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12月上旬になった頃、俺はスマホを握りながら頭を悩ませていた。画面に映るのはライトアップされたクリスマスツリーと数々の屋台が紹介されているクリスマスマーケットの動画だった。
「おさでい?そんな必死に何見てるの?」
新曲のレコーディング終わりであろうやなとがそう言って後ろから覗き込んでくる。
俺は急いでスマホを伏せた。
「いや、ちょっと、、リスナーちゃん達のDM読んでて、、」
やなとを誘おうかどうか悩んでんの!なんて本人には流石に言えない。
「えー!本当に?」
なんて、やなとが訝しげに見てくる。
「あ!あれでしょ!えっちな動画みてるんだ!」
「いや、違うから!」
なんて疑いをかけてくるんだこの人は。こっちは好きな人を誘うかどうか、なんて、めちゃくちゃ初心な悩みを抱えているのに。と、不満に思う。
「えー、うっそだぁ!」
「いやいや、ほんとだから!」
流石にその誤解は困る。何とか弁明するために言葉を探していると、奥からゆたがテクテクと可愛らしく歩いてきた。
「ねぇねぇ、二人ともクリスマスイブって空いてる?」
まずい。非常にまずい。やなとに先約ができそうだ。クリスマスイブにクリスマスマーケットに行く、という計画だったのに。なんとか阻止しなければと口に出した言葉は自分でも予想外の物だった。
「あっ、その日やなとは予定あるよ!」
口に出した途端、俺は自分のした失態に気づき冷や汗がでる。
「え、おれ」
「ちなみに、俺も空いてない!」
何か言おうとしたやなとを遮り、ゆたとの会話を無理やり繋げる。流石にこの嘘がすにすてメンバーにバレればこの先ずっといじられ続けるだろう。
「そっか、今度空いてる日教えてね!」
と、少し寂しそうにゆたは姿を消していった。少し申し訳ないなと思ったが、今はそれどころではない。
「おさでい?マジで何言ってんの?」
目の前のやなとにどう言い訳するかだ。
頭をフル回転させ考えたがどうにも良い言い訳は思い浮かばなかった。もともと誘う予定だったし、もうここは当たって砕けろだ。
「やなと」
「なに?」
やなとがジトっと不服そうにこちらに視線を向ける。
「あの、、イブ、クリスマスマーケット一緒に行かない?」
今までで1番と言っていいほどの勇気を出して問いかける。やなとは一瞬目を見開いて、その後笑いながら優しく返事をした。
「だから勝手にゆたたの誘い断ったの?それくらい言ってくれれば全然行くのに!いいよ、一緒に行こ?」
想像していた厳しい現実とは違い、暖かい夢のような現実に俺は硬く瞑っていた目を開く。
「え!いいの!?」
内心、ガッツポーズをしていることは秘密だが、多分バレている。
「もちろん!」
なんて笑って可愛く言うやなとを見て、胸がキュンと高鳴る。
そんなこんなで、やなととクリスマスイブにデートすることになった俺はそれまでの期間沢山準備を進めた。
新しい服を新調したり、クリスマスマーケットの下調べをしたり、「付き合う前 デート 方法」で検索したり、もう色々準備した。
そうしている内にあっという間に当日、クリスマスイブはやってきた。俺は玄関で身だしなみと持ち物チェックを入念にしてからルンルンで扉を開けて外へ出た。
冷たい空気がツンと肌に触れる。いつもなら寒過ぎて悲鳴を上げているところだが、今日はそんなことも気にならない。俺は鼻歌を歌いながら集合場所に向かった。
俺が集合場所に着いて5分ほど経った頃、道路の向かい側にやなとの姿が見えた。
「やなとー!こっち!」
やなとに俺の居場所が分かりやすいように大きく手を振った。俺に気づいたやなとが笑いながらこちらへ駆け寄ってくる。
「もー!おさでいめっちゃ目立ってるからやめて!」
ぺしっと軽くはたかれる。やなとのふわふわのマフラーに少し埋まった困り眉の顔が本当に愛おしくてつい見つめてしまう。
「どうしたのおさでい?」
今度は心配そうにに首を傾げてこちらに尋ねる。そのコロコロ変わる表情がもっと見たくて少し攻めたことをしてみようかと考える。
「やなとが可愛過ぎて見つめてた」
普段なら絶対言わない言葉だけどなぜかクリスマスの雰囲気に呑まれて言ってしまった。
「え?おさでい、き、今日なんかあった?」
なんて顔を赤らめて言われたら期待してまう。もしかしたら、やなとも俺と同じ気持ちなんじゃないか?と。俺はブンブンと首を横に振り考えないようにする。
「流石に冗談!」
なんて、笑みを浮かべながら返す。
俺とやなとはメンバー同士。これからもその関係が変わることはないだろう。今日は俺の我儘で一緒にいるだけなのだから。
「ほら、やなと!あっち行こ!」
逃げるように言葉を紡いでクリスマスマーケットへと向かった。
目的地に近づくにつれ、人も増えていった。二人は道の邪魔にならないよう肩が触れ合うような距離で歩いた。
「なんか近くない?」
そう、やなとが笑いかける。
「そう?俺はもっと近づきたいけどね!」
本当は心臓バクバクだけれど、平然を装い、本心を口にしてみる。
やなとはふっと笑って、
「そんなに寒いの?あ、カイロあるから貸すよ?」
なんてさりげない気遣いをしてくる。
望んでいるものはそれじゃないけど、ちょっと鈍いところも優しいところも含めて大好きだ。
「ありがと!」
俺はやなとの手からカイロをしっかりと握って受け取った。
「あ、おさでい見て!ツリー見えてきたよ!」
いつの間にか目的地に着いていたようだ。目の前には大きなクリスマスツリーが立っていて、いかにもクリスマスという雰囲気だ。周りの屋台からいい香りがしてくる。
「やなと何食べたい?」
俺は隣にいるやなとに尋ねる。
「んー、そうだなぁ。あったかいものがいいよね!」
寒いのだろうか、やなとは自分の手を息ではぁっと温めていた。
「あっ、やなと、カイロ返すよ」
「えっ!いいよ!おさでいが使いな!」
拒否されるものか、と俺はやなとの手にカイロを捩じ込む。
「俺はもう寒くないから大丈夫!やなとが使って!」
「あ、ありがとう」
本当は俺の手でやなとの手を握ってあげたいなんて思うけど流石に引かれそうだから行動に移すのはやめた。
「あったかいもの、なんかあるかなぁ」
俺はそう言って周りを見渡した。
目に入ったのは可愛い雪だるまのマシュマロが乗ったホットチョコレートの看板だった。俺はやなとに声をかける。
「あ!ホットチョコレート飲み行こうよ?」
「いいね!行こ!」
俺たちは何人か並んでいる列の最後尾に並んだ。
二人で話しているとあっという間に順番がきていた。ホットチョコレートを二つ注文し受け取った後、近くのベンチに二人で腰をかけた。
クリスマスツリーを眺めながら、あのメンバーがどうだの、ライブ楽しみだの、何気ない雑談をする。ほんの数分だけれどとても満たされる時間だった。俺が気持ちを伝えるまでは。
こっちを見て微笑むやなとが愛おしくてつい、言ってしまった。
「好き」
「へ?」
やなとは目を見開いて固まった。数秒経った頃、ようやく口をハクハクさせながら言葉を探した。
「ほ、ホットチョコレートのことだよね?」
伝わらないか、と俺はぎゅっと自分の手を握りしめる。
「やなとが、好き」
やなとは今度は言葉も出ないという様子で視線をあちこちに飛ばした。
「ど、ドッキリ?」
ここまで言ってもまだ伝わらないのか、それとも、やなとは俺がやなとを好きなのを信じたくないのか。どうにか伝わらないかと思って俺の体は勝手に動いていた。
口に柔らかいものが触れる。気づいた時にはやなとの顔が目の前にあった。
俺はその場から逃げるように飛び出した。
やってしまった。やなとの許可も取らずに何をやっているのだろう。嫌われたかもしれない。その考えだけで、視界が滲んだ。冬の冷たい空気が頬をツンと刺した。朝は寒さなんて全く感じなかったのに、今は体が凍りつきそうなほど寒さを感じる。
走りながら、手に持っている空になったカップをゴミ箱に投げ捨てた。
俺は夢中で雪の降る道を走った。人通りもだいぶ少ないところまできて、今日はもうやなとの視界に映ることはないだろうと思って走る足を止めた。
その瞬間、手をガシッと掴まれる。俺はパッと後ろを振り返った。そこには、走って追いかけてきたのだろう、息の上がった様子のやなとがいた。
「お、おさでい、?」
やなとは俺の顔を覗き込む。
「泣いてるの?」
そう言われて俺はハッとした。恥ずかしくて急いで顔を背ける。やなとはこちらに手を伸ばし俺の涙をそっと拭った。こんなに優しい人に俺はなんてことをしてしまったのだろうと、自責の念に駆られる。
「やなと、ごめん」
「おれ、気持ち悪かったよね、これからは距離とるから」
そう言って頭を下げる。
「そんなことない!」
やなとが声を張り上げた。
「お、俺も好きだよ!」
真っ直ぐ見つめてそう言ってくるやなとを汚したくはなかった。
「気遣わなくていいよ、ほんとにごめん」
そう言ってまた頭を下げようとすると、やなとは俺のマフラーを掴みぐいっと引っ張った。
また、口と口が触れ合う。今度はさっきより長い時間。パッと離れた後、やなとは赤くなりながらこう言った。
「気遣いなんかじゃない!俺もずっとずっとおさでいが好きだった!」
「、え、?」
え、今、俺、やなとから、、?俺は今自分の身に起こったことが理解できずにフリーズする。やっと物事を理解し、途端に体が熱くなった。
「ほ、ほんとに?」
思いもよらない現実が信じられずにやなとに尋ねる。
やなとは耳まで真っ赤になりながら少し俯いて首を縦に振った。俺は気持ちが抑えきれずにやなとをぎゅっと抱きしめた。
「やなと、俺と付き合ってくれますか?」
そう告白すると、やなとは俺をぎゅっと抱きしめ返し、
「もちろん、!」
と返事をした。やなとの体温が全身に伝わってくる。体だけでなく心まで温まった。
抱きしめ合ってる時間は永遠にも一瞬にも感じた。離れた瞬間少しの名残惜しさも感じたが、付き合えた喜びの方が大きかった。
すると、やなとが何やら自身の鞄から何かをゴソゴソと探し出した。
「あった!」
そう言って取り出したのは可愛らしい小さなプレゼントボックスだった。
「これ、あげる」
そう言って俺に差し出した。
俺は丁寧にリボンをほどき箱を開けた。中には水色と黄色でアシンメトリーになっているピアスが入っていた。
「え!これ、ほんとにいいの?」
そう聞くとやなとは少し恥ずかしそうにこちらを見つめてこう言った。
「うん、今朝お店で見つけて一目惚れして、まさか付き合えるとは思ってなかったから自分用に買った物なんだけど、俺からのクリスマスプレゼント!」
こう言われると、前から俺のことが好きだったのだ、と実感する。
「ありがとう!めっちゃ嬉しい!」
と笑ってみせるとやなとも嬉しそうに笑ってくれた。
「あ、そうだ!水色のピアスはやなとがつけてよ。こうすればずっとお互いを感じられるでしょ?」
俺は少し恥ずかしいことを言ったか、と思ったが、やなとは案外素直に喜んで、提案を受け入れた。
「めっちゃ素敵じゃん、そうしよ?」
二人でピアスを付け合って、その後顔を見合わせてもう一度キスをした。
それから俺たちはお互いにいつ好きになったのか、なんて話をしながらクリスマスマーケットに戻り、目一杯楽しんだ。
後日、ライブで二人がお揃いのピアスをつけていて、リスナーから喜びの悲鳴が上がったとか上がらなかったとか。
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