テラーノベル
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蛎灰谷の背後にあった扉から火の手が上がった。咄嗟に転がった蛎灰谷は無事だったものの、プール全体に火が広がるのも時間の問題。火は瞬く間に椅子やテーブルに燃え移り広がる。高浪の用意したフィールドを赤沼は利用した。 重油を被った黒野はすぐさま衣服を脱ごうと動くが、蛎灰谷が最後の銃弾を放った。脇腹に着弾し為す術なく倒れる。
「ぐっ……馬鹿な、こんな」
産まれたての子鹿のように足掻く黒野。重油が原因で足がもたつく。そして間もなく、引火。
「こんなことでぇぇぇぇ!」
耐えきれない熱。プールの水は既に抜かれてしまっているため消火は叶わない。船内プール全体が崩壊を始めた音と黒野の悶絶の声が響き渡る。
「ぐぁぁぁぁぁ」
「ざまあないな」
蛎灰谷の隣に座った八木は気楽に笑う。中毒症状によって現状の把握ができていないのか、逃げようとする姿勢すら見せない。黒野を仕留める事には成功したが、この船はそう遠くないうちに爆発する危険がある。高浪は黙って赤沼の元へ。
「僕の勝ちですよ、高浪さん。脱出用のボートも全て使い物にならなくしてきましたから。硫酸を船のあちこちにばら撒きながら重油を回収するのは疲れましたが。これで」
硫酸は金属を腐食し水素ガスを発生、そして爆発を起こす恐れがある。逃げ場はない。例え海に飛び込んだとして必ず助かるという訳ではない。赤沼の思惑通り、黒野を殺し高浪を出し抜く目的は達成したかのように思えた。
「ねぇ悟くん、最期に私のお願い聞いてくれるかな」
「なんでしょう」
「一緒に甲板で風を浴びない?」
赤沼は素直に頷いて了承した。沈没する船の甲板で2人きり、最期を迎えるその時まで共に過ごす。赤沼にとってこれ以上ないロマンチックに塗れた提案だ。
甲板へと向かう2人を横目に、八木と蛎灰谷は呑気に談笑を始める。黒野の断末魔を聞きながらの穏やかな会話。
「がぁぁぁぁぁ」
「へぇ、自衛隊だったのか」
「だけど俺は、救助にやりがいを感じられなくなった……笑えよ。今もこうして人を殺し続けた俺を」
「死ぬ気なのか?」
「ぐっ、あぁ! ふざっふざけるなぁぁぁぁぁ」
「俺はもう、生きるつもりも、ない」
「そうか、笑えないな。お互いの人生」
間もなくプールは倒壊する。八木と蛎灰谷はお互いの微笑みを見ながら、終わっていった。
「涼しいねぇ」
再び甲板に出た高浪は全身で潮風を浴びた。そんな彼女を後ろから眺めていた赤沼は、倒れていた水谷の死体を飛び越えてから呟く。
「残ったのは僕達2人です。黒幕の黒野も、その仲間も死にました。高浪さん。僕の願いを聞き入れてくれますよね」
「……仕方なくね」
「僕は貴女に感謝してるんです。最初のゲームで死ななくて良かった。こうして貴女と最期の時を過ごせる。船2隻が大爆発を起こすんです。ニュースに取り上げられないわけがない。僕達が、色んなところに証を刻むんです」
涙を溢れさせていた。振り向いた高浪はそんな彼と手を繋ぎ、船首まで移動すると大きな溜め息を吐くと───高浪の方から思い切り抱きしめた。
「高浪さん……」
「私は死ぬのも怖い。頭が痛いんだ。ほら感じるでしょ? 私の心臓の鼓動。だから……このまま抱き合ったままでいて欲しいな」
ここまでのボディタッチは初めてだった。完全に高浪の上をいったと確信した赤沼だったが、彼からは高浪の表情は見えない。
「いいですよ。終わるまで一緒に」
なすがままの赤沼は抵抗しなかった。崩壊していく船の上でお互いの顔は見ずに抱き合う。爆発音も立て続けに鳴り、終わりが近づいてきていると感じる。赤沼の願いがもう少しで叶う、そんな時。高浪の身体が離れ、赤沼の両肩を掴んで見つめ合った。
「どうかしましたか?」
「言ったでしょ? “君の期待してる通りの人間ではないかもしれないけど、君の想像を超える人間ではある”って」
「え────」
赤沼を突き飛ばした。彼の目に映った高浪は、頬を赤く染め興奮しきった顔に変貌していた。純粋無垢な少年を騙し自らの欲求を満たす。高浪のやりたい事はずっと前から決まっていた。海面が近くなってようやく赤沼は理解する。高浪もまた異常者。
そして爆発。最後に赤沼が見た高浪はそれに巻き込まれる姿だった。しかし瓦礫が落ちて発生した水しぶきと爆煙により視界はホワイトアウト。死に様さえも、目にする事はできなかった。
次に赤沼を迎えに来たのは知らない天井だった。無機質な白さから感じる雰囲気は高浪とはまた違う。病室だ。1人だけ生き残ってしまった。看護師もそばには居ない。
「まんまと騙されてたか」
見回すと寝転んでいたベッドの横にテレビがある事に気がつく。何気なく電源をつけると放映されていたのは報道番組。2隻の船が海上で爆発した、と報じられる。一気に赤沼は画面に釘付けとなった。昨日の出来事だとニュースキャスターは語る。短い眠りだったのだと安堵する赤沼。しかし、予想外。
「発見された遺体の数は……12?」
ガラス片で殺された山岡。
狙撃銃で撃ち抜かれた南。
電流を流され殺された竹之内。
相打ちになった茶山と羽田。
黒野に射殺された水谷。
蛎灰谷に殺された久保田、平、新田。
崩壊に巻き込まれたはずの黒野、八木、蛎灰谷、そして高浪。
あの場で死んだのは、全員で13人のはずだった。誰かが生き延びている可能性が浮上する。そもそも遺体が爆発四散し影も形も残らなかったり、残らず魚に食い尽くされたり海の底に沈んだりして見つからなかっただけ、という可能性もある。
だが赤沼は信じた。自分にとって都合の良い理想を。信じざるを得なかった。
「僕は死ぬ瞬間を見ていなかった。まだ、僕は諦められないですよ」
黒野、八木、蛎灰谷、高浪。この4人の死を赤沼は確認していない。そしてやはり赤沼は彼女が生き残っていると信じた。高浪 麻白。
「僕は貴女と一緒に死ぬと決めたんです。僕は貴女から逃げないので。貴女を逃がすつもりもないんです」
ゲームに巻き込まれた時と同じような白い服装で病室を飛び出した。
「待っててくださいね……麻白さん」
赤沼は去っていった。彼の背後では燃え盛る病院と逃げ惑う人間達。彼にとってたった1人の人間以外は有象無象に過ぎない。ゆっくりと一歩一歩、踏みしめ向かう。高浪は赤沼に生きる希望を与えた。代償として世界最悪の放火魔が誕生する。彼の赤く染まりきった思想は、ただ純粋に、真っ白な光へと向かうためにある。
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#ファンタジー
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