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真っ暗闇のトンネルから抜け出したように彼女と過ごす空間は居心地が良かった。シャボン玉のようにふんわりと柔らかく。
太陽の光で反射をしてキラキラとした世界に誘われたよう。花の蜜のように吸い寄せられて後戻りが出来なくなっている。
冷蔵庫のようにカチンコチンに冷え切った部屋がまるで温かくポカボカとひたなぼっこができそうな草原になったみたいだ
無機質でモノトーンだった部屋が少しずつ変化していった。
朝、ベッドから1人起きて蛇口から水をコップに入れてはグビグビと飲むと、スマホにポロンと1通のメッセージが届く。
美羽からだった。
『今日の夜会う約束してたけど行けなくなった。ごめんなさい』
「何かあった?」
『朝から頭痛くて、熱測ったら高かった』
メッセージとともに体温計に39.2と書かれた写真も送られて来た。
「大丈夫なの?」
『大丈夫、病院には行けてないけど2、3日寝てれば治るから』
そのメッセージを最後にやり取りを終えた。颯太はソワソワした。何かしてあげなきゃと焦った。まずは会社に出勤しないとと、顔洗って、現実に集中した。
明日は土曜日で会社は休みだが、例の娘と家族3人で会う約束をしていた日。
具合悪くしている美羽は放っておけないが、約束を破るのも申し訳ないと決断しかねていた。
靴べらで革靴を履いて、突っかかった。慌て過ぎている。
玄関のドアを開けると、車の走る音が道路で響いていた。
会社に行かずに美羽の元へとすぐにでも行きたいと思ったがグッと堪えて、進路を切り替えた。
◇◇◇
颯太は仕事終わりに近所のドラッグストアで風邪の時に必要であろうものを額に貼るシート、ゼリー状の栄養ドリンク、頭痛薬果物の缶詰、お粥パウチ、飲み物を数本買い漁っては、ビニール袋に詰めて、美羽の家に向かった。
一足先に拓海が美羽の部屋に入ってくのが見えた。アパートの壁に背をつけてこちらの姿を見られないよう影からのぞいていた。拓海が入ったのを確認してから買ってきたものが無駄になるのを恐れてそっと美羽の部屋の玄関の前にビニール袋を置いて立ち去った。
本当は自分の出る幕じゃないって分かってたのに現実を見せられた気がしてならなかった。
「美羽、久しぶりに来たかと思ったら、何、寝込んでんだよ」
「突然、連絡も無しに来ないでくれる? こっちは、今高熱出てるんだから」
フラフラになりながら、拓海を部屋の中に上げるとソファに横になった。
「風邪か?」
拓海は足元に座っては美羽の額に手を当てて自分の額の温度と確かめた。
「かなり熱いな。何か買って来るか? 食べたいものは?」
「今は食欲ない」
顔まで毛布をかぶって隠れた。
「何か食べないと熱も下がんないだろ。それに水分補給も」
拓海は、冷蔵庫を漁ってコップに飲み物を準備してくれた。やってくれたこと今までなかった。連絡だってまめじゃないのに拓海の行動が不思議だった。別れるって話したはずなのに許可されてないのか。
そんなことされたら過去を思い出してしまう。
付き合いたての頃のドキドキとしたあの頃に。
首を振って目を覚ませと自分に言い聞かせる。
「ちょっと待ってろ、今、何か買って来るから」
拓海が玄関のドアを開けようとした瞬間ガサガサとなった。
ドアでビニール袋が押された。
「え、何これ。美羽、誰かに何か頼んだ?」
「え?」
横になって寝たまま、美羽は答える。
「ほら、玄関の前にたくさん、今必要なものが。四次元ポケットで取り出されたみたいにさ」
ビニール袋をのぞくと風邪をひいてる人には必須であろうものがたくさん入っていた。
「いやいや、たぬきロボットじゃないんだから」
「猫型ロボットだろ、それを言うなら」
「……きっと、お母さんじゃない?」
「え? 福島の? わざわざ?ここに?」
「え、だって、ほら。妹とこっちに泊まりに来る時あるし」
「え? どこにいんの? 妹とお母さん」
「ビジネスホテルとか?」
「??? 高熱で頭やられてんのね」
拓海は袋の中にあった額にある冷えるシートをビリビリと剥がしてはペタッと美羽の額に貼り付けた。
「うひゃ?! 冷たッ。っと、ちょっと何すんのよ」
拓海はすぐに美羽を体を持ち上げてはベッドに運んだ。
「あのなー、ソファじゃなくてしっかりベッドで寝て休めよ。そんなんだから治りが遅いんだぞ」
そっとおろすと、体にふとんをワサッとかけた。両手でふとんのすそを握っては顔を隠した。
「んじゃ、お大事に」
「ちょっと待って、拓海。聞きたいことがあるんだけど!」
「あ? なんだ、風邪ひきさん」
「この間、と言うか随分前に私が真夜中に外出た日、ベッドの下にピアス落ちてるの見たの。それって……」
「は? 美羽のだろ? 俺、ピアスつけないし」
動揺することなくストレートに話している。嘘はついてなさそうだ。
「え、あ、えっと、あと、洗面台にあった赤い歯ブラシって……」
「ああ、それ? 美羽がご飯食べた時に歯が挟まって歯ブラシ無いって騒いでたから買っておいたんだけど?」
それを聞いて美羽は一瞬固まった。美羽は妄想していたのかもしれない。拓海が浮気をする遊び人だと。
でも、なんだろうこのモヤモヤする感じ。
「いや、あのー、うん。大丈夫。頑張って治すから。おやすみなさい」
ふとんの中に潜り込んだ。拓海は頭に疑問符を浮かべて立ち去って行った。
颯太は直接会わずに電話で済ませようと帰りながらスマホの画面を開いた。
美羽は颯太から電話を数秒で出た。
「もしもし、颯太さん。もしかして、ウチに何か届けてくれた?」
『え、ああ。もう中身見たの? ごめんね、ドアの前に置いてったよ』
「ありがとう。役に立ちそうなものいっぱいあった。中に入っても良かったのに」
『誰か、来てたみたいだから』
「あ、そっか。ごめんなさい。明日なら多分、誰もいないし、大丈夫だから。来て欲しいな」
『明日……ちょっと、考えておくよ』
「うん、それじゃあ」
ため息をついてタバコに火をつけた。ドーナツの輪のように煙が上に行く。決めなくてはならなくなった。