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#ワンナイトラブ
篠原愛紀
「とりあえず、立ち話もなんです。――どうぞ、お掛けください」
勧めに従って、セレノが着席するのを確認してから、ランディリックも静かに腰を下ろした。
室内には、耳が痛くなりそうなほどの静けさが落ちている。
外の気配が一切届かないここで交わされる言葉は、この場にいる二人以外、誰にも知られることはない。
ランディリックは数秒だけ沈黙し、それから静かに口を開いた。
「まず先に、ひとつ。殿下にお伝えしておかねばならないことがあります」
おそらく、これから始まるのは――本題だ。
そして。
(リリアンナ嬢の件、だろうな)
予感は、ほとんど確信に近かった。
一拍置いたランディリックは、一度だけ視線を落とすと、静かにセレノを見た。
穏やかな表情に見えたが、この会話の主導権はすでにランディリック側にある。
「……何かな」
「リリアンナについてです」
やはり、とセレノは胸中で呟いた。
表情は崩さない。
だが、無意識に指先へ力が入る。
ランディリックは続けた。
「殿下はうちのリリーに好意を抱いておられる、と認識しているのですが、相違ありませんか?」
「ああ、その通りだよ。アレクト殿下にもお伝えしてあるし、隠すつもりはない」
「やはり。ですが……だからこそ、こちらも曖昧なままには出来ないと思いました」
静かな口調だった。
責めるでもなく、挑発するでもなく、ただ事実を整理するように言葉を積み重ねているかのような――。
「それはどういう意味かな?」
「――リリーは、すでにわたくしの隣を選んでいます」
その一言に、セレノの呼吸がわずかに止まった。
ランディリックは視線を逸らさない。
「……それは、彼女自身の意思だろうか?」
問い返した声は、思ったよりも冷静だった。
だが、自分でも分かる。
その奥に滲む感情を、完全には消し切れていない。
「無論です」
ランディリックは即答した。
そして、ほんの短い沈黙を挟んでから、静かに続ける。
「……だからこそ、こちらとしてももう、彼女を手放すつもりはありません」
穏やかな声音。
だが、その言葉には絶対的な確信があった。
セレノは何も返せない。
否定できる材料がない。
リリアンナの様子を思い返せば、なおさらだった。
あの少女は、確かにランディリックを恐れてはいなかった。
むしろ――全幅の信頼を寄せて目の前の男に寄り添っていた。
(分かっていたはずだ)
彼女の視線。
声。
仕草。
それらが、駅で別れた時とは明らかに違っていた。
だが、理解したくなかった。
小さく吐息を落とす。
その音が、静まり返った部屋にやけに大きく響いた。
「……それを、わざわざ僕に伝える理由は? 僕がそれでもリリアンナ嬢を欲すると言ったら……貴公はどうするつもりなの?」
辺境を任されている侯爵家とはいえ、一国の王族と張り合って、勝算があるとでもいう気だろうか?
「セレノ殿下は聡明な方です。リリーが傷つくような真似をなさるとは思えない。それに――」
ランディリックは穏やかに微笑んだ。
「感情だけで国を動かすことの愚かさは、貴方ならよく理解しておられるはずです」
コメント
2件
利口な人だから、ランディが何を言わんとしているかは判るはず。 でも、簡単に諦めるかな。
なんかヒリヒリする( ̄▽ ̄;)