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刹那、蔦のごとく伸びた雷撃が、地を駆け私とロザリーの間に割り入った。
キャッ! と声を上げたと同時に、ぐいと力強く両肩を引かれる。
「! ルキウス!?」
見上げた先には珍しく息を上げたその人。
(ルキウスはたしか、雷魔法を用いるのだったわ)
つまり先ほどの雷撃は、ルキウスの発したもの。
徐々に理解をし始めた私を見下ろして、ルキウスは安堵したように鋭い双眸を緩める。
「間に合って良かった」
「なにを……っ」
私を背後から抱きしめるようにするその人の顔を、唖然と見上げる。
けれど即座にはっと気が付き、
「なんてことをされるのです! ロザリー、怪我は――」
「マリエッタ」
肩に置かれた掌に、ぐっと力が込められる。
「彼女が”人柱”だ」
「…………え?」
ルキウスはスッと、獲物を見つけた猛禽類を思わせる瞳をロザリーに向け、
「不思議なんだよね。あれだけの紫焔獣を発生させるほどの”人柱”なら、誰かしら、魔力の淀みに気が付きそうなものなんだけれど。キミからはいっさい……今の今だって、淀んだ魔力の気配がない」
「……それは、私が”人柱”ではないからではないでしょうか」
「そ、そうですわルキウス様。ロザリーが”人柱”だなんて、そんなはず――」
「いいや、キミが”人柱”だ」
確固たる口調でルキウスは告げ、
「紫焔獣からは魔力の波形が読み取れる。たしかにキミには淀んだ魔力の気配がないけれど、キミの魔力は、あれと同じだ。計測器がなくとも僕には分かる。違うというのなら、快く同行してもらえるかな。僕の仲間が、正確な数値を測定してくれるから」
口調こそ穏やかだけれど、有無を言わせない圧力。
ロザリーは黙ったまま俯いてしまったけれど、それは……そう。
きっと、ルキウスに誤解され責め立てられているのが、怖いからで――。
「ね、ねえ、ロザリー。私と一緒にいきましょう。こんな失礼な誤解を受けたままだなんて、悔しいわ。ちゃんと計っていただいて、堂々と潔白を証明して――」
「……ありがとうございます、マリエッタ様。ですが……申し訳ありません」
「え……?」
刹那、強い風が巻き上がった。
「きゃっ!」
驚きに声を上げた私を覆うようにして、ルキウスが抱きしめてくれる。
瞬きの間に、風が止んだ。途端、ルキウスがにいと口角を吊り上げ、
「やっぱり不思議でたまらないよ。それだけの淀み、いったいどうやって隠してたんだい?」
「ロ……ザリ……?」
ルキウスの腕から顔を覗かせ、見遣った先。
あれだけの強風だったにも関わらず、乱れひとつないロザリーを覆う、黒に近い紫の気体。
――淀んだ魔力の、証。
「そ……んな……」
がくりと膝の力が抜けた私の身体を、ルキウスが咄嗟に受け止めてくれる。
「ロザリーが……”人柱”……だったの?」
(つまり、今回の紫焔獣はロザリーが……)
身体ががくがくと震えるのを自覚しながらも、なんとか絞りだす。
と、彼女は悲し気に眉尻を下げながら笑み、
「マリエッタ様には、後程打ち明けるつもりでした。あなた様には、嘘を残したくはありませんでしたから」
「そんな、ロザリー、どうして……っ!」
どうして、魔力が淀んでしまったの?
どうして、ずっと隠せていたの?
どうして――こんな、襲撃など。
「他者からすれば、たわいのないことです」
ロザリーは己の魔力の淀みを確かめるようにして、自身の両手を見遣る。
「お二人は、十年前の紫焔獣防滅作戦をご存じですか?」
「紫焔獣、防滅作戦……」
十年前。時の聖女様――アベル様のお母様が突如、原因不明の病にて床に臥せった時があった。
聖女の加護が弱まった影響か、紫焔獣の発生が活発化し、街もあちらこちらで甚大な被害を受けた。
それは騎士団も同じく。
度重なる戦いの中で確実に摩耗していく状況に、国王はとうとう、国中の魔力を持つ男性を対象に徴兵を行った。
そして紫焔獣防滅作戦として、大規模な殲滅作戦をたてた。
結果として、紫焔獣の発生をせき止めることに成功し、再び平穏な日々を取り戻したのだと、幼心にも理解していたけれど……。
「私の父も、無理やり徴兵された一人でした。そして平民の出ということで、遊撃隊の中でも最下層の、突撃部隊に配属されたのです。……真っ先に紫焔獣へと飛び掛かり、怪我をしたところで治療も浄化も受けられない、”勇士の部隊”に」
「治療も浄化も受けられないですって……!?」
(それではまるで、死を前提にした捨て駒じゃない……!)
「そのような話、一度も……っ! ルキウスだって――」
言葉を飲み込んだのは、ロザリーから目を離さないルキウスの横顔に、微塵の動揺もなかったから。
(――まさか)
「……ルキウスは、知っていたの?」
「……現遊撃隊の隊長は、僕だからね。過去の事象を知っておくことも、必要なんだ」
「では、本当に……っ!」
ルキウスは眉間をぐっと寄せ、
「正確には、治療を後回しにされたんだ。聖女様の力が頼れないとあっては、治療や浄化を行う魔力には限界がある。今のようにね。だから怪我人は貴族が優先されたんだ。民も、騎士も。そうして”順番待ち”をしている間に、命を落としていった者が一番に多い隊だった」
「そんな……!」
「私の父も、勇士の部隊でした」
「!」