堀様のマンションに着いたとき、
「どうぞ、おあがりください」
と言われ、青葉は戸惑う。
「……いや、あなたの家にあがったりしたら、複数の身内に殺されそうなんですが」
もちろん、あかり、寿々花。
そして、何故か時折混ざってくる真希絵にだ。
堀様は、
「あなた、面白い方ですね」
と笑っていたが、いや、笑いごとではない。
青葉は堀様に向かって言った。
「いや、まずですね。
この助手席にあなたが座ったと知れば、次にここに座る権利を巡って、熾烈な争奪戦がはじまりますから」
必死になるだろうあかりが欲しているのが、『俺の車の助手席に座る権利』ではなく、『堀様が一度座った俺の車の助手席に座る権利』なのが、悲しいところだ。
結局、青葉は堀様のマンションに入らせてもらった。
シックな雰囲気で、あまり物のないセンスのいい部屋だった。
そのことを褒めると、
「いやー、僕はこういうのわからないんで。
みんなデザイナーさんにお任せなんですよ。
そんなに家にいないので、散らからないし。
なんというか、ほぼ引っ越したときのままです」
と堀様は言う。
「そして、掃除はこの人がやってます」
と壁のそばで待機中のお掃除ロボットを指差し、
「洗い物はあの人が」
と食洗機があるらしきカウンターを指差す。
「うちには家政婦さんがいっぱいです」
はははは、と堀様は無邪気に笑っていた。
うう。
なんという感じのいい男っ。
さすが、あかりが好きになるだけのことはあるっ。
あかりは、俺のことは、遠慮なく、
「感じの悪い人」
とか言ってきそうだが――。
っていうか、男の俺でもファンになりそうな柔らかい雰囲気だ。
癒される。
俺といたら、あかりは癒されないか、と自分と比べてブルーになりつつも。
なんだかこの堀様は憎めず。
自らも追っかけになりそうな気がして。
青葉は妄想の中で、あかりや寿々花と堀様の舞台のチケットの争奪戦を繰り広げていた。
「お茶でも淹れますよ」
と言って、堀様はキッチンに行ったが、しばらくそこで停止していた。
「あ、やっぱり、ペットボトルでいいですか?
僕、お茶淹れるの、二時間くらいかかるんで」
と言って笑う。
……とことん浮世離れしている。
青葉はありがたく紅茶のペットボトルをいただいた。
「その消えたお嬢さん、私の舞台のチケット、ハズレてるんですか。
当たってたのなら、なにかわかったかもしれませんけどね。
本人が来なくても、誰かに譲ってたりしたら」
まあ、舞台から客席は見えないだろうが、青葉は一応、あかりの写真を見せてみることにした。
あかりひとりの写真を撮るのは恥ずかしい。
全部、日向と一緒に写っているのだが。
その日向を抱いているあかりの写真を見た堀様は、あれっ? と言う。
「……あかりさん?」
「えっ?」
「この方、あかりさんですよね?」
「えっ?
何故、あかりをご存知なんですか?」
「レイと一緒に写ってる写真を見たことありますよ、何度か」
あかりは、あれだけ熱心に堀様のおっかけをしていたのに。
自分という存在を堀様に知られているとは知らなかったようだ。
不思議なものだな。
……本人が知ったら、狂喜乱舞し。
嶺太郎が見せたという写真に写っていたおのれの顔を知りたがるだろう、と思ったとき、堀様が思い出したように笑った。
「レイは細かいこと気にしない男なんで。
見せてもらったあかりさんの写真、半目のとかもあったんですけど。
間違いない、同じ方でしたよ。
あっ、そうだ。
お茶お好きですか?」
「え? お茶?」
「嶺太郎の親戚の人からもらったんですけど。
僕ちょっと香りのきついお茶は……」
その茶色い包みを見て、青葉は叫ぶ。
「お茶ーっ!」
その頃、もうひとり、真実にたどり着こうとしている人物がいた。
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