を開けた。
どさっと荷物を乗せては、ベッドまでうーうーうなっている颯太をベッドまで運んであげた。
かなり酔いがまわって具合悪いようだった。
颯太をおろそうとした瞬間に美羽の上に覆いかぶさってしまった。
「うわ、ごめん!よけるから。もー、重い~」
押しのけようとしたが、颯太が美羽の両手首をがっつりとつかんで目がすわっていた。
「……実花……」
目がうつろだったのか、理解してなかったのか記憶が消えたのは妻の名前を呼んだことを忘れたかったのか。真実はわからない。颯太は、首筋を愛撫した。美羽は、言い間違えたのかと勘違いして、酔っぱらっているのにと頭をヨシヨシと撫でた。
そのまま、2人はスイッチが入って快楽に溺れていった。
美羽は、拒みはしなかった。むしろ颯太のすべてを受け入れた。
名前が間違っていても部屋の中にどこか一人暮らしにしては違和感があるこの空気にもそれでも今がよければいい。
その一心だった。
颯太は、度数の高いお酒を飲んでからすべてが夢だと思い込んでいた。
忘れていたというが、現実と夢の感覚を取り戻せていなかった。
本当は夢に出てくるほど、美羽に近づきたくて一緒にいたくてたまらなくて仕方なかったはずなのに
実際にそうなってしまうと罪悪感に苛まれてしまう。
望んでいたことだったはずなのに。脳裏には、妻の実花のことも少しは考えていたのだろう。
「あ! ピアス。片方ない」
美羽はショーウィンドウに映る自分の顔を見て、片方の耳にピアスがついてないことに気づく。
スマホを取り出して、颯太に電話しながら来た道を戻る。
何回かコールしたがなかなか出ない。もうそろそろ着くところでやっと出た。
「もしもし、ごめんね。颯太さん」
『はい。ごめん、何?』
「ピアス片方落ちてないかな。耳についてなくて」
『え? アクセサリー? ちょっと待って……今、来客中。来月からゴミ集積所が変わるってことでいいですよね---』
「……颯太さん、ごめん。もうアパートの前に着いちゃった……」
玄関でやり取りをかわしてるのは、パンチパーマの体格のいいおばちゃんだった。電話の通話オフをしては、バックにスマホをしまった。
「あらー、可愛いわね。何、上原さんの奥様?」
「違いますよ。大家さん。従妹です」
「初めまして、美羽と申します」
「どうも、ここのアパート管理人佐々木です。上原さんにはお世話になってるんです」
「そうなんですか」
「こんな年寄りに優しい人なんて珍しいものね。今の若い人、無関心な人多いから。また何かあったらお手伝いお願いね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
大家の佐々木は、用事を済ませるとささっと帰って行った。美羽は、また颯太の部屋にお邪魔した。
「はぁ、もう、困るんだけど……ここのアパート、一応社員専用で男性しか住んでいないのよ。女性厳禁だからさ。
やっかむ同僚いるから……」
困った顔をして、颯太はため息をつく。
「そうだったんだ。ごめんなさい。大事なピアスだったから、どこかにないかと思って探しに来たんだけど」
美羽は部屋の中をうろうろして、探し始めた。変なところを勘ぐられないようにと颯太は慌てて、肩をポンポンとたたく。
「あるよ。これだろ?」
手に持ってはサラリと垂らして見せた。長めに伸びたシルバーの
花の形のピアスだった。
「あ! そうそう。なんだ、まめだねぇ。颯太さん。拓海は全然疎いからそういうの……あ」
傷つけたかなと一瞬顔をしかめた。なんとも思っていない普通の顔をしてとぼけていた。
(そりゃぁ、本妻にバレたら……俺の命は)
内心はひやひやしていた。
「細かいよぉ。そういうの。綺麗好きだし」
笑ってごまかした。
「ごめんね。拓海のこと、気にしてると思った」
「え? 拓海くん? 別に……」
(やきもちは妬かないのか……)
美羽は反対にがっかりした。女心は複雑だ。
「まあ、いいや。そろそろ帰るね」
と言った瞬間、颯太のお腹が勢いよいを増して恥ずかしいくらい大きな音を立てた。
「へ? 何、その音?」
美羽はお腹を抱えて笑った。ラフなかっこうで、自分の腹に触れる。
「お腹、空いてるなら、外に食べに行こう?」
「……明るいよ」
「? そりゃ、朝だからね」
(明るいところで2人でいるところ、あんまり見られたくないなぁ。でも腹減ったし、誘われたし。仕方ない、あれつけるか)
美羽は、何かを考える颯太を見つめる。
「分かった。行くよ」
「うん。んじゃ、外で待ってる」
「ああ」
玄関のドアが開いた。美羽はドアの前で待っていた。
颯太は、ベージュのジャケットを羽織ってはサングラスをつけた。変装しきれてないが、多少、自分だとわからないだろうとたかをくくる。いつもお腹が鳴っても、積極的にご飯を食べに行かず、冷蔵庫に常備するミネラルウォーターや栄養ドリンク、プロテインで食いつないでいたが、誰かに誘われて朝ごはんを食べに行くなんて何年ぶり、いや、人生初の朝外食。
行かない理由が見つからないが、リスクも生じる。つばをごくりを飲み込んで、もう、ここまで来たら、どうにでもなれという勢いだった。
「よし、行こう」
お気に入りの茶色の革靴を靴ベラを使って履いた。
今日はなぜだか、玄関のドアを開けるのが楽しみだった。