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再び会う約束に心を温かくして、愛理は自分が宿泊しているホテルへ戻った。
ドアを開けカードキーをホルダーに差し込む。それに反応して、シーリングライトが灯り、部屋の中が浮かび上がった。
飲みかけのミネラルウォーター、脱ぎ散らかした部屋着。そして、テーブルの上に伏せられたタブレット。
夢のような時間が終わり、現実が待ち構えていた。
急に喉の渇きを感じ、部屋に備え付けられている冷蔵庫から新たなミネラルウォーターを取り出し口をつける。
流れ落ちていく水に喉の奥が冷やされていく。
一息ついて、テーブルの上のタブレットを手に取る。タイムアウトで画面は真っ暗だ。
サイドにある電源ボタンを押して、見守りカメラのアプリをタップする。すると、部屋を出る時に設定したままの状態で、クラウドが2台のカメラの録画を続けていた。
画面をリアルタイムに切り替えた。リビングルームのカメラには誰も写らない。そこで、寝室のカメラへ視点を移す。すると、カメラの暗視機能が効いたモノクロの映像が、ふたつ並んだベッドを映しだした。
すでに情事は終えた様子で、シングルベッドにそれぞれが横たわり寝息を立てている。
本来ならば自分の場所であったはずの場所に美穂が眠っている。東京へ帰って、あのベッドで眠るのかと思うと、ゾッとした。
「御曹司との結婚が控えているのにバカじゃないの!? 」
思わず悪態が口をつく。
軽い気持ちで結婚前に遊んだのかもしれないけれど、友人の幸せを壊すとは考えなかったのだろうか? そして、何よりも不倫関係が露呈したら、せっかく掴んだ御曹司との縁談に暗雲がさし、自分自身の幸せをも逃がす事態になるとは考えなかったのだろうか?
そんなスリルも甘やかな蜜の味がしたのかもしれない。後で、苦味に変わるとも知らずに……。
なんとも言えない気持ちになりながら、クラウドに保存していた分をUSBメモリに落とし、バックアップをしてからアプリを閉じた。
手のひらの中にある小さなUSBメモリには、不倫の証拠が入っている。
愛理は、何かを決意したように、それをギュッと握り込んだ。
「淳の不倫の証拠も手に入った。一番のネックは、私の実家が淳の会社から仕事をもらっている事だけ……」
そう呟いた愛理は、残りのミネラルウォーターを飲み干し、空になったペットボトルをゴミ箱へ投げ捨てる。
「東京に帰ったら、実家へ行って淳と離婚をしたいと伝えてみよう。無駄でもなんでも動かないと何も変わらない」
現状を維持しても何も良いことはない。一歩一歩前に進んで、今の状態から抜け出す。そして、自分の居場所を見つけたい。誰かのために頑張るのではなく、自分のために頑張ろうと、心に決めた。
「望んでいた結婚とだいぶ違っちゃったな。……しょうがない。まさか、淳があんな人だと思わなかったんだから。若い頃の私ってばホント見る目が無かったんだ。でもなぁ、結婚してからあんなに態度が変わるなんて、わかるはずないじゃない」
そう言って、細く息を吐き出すと、ホテルの備え付けのメモにペンを走らせ始めた。
「まずは、東京に帰ったら実家に行って離婚の話をするでしょ。で、弁護士さんを探して、離婚に向けて相談と……。あっ、美穂に慰謝料の請求もして……。離婚が成立したらどうしようかな」
メモには、箇条書きにした離婚へ向けての段取りが書き出されていた。
ふと、北川のことを思い出し、ペンが止まる。
配偶者を裏切ったという点では、自分も同罪。
それに、もう一度会う約束をしてしまった。
女性として大切にされ、女性としての自信を与えてくれた北川に惹かれてしまう。
「今だけの関係か……」
愛理のつぶやきが空に溶けていく。
「うーん、晴れて良かった」
日曜日の午前。
前日の内に仕事が無事に終了した愛理は、天神駅から西鉄に乗り、太宰府に到着した。駅改札を出ると、晴れ渡った秋空に向かって大きく伸びをする。
「学問・至誠・厄除けの神様」として広くご崇敬を集めている太宰府天満宮に、厄除け祈願に訪れたのだ。
「まずは、グルメからだよね」
お参りもまだなのに、インストにUPされていた太宰府天満宮周辺のオススメグルメを散策し始め、角煮まんや明太子のしそ握りをほおばる。
明太子のしそ握りは、口に入れると大葉の香りが広がり、その後にピリ辛の明太子が来て食欲をそそられ、あっという間に食べきってしまった。
「このために朝ごはん抜いて来たんだもの」
自分に言い訳をし、大きなあまおうが串に刺さった”いちごだんご”をデザートにして、ようやくお腹を満たした愛理は、仕上げにバナナジュース専門店の”ばなじゅう”を飲んでお参りへと向かった。
案内所を通り過ぎると、池のほとりの曲線と中に築かれた島が「心」という文字の形をしていることから|心字池《しんじいけ》と名前が付いた池がある。そこに架かる朱塗りのお太鼓橋が、池の周りの木々とのコントラストが見事で、神聖な雰囲気を醸し出していた。
現世と神様の領域を分ける橋だと言われているのも頷けてしまう。
太鼓橋、平橋、太鼓橋の順に通るのには、過去、現在、未来を表しているもので「三世一念」という仏教の教えに基づいたもので、良くない考えを捨てて、水の上を通ることによって、清められるとパンフレットに書かれているのを読んで、愛理は複雑な気持ちになった。
夫の不倫を知って、ドロドロの気持ちのまま、自分も不倫して、そんな私が清められることなんて出来るのかしら?
振り返らない、立ち止まらない、転ばない。
太鼓橋を渡る時のルールは、現状のアドバイスのようにも思えた。
本殿で参拝をした後、かわいい鳥(|鷽《うそ》)の御守りと青い糸に梅の形のチャームが付いた夢守叶糸を手に入れた。
「これで、運気が上がるといいな」
せっかく来たのだから、おみくじも引こうと、初穂料を納める。
鷽をモチーフに作られた木の小鳥。中身は空洞になっていて、|札《ふだ》が入っている。その可愛らしいフォルムに愛理は顔をほころばせた。
「|鷽《うそ》か……」
そう呟くと、小鳥を探すように、空を仰ぎ見る。水色に澄んだ秋の空が、気が遠くなるほど高く晴れ上がり、その中を自由に飛ぶ小鳥の群れを見つけた。
──ウソという言葉で、嘘を連想してしまう。
子供の頃は親の顔色を、大人になってからは淳の顔色を窺い、場の雰囲気を壊さないようにと、いつも自分の本心を隠して来た。
それは、自分の存在を認めてもらいたくて、愛されたくて、知らず知らずのうちに取ってしまった行動。だけど、本心を隠すと言うのは、自分に嘘をついているという事だ。
その結果が、今の状況を作り出してしまったのかも知れない。
嘘つきな自分を止めて、誰かに愛されるために行動するのでは無く、自分で自分を大切にして、愛してあげよう。そうすれば、自ずと自信も付いていくはずだ。
どんなに悔やんでも過去に戻れない。
人生が80年あるとしたら、残り50年以上ある。その残りの人生を豊かになるように、もっと自分を愛して自由に生きていこう。
愛理は心に誓って、青く澄み渡る空を見上げた。
**
午後8時、前回と同じ待ち合わせ場所のKittaHAKATAのエンジェルポストまで、あと少しの距離。
愛理は、浮き立つ気持ちを押え足を進めた。雑踏の中、視線の先にアッシュグレーの髪色の背が高い北川の姿を見つける。
彼は、黒いカットソーに合わせて黒いデニムを履き、グレーのイタリアンカラーのジャケットが、バランスの良い体躯を際立たせ、遠くからでも見つけられるほど、周囲の目を引く存在感を醸し出していた。
そのモデルのような北川へ、エンジェルポストの近くにいる二十代半ばぐらいの女の子が、チラチラと視線を送っている。
パッチリとした瞳に整ったボブヘアー、自信に満ち溢れる佇まい。
既婚者である自分よりも彼女の方が、北川に相応しいような気がして、立ち竦んでしまう。
このまま、人ごみに紛れて消えてしまえば、北川とは2度と会う事もない。
そう思いあたり、今来た道へ戻ろうとした。
瞬間、北川が愛理を見つけ、嬉しそうに破顔する。愛理の瞳は、その笑顔に囚われてしまった。
──あ、私……。また、逃げ出そうとしていた。そんな事をしたら、北川さんに待ちぼうけをさせて仕舞うところだった。
何かあると逃げだそうとする悪い癖がある。逃げても良いことなんてないのに……ホント、私ってダメだ。
自分自身を幸せにするために、逃げるのはやめよう。
笑顔を浮かべる北川のもとに歩き出した。
少し離れた所にいる女の子は、嬉しそうに愛理へと駆け寄る北川を見て深いため息をつく。その事に良心の呵責を覚えながら、今だけでも幸せで居ようと、愛理は自分を甘やかす事にした。
「KENさん、お待たせしてごめんなさい」
「大丈夫だよ。ほら、まだ、待ち合わせの時間前。あいさんに会いたくて、僕が早く着いちゃったんだ」
そう言いながら、北川は左腕を持ち上げ、袖口を引く。しなやかな腕に巻かれたムーンフェイスの腕時計が、今の時を刻んでいる。
人懐こい笑顔を覗き込むように愛理は顔を上げた。
「お仕事おつかれさま。ごはん食べましたか?」
「いや、あいさんと一緒に食べようと思って」
「良かった、私もまだなの。今日は居酒屋さんにしませんか? 博多は海の幸も豊富なんですよね」
「じゃあ、美味しいお店知っているから案内するよ」
ふたり並んで歩き始めると、少し冷たい秋風が軽くなった髪を撫でる。
「あいさん、寒くない?」
優しい声が降りて来る。
「うん、ありがとう。ちょっと寒いかな?」
と言って、北川の腕に自分の腕を絡め、チラリと上目遣いに様子を窺うと、優しく弧を描いた瞳と視線が合う。それだけで、胸の奥が温かい。
自分でも驚くぐらいの大胆な行動。
でも、残されたふたりの時間を無駄にしたくなかった。
自家製の胡麻ダレに浸かったカンパチや新鮮なお刺身、手羽先チキンなどが、個室のテーブルの上に並ぶ。乾杯とグラスを合わせると、柚子の香りがするフルーティーなクラフトビールが喉を潤した。
「あいさん、どれ、食べる? サラダ取ろうか?」
北川の世話焼きが始まると、愛理は思わずクスリと笑い口を開く。
「ありがとう。私の事より、KENさんいっぱい食べて」
「あ、ごめん。また、余計な事を……」
と言って北川は、怒られた子犬のように項垂れた。
「違うの、お仕事が終わって、お腹が空いているだろうから食べて欲しかったの。KENさんにかまわれるのは、むしろ嬉しいからそんなに気を落とさないで」
「それなら良かった」と北川はホッとした顔を見せる。
「私、長女だから世話を焼かれるより、世話を焼く側だったの。子供の頃、お兄ちゃんが欲しかったのを思い出しちゃった。KENさんのようなお兄ちゃんが居たら楽しかっただろうな」
「僕も長男で、弟が居るんだ。とはいえ、年が10も離れていたから可愛くてね。でも、あいさんが妹じゃなくて良かったよ。妹だったら心配で心配で、超過保護になって嫌われそうだ」
北川の過保護なお兄ちゃんぶりを想像してしまって、愛理はクスクス笑いが抑えきれない。
「KENさん、超過保護って……。意外と束縛系なんですね」
揶揄うように言うと、バツが悪そうに視線を泳がせた北川が、何かを思いついたように口を開く。
「んー、かもしれない……。けど、好きになったら、自分だけを見て欲しいと思うのは、自然な気持ちだと思うんだ。まあ、付き合うときは、相手の負担にならないように気を付けるけどね」
「好きになったら自分だけを見て欲しいのも、程度によるけど束縛したくなる気持ちもわかるなぁ。相手に関心があるから持つ感情だと思う。逆に相手から無関心の感情を向けられる方が、寂しいし怖いかな」
気持ちを言葉にすると胸の奥で黒いものがモヤッと広がり、愛理は手元のグラスへ視線を落とした。そこへ、穏やかなトーンの声が聞こえて来る。
「一度好きになった相手に無関心でいるなんて、そんな勿体ないまね出来ないな。だって、些細な日常の積み重ねが、この先に繋がって行くのに……。無関心でいるなんて、その幸せを自分で捨てるようなものだと思う」
北川の言葉に頷いて、顔を上げた。
「その考えかた素敵だと思う。日常が当たり前にあるのに慣れてしまって、失ってから初めて些細な日常が特別なものだったって、きっと後になって気が付くんだよね……」
そう言いながら頭の片隅に淳の姿を思い浮かべてしまった。
関心をスマホへ向け、家が整っているのも食事が出てくるのも当たり前だと思っている。その当たり前にあった日常は、もうすぐ終わる。
失くしてからでもいいから、あの些細な日常が特別なものだったと後悔して欲しい。
そうすれば、ずっと頑張ってきた自分は、間違っていなかったのだと思える気がした。
「どうなんだろう? 僕の場合は構いすぎちゃうから、清々したって思われているかも……」
見た目も良くて、とても優しい北川は、モテると思う。それなのに、過去の恋愛がトラウマになっていると言っていたせいか、どこか不安そうにする時がある。
「そんなことないよ。自分に関心を寄せてくれる人なんて貴重だもん。かまわれて相手の人、安心しすぎちゃったんだと思う。わかるんだ。なんかKENさんと私、考え方が似ているよね」
そう言いながら、自分の行いを振り返った愛理は、従順だった自分が淳に安心感を与え、本来平等であったはずの夫婦関係に上下が付いてしまったのだと思いあたる。好きだったからこそ、彼の世話をしていたのに、いつの間にかそれが義務になってしまっていた。
でも、安心したからといって、パートナーを雑に扱うのは違うはずだ。実際、そんな扱いをされてずっと傷ついていた。
夫婦とはいえ、人と人。感謝や尊敬やいたわり、慈しみなどの気持ちで繋がるのが理想の形。
それなのに、淳とは 長年一緒に居ても寄り添う事が出来ずに、とうとう気持ちは離れてしまった。
そして、目の前にいる北川へ顔を上げると、そんな愛理の事情を知らない北川が、話しを続けた。
「そうだね。似ていると思うよ。出会ったばかりなのに、あいさんとは、ずっと一緒に居たような気がする」
「やっぱりKENさんは、私のお兄さんだったのかもよ」
その言葉に北川がクシャリと笑い、バツが悪そうにポリポリと頬を掻く。
「だから、妹はダメだって、背徳感がスゴイ!」
「んー、じゃあ、イマドキの設定なら、前世で恋人同士だったとか?」
「それなら、OK、無問題」
美味しい食事に、いつまでも尽きない会話。
耳触りの良い穏やかな声のトーン。
まるでカウンセリングでも受けているように、ぐちゃぐちゃだった心の中が片付き、気持ちが軽くなっていた。
北川との楽しい時間が、さらさらと砂時計の砂のように、滑り落ちていく。
「もう、食べられない。ごちそうさま。福岡の食べ物は美味しすぎる。東京へ帰りたくなくなっちゃう」
「それなら、こっちで暮らしてみれば?」
「え⁉」
ただ、話しの流れで言っただけ、深い意味など無かったはずだ。それなのに北川の言葉に、一瞬大きく心臓が跳ねた。
『福岡で暮らす』
今まで漠然と、どこか海の近くで暮らしたいと思っていた。それなら、計画的に移り住むことを考えてもいいのかもしれない。
けれど、迂闊な約束など出来ない。まだ、片付けなければいけない問題が山積みになっている。
でも、北川から言われた魅惑的な言葉に心が揺れてしまう。
愛理は、スッと息を吸い込み、浮き立つ気持ちを抑えた。
「すごい名案。いろいろ片付いたら、いつか福岡で暮らすのもいいかも。頑張って貯金しなくちゃ」
わざと明るく振舞い、北川の言葉を否定せず、約束もしない。ただの会話として、受け流した。
その様子を察した北川は、少し寂し気に手元へ視線を落とし呟く。
「ん、あいさんも頑張って、僕も頑張って自分の店を持つよ」
「……そうだね、お互いがんばろうね」
”全てが片付いたら引越して来るね” とか ”お店を持てたら必ず行くね”と出来ない約束をしたくなる。
明日の昼までという期限付きの恋に胸の奥が切なく痛んだ。こみ上げる感情を笑顔でつくろう。
けれど、その笑顔が泣き笑いのような表情になっていることに、愛理自身は気付けずにいた。
「あいさん……。無理して笑わなくていいんだ。悲しい時は、素直に悲しいって言わないと、ずっと無理をし続けることになるよ」
優しくされると、余計に胸が締め付けられて、涙がこぼれそうになる。
ここまで、感情が揺れてしまうのは、北川の言葉通り、悲しくても悲しいと言えずにずっと無理をして来たからだ。
自分さえ我慢していれば、丸く収まると思って、何も言えずにいた。
自分に価値を見い出せず、相手の思うように振る舞う事で、必要とされるのを期待していただけだった。
結局、問題から逃げていただけで、相手をつけ上がらせてしまい、いいように使われるばかりで、なんの解決にもなっていなかったのだ。
「私、ずっと自分の心に嘘をついて、イヤな事もイヤと言えなくて、悲しい時も平気な振りをしていたの。でも、それがどんどん、自分を悪い方向に向かわせていたんだって……。
どん底の状態で福岡に来て……。壊れそうだった。でもKENさんに出会って、大切に扱って貰えたのが心地よくて、自分を大切にしていこうって思えたの」
未来の約束は出来ないけれど、北川への気持ちを伝えたい。そう思った愛理は手のひらをギュッと握り込んだ。
「私……KENさんに出会えて良かった」
愛しむように愛理を見つめていた北川の手が、テーブルの向こうから伸びて来て、愛理の頭をクシャっと撫でた。
「僕も……このままの自分でもいいんだよ。と受け入れてくれる。あいさんに会えて良かった」
店から出て、ネオンの博多の街へと、ふたり並んで歩き出す。たくさんの人で賑わう通りには、仲睦まじく寄り添う男女の姿も見える。それぞれが悩みや虚ろい事を抱えているはずなのに、楽しそう。この中のどれだけの人が不倫をしているんだろうと、愛理はぼんやり思った。
──最後の夜。
許される関係ではないのだから、終わりが来るのは仕方がないと、頭でわかっているのに、心の中に切なさが降り積もる。
そんな愛理の気持ちを察したかのように、北川が手を差し出した。その大きくて優しい手に、自分の手を重ねる。すると、節のある指が細く柔らかな指を絡め取り、恋人繋ぎになった。
背の高い北川を見上げた愛理の瞳に、アッシュグレーの髪の後ろに淡く輝く月が浮かんでいるのが映る。
そのコントラストが、月を見るたびに北川を思い出してしまいそうなくらい美しく感じられた。
写真の代わりに、胸に刻み込むように瞼を閉じ、残された僅かな時間が永遠に続けばいいと、叶わぬ願いを月に捧げる。
「あいさん、どうしたの?」
その声で瞼を開くと、少し眉をひそめた北川の心配そうな瞳が愛理を見つめていた。
「ううん、なんでもない」
そう言って、首を横に振り、繋いだ手の温かみを確かめるようにギュッと握り返す。
やがて、シティホテルにたどり着く。
先日の夜のようにエントランスを抜け、フロントでルームキーを受け取ると、客室へ向かうエレベーターに乗り込む。
浮遊感のある狭い箱の中で、また、指と指を絡めた。