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#ワンナイトラブ
篠原愛紀
ランディリックの采配で、すぐそばに控えていたのだろう。リリアンナの専属侍女ナディエルが入室し、リリアンナを気遣うようにしながら退出していった。リリアンナが口を付けていたカップのみの残して、彼女の存在が室内から消える。
扉の閉ざされる音が完全に消えるまで、セレノは視線を出入口へ向けたまま動かなかった。
部屋に、短い静寂が満ちる。
「……では、別室で改めて仕切り直しましょう」
先に口を開いたのは、ランディリックだった。
穏やかな声音。
まるで何気ない歓談の続きを促すような口調だったが、その実、有無を言わせぬ響きがある。
セレノはゆっくりと視線を戻した。
「二人きりで?」
「ええ。少し、殿下とお話ししたいことがありまして」
断る理由はない。
いや――正確には、断れる空気ではなかった。
「分かった」
短く答え、セレノは立ち上がる。
その動きに合わせ、背後に控えていた二人の従者も一歩前へ出た。
だが、セレノは軽く片手を上げてそれを制した。
「悪いが、お前たちはここで待機していてくれ」
「しかし、セレノ殿下――」
「問題ない」
短い一言だった。
従者たちはなおも迷うような表情を浮かべたが、最終的には静かに頭を下げる。
「……承知いたしました」
***
従者らから離れ、セレノがランディリックに案内されたのは、応接室のさらに奥にある小部屋だった。
厚い石壁に囲まれた室内は静かで、外の涼やかな初夏の空気を遮るように、落ち着いた温度が保たれている。
ランディリックは室内へ入ると、背後の扉が閉まるのを待ってから静かに振り返った。
「……これからお話しする内容は、お互いの醜聞にも繋がりかねない内密な話です」
その言葉に、セレノは目を細める。
ランディリックは続けた。
「申し訳ありませんが、今回も殿下の〝静寂のヴェール〟のお力をお借りしても?」
ごく自然な口調だった。
セレノは小さく息を吐く。
「……便利に使ってくれる」
「殿下にとっても、必要な措置ですので」
さらりと言ってのけるランディリックに、セレノはわずかに口元を歪めた。
王都にあるペイン邸でのダフネとの件。
そのせいで見舞われた、自身の潔白を証明するための話し合いの場。
思い返せば、ここ――イスグラン帝国においてこの力を使う場にはろくな思い出がない。
「……今回もきっと、厄介な話なんだろうね」
低く呟きながら、セレノは片手を持ち上げる。
次の瞬間。
室内の空気が、すっと静まり返った。
外界の音が遠のき、小部屋全体を覆うように淡い魔力の膜が降ろされたのが分かる。
マーロケリー国の王族特有の能力――〝静寂のヴェール〟。
盗み聞きはおろか、外部への音漏れすら完全に遮断する秘匿の結界だった。
だが。
(……正直息が詰まる……)
空気は静かだった。
静かすぎるほどに。
従者たちは別室に残してきたし、室内にはランディリックとセレノの気配しかない。
〝静寂のヴェール〟が小部屋を覆い切ると、ランディリックは満足げに小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。……で? わざわざここまで徹底的に人払いをした理由は何かな?」
促され、ランディリックは向かいのソファへ視線を向ける。
コメント
2件
リリアンナが妊娠したって話すのかな
何言う気かな?