『春に咲いた嘘』
彼と出会ったのは、ちょうど桜が咲いたころだった。
大学の構内で、忘れた傘を追いかけて走ってきた彼が、私の足元に滑り込んできたのが最初だった
「ごめん!それ、俺の…あ、いや君の?」
おかしな始まりだった。でも、それが、すべての始まりだった。
彼の名前は中村響(なかむらひびき)。不器用で優しくて、ちょっとだけずるい人だった。
最初は偶然が重なって、何度も顔を合わせるようになり、気づけば隣にいるのが当たり前になっていた。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋には彼の手を握ることに何のためらいもいらなかった。
だけど、冬の入り口で、彼は言った。
「来年の春、俺、もうここにいないかもしれない」
「え?」
「…言ってなかったけど、就職は東京じゃないんだ。遠い、遠いところに行く」
私は笑った。冗談でしょって。でも、彼の目は笑っていなかった。
「だったら、私もそっちに行くよ。就職先、探す。どうにかなるって」
「ダメだよ」
「なんで?」
「俺は君を待てないんだ」
「‥それって、どう言う意味?」
響は黙ったまま、ただ私の髪を撫でた。
そして春ー
桜🌸がまた、咲いた。
でも、彼はもうどこにもいなかった。連絡先も消え、共通の友人たちも口を閉ざしていた。
最後に届いた手紙には、こうだけ書かれていた。
「君のことは、本気で好きだった。でも、それだけじゃ守れないことがあるんだ。」
私は、あの桜の下で立ち尽くしていた。
春は、今年もちゃんと来たのに。
彼だけが、もういない。
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