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「あ~あ。玄野や兄さんに比べたら、あたしに出来る事なんてこの程度でしかないのかよ。こんな事何万回やったからって、何も変えられやしねえよ。はああ、つくづく自分が情けねえ」
「あら、そうでもないと思うわよ」
不意に左肩をポンと叩かれ、陽菜は上体をのけぞらせてその手の主を見た。それは陽菜のクラスの学級委員長だった。
「なんだ、委員長。今の見てたのかよ?」
「ふふ。今の尾崎さん、いつもにもまして格好よかったわよ。そこで尾崎さんにお願いがあるんだけど」
「はあ? 何だよ?」
「実は近々カラオケパーティをやろうと思ってね」
「へえ、優等生の委員長がカラオケ? それは驚き!」
「もう! あたしだって現役女子高生なんだから、カラオケぐらい行くわよ!」
「あはは、悪い、悪い、冗談だって。で、それがどうしたんだ?」
「ええ、福島県から転校してきた子たちを誘おうと思ってね。うちの学校の生徒と、まあ、親睦会みたいな」
「へ?なんでまた?」
「ああいういじめってさ、そりゃやる方が悪いんだけど。けど、さっき尾崎さんが言ってたように、福島の子たちも自分で壁を作っちゃってるような感じもあるじゃない? 一緒にカラオケでもやって騒げば、お互い距離も縮まるかな、って思うのよ。それで尾崎さんにはね……」
「ようし、分かった。みなまで言うな」
陽菜は右腕を腕まくりしながら言う。
「あたしは嫌だって言う奴をぶっとばせばいいんだな? 任しとけ、そういう事なら……」
「違うわよ! 暴力はいけません!」
「へ? 違うのか?」
「尾崎さんには出席して場を盛り上げて欲しいのよ。もう何人か誘ったんだけど、尾崎のアネさんが出るなら、って返事がけっこうあったのよ」
「そうか! よし、任しとけ! あたしが最初に歌ってやるよ。あたしの後なら、たいていの音痴は自信持って歌えるぜ」
「あはは、それ自慢になってないわよ」
「けど、委員長、なんで急にそんな事考えた?」
「ううん、先生たちはね、そのうち尾崎さんが腕っ節で何とかしてくれると思ってるみたいなのよね。あたしも言われたのよ、受験が近いんだから下手に首突っ込んで内申書に響くような事はしない方がって。でも、それって何か違うと思うのよ」
「違うって?」
「自分じゃない、他の誰かが頑張って何とかしてくれる、それをじっと待ってる……それってやっぱりなんか違うんじゃないかって。まあ、あたしに出来る事だって尾崎さん以上にちっぽけな事だけどね」
「はあ……委員長、ひょっとして将来政治家かなんか目指してんのか?」
「やあねえ! そんな大げさな事じゃないわよ。まあ、そういうわけだから、パーティ来てくれる?」
「任しとけ、女に二言はない!」
「ありがと! じゃあ、日時が決まったらあたしから連絡するね」
「おう! じゃあな」
委員長が歩き去った後、陽菜は床に座ったまま視線を上に向けた。そこには何の変哲もない初夏の空があった。フーちゃんがいつも飽きもせず見上げていたのと同じ空が。
陽菜は思った。自分に出来る事なんて所詮たかが知れているだろうけど、この国には玄野や兄さんや委員長みたいな人間がいる。きっと大勢いる。そのみんなが一人一つずつでも「些細でちっぽけな」何かを変えてくれたら、ひょっとしたら「歴史の大勢」とかいう物を変えられるかもしれない。
FDなんて悲しい存在が生まれて来なくても済む未来が来るように歴史が変わるかもしれない。フーちゃんが普通の女の子としてまた生まれて来られる未来がやって来るかもしれない。いや、きっとそうなる、そう信じよう!
陽菜は青い空を見上げながら心の中でこうつぶやいた。
だからフーちゃん、その時は安心して、またこの国に生まれておいで。
(注:この作品に登場する「FD症候群は」100パーセント作者の空想の産物であり、いかなる科学的根拠、歴史的前例も存在する物ではありません。)