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(☉。☉)!? えっ、怒ってるの?兄っさん?どうしてだい…? 続き待ってます(。•̀ᴗ-)✧
「マネージャーが戻って来いだとさ」と兄が嫌そうな顔でスマホを片手に言った。
それから文句ありげな顔で僕と海を見た兄は「悔しいけど帰る。あと、俺は認めなてない」と海を睨みつけ帰って行った。
「綾に似ているのか似ていないのか」
「似てるよ、顔は」
「たしかに」
それから、家に向かって薄暗い道を並んで歩いた。いつも1人だった帰り道に海がいるのはなんだか新鮮だ。
昨日から海の様子がおかしいおかげで、新鮮な事が多くて困る。
「さむ」
白い息を吐きながら手を温める。手袋を職場に忘れてしまった。
12月も半ばに差し掛かり、空気は冷えきっていて所々に雪が振り積もっている。
ちらりと海を横目に見ると僕よりだいぶ薄着なのに平気そうだ。
「寒くないの?」
「うん。綾は…寒そうだな」
そういえば海はいつもそうだった。どんなに寒い日でも全く寒そうじゃない。
どう鍛えたらそんなふうになるんだか。
「綾、手」
海がそう言って伸ばした手に、手を乗せる。手、の一言だったが完全に犬にするあのお手だ。
そんな事はどうでもよく、海の手はとても暖かった。
「なんかずるいなー」
自然に手を繋がれて、思ったことが口に出てしまう。
「なんのことだか」
海は笑い、そう言う。ただの確信犯だ。
さっきまでは氷のように冷たかった左手が、もうぬるくなっていた。
あんなに寒かったのに今はそう思えない。
冷たい空気を腹いっぱいに吸い込み、吐き出して足を止める。
「綾?」
繋いだ手が解けて海も足を止めた。
日は完全に沈んでいて、真っ黒な海が波打つ音だけがなっていた。
もう家はすぐ目の前だというのに、僕は波の音のする方へ足を向ける。
「どこ行くんだよ」
「海、あのさ……僕は海のこと」
もういっそどうにでもなれ。
そう、言いかけた時だった。どくん、と心臓が脈打った。
何か大切なことを忘れている気がする。
唐突に頭の中に浮かんだ違和感は僕の中で大きく膨らんでいった。波のさざめきに、心臓の鼓動が加速していく。
「綾?」
僕の名前を呼ぶ声が重なって聞こえた。
ザアザアと波の音が激しくなり、月も分厚い雲に覆われてしまった。
雑音が消える。
気がつけば、冷たい海の中にいた。
不思議と苦しくはなく恐怖も感じなかった。
水の泡が浮かんでは過去の記憶を滲ませながら上へと消えていく。
僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
それはどこか楽しそうで、幸せそうで、悲しそうで、辛そうで。
傍にいなきゃと思うのに、体は動かない。海の底へ、沈んで行くだけ。
「ー〜!」
音が聞こえる。目の前には、彼の姿があった。
僕の顔を見た彼は嬉しそうな顔をした。この人は先の見えない未来ではなく、終わりを迎えることを選んでしまったようだ。
息が出来なくて辛いだろうに、どうしてそんな顔ができるのだろうか。
彼が僕を抱きしめる。
言うことを聞かない体を動かし、どうにか彼の背中に手を回す。
「……」
2人、海の底へ沈んでいく。
彼はもう意識を失ってしまったようだ。
彼の唇にキスをした。
僕は性格が悪いから、このまま彼が望む終わりにはしてあげない。
きっと怒るだろう。でも、その時にはもう僕はそこにいないから。
残りの力を振り絞って、彼を上へと押し上げる。
「さようなら」
小さくなっていく背中を眺める。
そして、体も記憶も全て泡になって消えてしまった。
「はっ」
何か衝撃を受けたかのように意識が覚醒した。僕は眠っていたのだろうか?でも普通に砂浜に座っている。
あれ、砂浜に座った記憶はない。
隣には海がいて、何か考え事をしているようだ。
「なにしてんの」
向き直ってそういえば、
「何って…いや、本当に何だろうな……」
海もよく分かっていない様子だった。
「そうだ、海って海に溺れた事ある?」
「……ない」
今の間はなんだ。
「その感じだと絶対あるでしょ」
「ない。泳ぐのは得意だ溺れたりしない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。というか、綾は溺れる気なのか?」
今度は僕が疑われてしまった。
「違う違う。ちょっと思いついただけ。そろそろ帰ろう、風邪ひく」
「そうだな」
さっき見た変な夢の事は、ハッキリ覚えている。夢に出てきた『彼』は確かに海だった。
僕は泡になったけど、多分海は無事に水面に上がれただろう。
「良かったね」
「何が 」
「なんでもない」
僕は家に向かって走りだした。
「ぶえっくしょんっっ」
すび、と鼻水をすする。風邪をひいてしまったようだ。
朝起きたら海はおらず、僕はいつも通り仕事に行く支度をしていた。朝には海がいないのは毎度の事だが、なんだか少しだけ寂しく感じる。
マフラーを巻き、玄関を出ようとして足を止める。
もう準備を終わらせてしまったが、本当に仕事に行くべきなのだろうか。
今更になって迷い始めたが、ここまで準備をしたからには行くべきだという結論に至った。
ドアノブに手をかけるのと同時に、家のチャイムが鳴った。
「朝から誰……」
「あやくんおはよう」
「え、兄ちゃん?」
熱のせいで見た幻覚かと思ったが、本物らしい。
「会いに来た…て、大丈夫?」
「ちょっと風邪っぽいだけ」
そう言った途端、額に触れられた。兄の冷たい手が気持ちいい。
「あっつ!高熱あるぞ…もしかして今仕事に行こうとしてた?」
「ん 」
兄はため息をつくと家に入り、気がつけば僕は布団に寝かされていた。
「…?」
「こうしてると、昔の事思い出すなぁ」
兄は感慨深く言った。
「あやくんが小さい頃に熱を出した時、俺はどうすればいいか分からなくて泣きながら母さんに電話したんだ。あやくんが死んじゃうって 」
笑ってしまったがあまり覚えていない 。寝返りをうち、横向きになった。
「父さんも母さんもあんまり家にいなかったから、俺があやくんを見てなきゃってずっと思ってた。俺にとって、あやくんは宝物だった 」
兄は話を続けていたが、だんだん頭がぼんやりしてほとんど聞き取れなかった。
「でも、 俺はいつの間にか大切なものを見失っていた。両親に相応しい子になりたくて、あやくんのかっこいい兄になりたくて。沢山努力したのに、その分だけ遠ざかっていった。俺、アイドルになんかならなきゃ良かった…って、もう寝ちゃったか 」
綾はすっかり寝息をたてていた。 兄、玲は綾の髪に触れた。
「…あやくんは仲直りできてもう大丈夫だと思ってるかもしれないけど、俺はまだ怒ってるから」
その言葉が、静かな部屋に重く響いた。