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※これ以降辛い描写が入ります。(特に出産にまつわるデリケートなことです)
気分を害されたりしないよう、読み進めにはご注意下さい※
病院へ到着した。夕方で時間外のため裏口へ回った。新藤さんに付き添われて産科までの道のりを歩いた。この病院は広く二棟に別れている。産科は奥で二階だった。
私はしきりにお腹を撫でて詩音に呼び掛けた。
――ごめんね。今日は全然お話ししてなかったね。
淋しい思いをさせてごめん。
お願い詩音。起きて返事をして。
元気な鼓動を聞かせて。
薄暗い廊下を歩いているだけで気分が滅入る。いつもは活気のある小さな売店も閉店しているので暗い。時間的に誰も歩いていないので院内がやけに寒々しく感じる。
エレベーターに乗り込み検査室へ急いだ。
「荒井さん、大丈夫ですか」
モニターや超音波の機械を用意してくれていた二階堂さんが出迎えてくれた。彼女はふくよかな体型をしている、優しいお母さんみたいな方だ。不安に泣いていた私を励ましてくれた人だ。いつも笑顔の彼女が今日は表情が固い。
「鼓動が聞こえなかったら心配になるよね。少し検査するから横になってくれる? あら。今日はご主人も一緒?」
「えっと……」
デジャヴを感じ返答に困った。
二階堂さんにどうやって説明しようと思っていたら、ご一緒にどうぞ、と新藤さんも一緒に案内してくれた。彼を見ると軽く頷き、不要な説明はいいから早く検査を、とその表情が物語っていた。仕方なく連れ添って診察室の中に入った。
なにからなにまで新藤さんに迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない……。
「ご主人はそこに座っていて下さい」
用意してもらった丸椅子に新藤さんが腰かけた。彼も別に自分が私の旦那で無い事を否定もせずに座ってくれた。
前に病院へ付き添ってくれた時もそうだけど嫌じゃないのかな……?
ていうより言い出せない状況だから空気読んでくれているだけだよね。本当にごめんなさい。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それよりも今は詩音のことに集中しよう。
超音波で波形を確かめるためお腹を出して二階堂さんに見せた。
彼女は慣れた手つきで温かいジェルをたっぷりと私のお腹に塗りこみ、機械をそこに当てた。
超音波を当てるとヴァンヴァンとうるさい音が聞こえてくるのに、今日は聞こえない。
見る間に二階堂さんが焦り出した。何度も角度を変えて音が出る位置を探している。しかしなにも聞こえない。
「荒井さん、別の部屋へ行きましょう」
二階堂さんが当直の医師にPHSで連絡を取って別の部屋に移動した。もっと大掛かりな装置がある部屋だ。
ベッドに寝転がり、担当の女医が来てくれたのでお腹を見せた。
いつもと違う。二階堂さんだけじゃなくて、他にも看護師や女医が私の傍にきた。
お腹の中が映し出されたモニターを見てみる。いつもは赤や青や黄色で詩音の動く様子が見られるのに今日は何も映っていない。画面は黒いままだった。
恐る恐る女医を見た。彼女も険しい顔で私のお腹をしきりに触り、詩音の鼓動を感じる箇所を探し出そうとしてくれている。
それが何分か続けられた。しかしモニターが光る事は無かった。
「荒井さん……大変…………残念ですが……赤ちゃんはもう…………」
女医の発せられた言葉が理解できなかった。
ううん、違う。理解できなかったのではない。
理解したくなかった。
認めたくなかった。
あれだけ元気に動いていた詩音がもう動かないなんて。
「嘘…………ですよ……ね?」
女医に尋ねると彼女は悲痛な顔をして目を閉じ、首を振った。
「嘘だっ………」
急速にせりあがってきた悲しみが私を包んだ。
「この前の検診で……元気に動いてるって………私の……詩音が一番だって……元気ですよって………二階堂さん、言ってくれましたよね……?」
溢れた涙が視界を歪ませ、嗚咽が漏れた。
「……これ、なにかの冗談ですよね? だって……あんなに……あんなにっ……元気だって…………詩音が、一番だって……言って、くれましたよ…ね…………?」
二階堂さんは私から目を反らすようにして瞳を閉じた。
ぎゅっと唇を噛んでなにかを堪えるように。
「嘘だぁあぁぁ――――っ!! どうしてっ、詩音がっ…………うわぁあぁあぁ――――っ!!」
彼女のその姿を見た途端私は崩壊した。
悲鳴のような咆哮を上げながら咽び泣いた。
部屋中に私の叫び声が響いた。
私は、亡くしてしまった。
マイホームが完成したその日に
明日が出産予定日だった我が子を
自分の体内で――