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── 既婚者である私が、夫以外の人と深い関係になるなんて、考えた事もなかった。倫理的に見れば、もちろん良くない事だとわかっている。
離婚するのにだって、バレれば不利なるはずだ。
TVのワイドショーだって、不倫をした芸能人をまるで魔女裁判に掛けるように責め立て、彼らを社会的に抹殺している。
世間的には、許されざる罪なのかもしれない。
それなのに、私にとって北川との関係は正しい事だと思えた。
もしも、待ち合わせ場所に現れたのが北川でなかったら、きっと心が壊れてしまっただろう。
それぐらい、夫と友人に裏切られていた事実に打ちのめされてしまった。
不倫はいけない事。
けれど、私は北川と出会って救われた。
それも、今夜で終わる。
だから、神様も目を瞑ってくれるような気がした。
ホテルの部屋のドアを閉じれば、ふたりだけの空間になる。
愛理は、待ちきれないばかりに、北川の首へ縋るように腕をまわす。
「あいさん」
名前をつぶやき、愛理の腰を抱き寄せた、形の良い北川の唇が近づく。ウッディーアンバーのラストノートに鼻腔をくすぐられ、魅惑的な香りに包まれながら、温かな唇が重なる。
それだけで頭の中が痺れるような感覚に愛理は囚われた。
チュッと音を立てて、唇が離れた。
途端に置いてきぼりをされたような不安に襲われて、そっと、瞼を開くと北川の優しい瞳が愛理を覗き込んでくる。
「あいさん……」
愛おし気に呟いて、愛理の背中にまわした腕に力を込める。それに応えるように広い胸に頬を寄せると、少し早く動く心臓の音が、自分の鼓動と重なり合って聞こえる。
顔を上げると唇が触れ合い、北川の舌が愛理を誘う。甘く呼びかけられ、おずおずと舌を出す。すると、絡め取るように舐め上げられ、その感触にゾクリと快感が背中を走り抜けた。
「んっ……」
まだ、キスしかしていないのに鼻に掛かった声が漏れてしまう。
交わす口づけは甘い媚薬のように愛理を蕩けさせた。
深酒の酩酊にも似た感覚は、期限付きの恋のせいなのかもしれない。
北川の指が愛理の髪を梳き、後頭部を押える。身動きをとれずに深くなった口づけは、息をするのも歯がゆさが伴う。その感覚に愛理は酔いしれていた。
北川の手がゆっくりと降りてきて、服の間から滑り込み、素肌の上を伝う。
脇腹から背筋へ彼の繊細な指先が動き、それが触れた部分から仄かな熱が淡く広がっては、お腹の奥に溜まっていく。捉えどころのない感覚を愛理は追いかける。
ふたりして、もどかし気に服を脱ぐと、露になった肌が寄り添う。そっと、手を握られると、さっきまでの大胆さは消え去り、恥ずかしくなる。上目遣いで見上げれば、北川の形の良い唇が動く。
「あいさん……」
少し切なげに名前に呼ばれて、ウッディーアンバーと汗が混ざった香りに包まれる。
その広い胸の心地良さに愛理は、本能的に相手に惹かれているような気がした。
愛理の思考を溶かすように、北川が唇で愛理の耳朶を食むと、熱い吐息が耳にかかる。
それだけで、ゾクゾクと熱が体を走り抜け、頭の中に真っ白な|靄《もや》が流れ込み、口からは抑えきれない息をはきだした。
──自分の体が、こんなに感じるなんて……。
耳朶から首筋へと彼の唇が這い、彼の唇が触れた場所が熱い。そのさらに下の胸のふくらみを大きな手が包み、柔らかな刺激を与えると、それに合わせ、心臓がドキドキと早く動き出した。火照り出した体中を血液が駆け巡り、肌がしっとりと汗をかき始める。
北川から与えられる快感に足の力が抜けて、立っていることさえ覚束ない。ベッドへと横たわると、アッシュグレーの髪に手を梳きいれ、彼を胸元へ引き寄せた。
大きな手に包まれながら、胸の先端を甘噛みされると、全身が甘く痺れるような感覚に囚われる。
逃がしきれない熱に襲われ、いやいやでもするように首を振っても体に溜まるばかりで、それを逃しきれない。
「んっ……」
と、声を呑み、荒い呼吸を息をしながら、胸元にあるアッシュグレーの髪をかき混ぜた。
北川の口の中はいっそう熱く、含まれた胸の先端は舌先で舐られ、少し強めに吸い上げられる。今までなら、痛みを感じているはずなのに、快感に包まれている体には、甘美な刺激でしかなかった。
じれったいほどにお腹の奥に熱がたまり、耐え切れずに、鼻にかかった声を漏らし、膝をすり合わせてしまう。
愛理は自分でもはしたないと思うぐらいに、北川を欲しがっていた。
「お……ねがい。も……ほし……い」
消え入りそうな声でねだり、薄っすらと目を開けた。すると、胸元にいる北川が上目遣いで愛理を見上げる。
「まだ、だめだよ。無理をして……傷つけたくないんだ」
低めの柔らかな声がして、愛理の胸を包んでいた彼の手が離れていく。
ツーっと指先が、鳩尾からお臍の脇をなぞり、やがて、足の間の薄い茂みにたどり着く。
北川の指の動きに合わせ、しどけなく弛んだ膝が開く。
導かれるように、薄い繁みの奥へ彼の指が分け入って、花芽を探り当てた。指の腹で撫でられると、そこから火照り、腰が揺らぎ始める。口からは甘い声が漏れていた。
「あっ……あ、KEN……さ……」
優しく甘やかされて、ぽっかり空いた心の穴を埋められて、一時の恋だとわかっているのに、離れたくないと広い胸へ身を寄せた。
口にすることなど出来るはずもない想いを、胸の奥に秘めて名前を呼びかける。
「KENさ……ん」
「あいさん、もっと気持ち良くなって……」
そう言って、花芽を撫でていた指先が少し下へと移り、たっぷりと溢れた蜜が彼を誘う。つぷっと節のある指が、身の内側へ入ってくる。内壁を撫でられ、粘り気のある水音がピチャピチャと聞こえた。
ふれあう肌の温かさも、吐く息の甘さも、自分を見つめる瞳もすべてが愛おしくてたまらない。焦がれるほどに欲しくなり、腰が揺れる。
「も……イキ……そう」
「いいよ、イッて」
艶のある声でささやかれ、愛理の中で、彼の指が早く動く。
「いや……も……きて」
「ん……イッたらね」
愛理は、ねだるように彼の首元へ手を伸ばし引き寄せた。
それに応えるように北川は唇を重ねる。
愉悦という名の大きな波が愛理の中で巻き起こり、絶頂へと導かれた。
荒い息を繰り返し、甘だるい快感に揺蕩う。そんな愛理の唇や胸元、首筋へをと、北川の唇が優し気にキスの雨を降らしていた。高みにのぼりつめた余韻から体がちょっとした刺激でも敏感に拾い上げ、ピクピクと反応してしまう。恥ずかしさも手伝って、耐え切れず身をくねらせる愛理を北川がクスリと笑う。
「くすぐったかった?」
「うん……」
愛理もクスクス笑うと、北川の瞳が問いかける。
「いいよね?」
「うん……きて」
腰に手を添えられて、潤んだ場所へ熱いモノがあてがわれた。薄い皮膜一枚隔てているけれど、誰よりも近い距離にときめいている。
愛理の中を徐々に、北川が満たし始め、浅い抽挿を繰り返し、やがて最奥までたどり着く。
なんとも言えない充足感に包まれ、まぶたを開くと、下から見上げた北川の艶のある瞳と出会う。
その瞳が優しく弧を描いた。そして、声が聞こえる。
「あいさん……好きだよ」
そう言って、北川は愛理の唇に自分の唇を重ね動き出す。
それは、”返事をしなくてもいいよ”という合図のようで、言葉に出来ない想いを乗せて、ふたりで舌を絡め合い、深く深く繋がった。
切なさで胸が痛み、じわりと涙がこぼれる。
残された時間がさらさらと流れていく。
**
愛理は、そっとベッドから起き上がった。
薄暗い部屋の中、わずかな明かりを頼りにそろそろと歩き出すと、ベッドへ振り返る。北川は安らかな寝息を立てていた。そのことにホッと息をついて、身支度を整え始める。
そして、部屋に備え付けられていたメモ用紙を見つけると、ランプシェードの仄かな明かりの下で、文字を走らせ始めた。
『すべてのことが、片付いたら、また……』と書きかけたところでペンが止まる。
愛理は、メモ用紙を引きちぎり、ゴミ箱へ捨てた。そして、気を取り直し、書き始める。
『ありがとう。元気をたくさんもらいました。空港で見送ってくれると言ってたけれど、ここでお別れします。もしも、3度目の偶然があったら、運命だと思う』
そこまで書くと、ジワリと涙が浮かび、鼻の奥がツンと痛む。
グッと奥歯を噛みしめて、立ち上がると、再びベッドへと視線をもどした。
薄暗い部屋の中、眠っている北川の顔をまぶたに焼き付けるように見つめ、細く息を吐くと、音を立てないように歩き出し、部屋のドアに手をかけた。
ホテルの廊下に出て、ドアを閉じる。カチリと無機質な音がしてオートロックが施錠される 。
愛理は名残惜しむようにドアに額を寄せ、目を瞑り「ありがとう」と小さくつぶやいた。
耐え切れず一筋の涙が頬を伝う。手のひらで、頬を拭い歩き始める。