第12話
あらすじ
若井に骨抜きにされてしまった藤澤。
しかし、二人とも本来の目的を忘れていた。
完全に 放って置かれている大森は、徐々に気持ちに変化が起きていて…
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藤澤はしばらく、荒い呼吸を繰り返す。
酸欠で頭が、がんがんと痛んだ。
若井も 藤澤を抱きしめたまま、 同じ様に荒く呼吸をする。
藤澤が若井を見つめると、若井も目線を合わせた。
若井が顔寄せると頬にキスをする。
ふわっとした感触が、くすぐったい。
「ふふ、」
藤澤が笑うと 若井はさらに、ぎゅっと抱きしめる。
お互い汗ばむ程の暑さを感じているが、 藤澤にはその体温が心地よく感じた。
夢心地な気分だ。
ふわふわ漂う思考の中で、 ふっと大森を思い出した。
あっと思い、部屋を見渡して大森を探す。
すると 部屋の隅で気配を消すように、体育座りをしている大森が居た。
藤澤は背筋が伸びる。
まずい、やってしまった…
大森は疎外感を感じるような環境が、大の苦手だ。
前にも1度、こうなった大森を見た事がある。
ゲームで遊んでいるうちに若井との戦いが白熱しすぎて 大森の存在を忘れていたのだ。
その時は、修復が本当に大変だった。
藤澤は若井にアイコンタクトすると、大森の方を見る。
若井もその目線で、大森の様子に気がついたようだ。
しかし 熱に浮かされていたからか、1番言ってはいけない言葉を言ってしまう。
「あ、元貴…ごめん忘れてた」
藤澤が若井の太ももを、こっそり叩いた。
若井は まだ理解してない様子で、藤澤を見た。
藤澤は、若井からすぐに目線を逸らす。
今ここで 視線を合わせてしまったら、大森がさらに閉じこもってしまう。
話しかけられた大森は顔を上げた。
そして、見た事ない程の苦笑いを浮かべる。
若井も、大森の顔を見て自分の失態に気がついたようだ。
やってしまったと言う顔をしてしまう。
大森が、少し上擦った声で笑った。
「あ、はは…全然大丈夫」
若井がフォローを入れようと口を開くが、大森は立ち上がると、続ける。
「あ、僕…帰ろうか?
あの、実はやらないといけない事あって… 今、考えれば普通それ優先だよなって
完全に忘れてたんだけど 」
大森が、一気に捲し立てる。
泣きそうな瞳に、引き攣る笑顔
目線は すでに外を向いていて、一刻も早くここから逃げたそうだ。
藤澤は、確信した。
やっぱり、これは前回と同じだ。
ここで帰らせると 大森は一人の時間で、更に心の壁を強化してしまう。
若井が、慌てて弁解をする。
「ごめん、元貴…忘れてた訳じゃなくて」
大森は ぶんぶんと顔を振ると、下手くそな笑みで必死に話す。
「ううん!大丈夫!!
あ、二人とも仲直りしてくれて嬉しい
安心した…」
大森は無意識なのか、指の爪をカチカチと弾く。
「それに、あの…僕、用事もあるし
二人にはもっと仲良くなって欲しいし
僕は…用事あるから大丈夫」
若井は焦った。
前回のよりも、壁を作るスピードが速い。
すでに 大森は返事を待たずに、扉の方へゆっくりと歩き始めている。
若井は急いで立ち上がると、大森の進路を塞いだ。
すると 大森がまるで子供のように、わたわたと戸惑う。
今にも泣き出しそうなので、若井は声をかける。
「元貴、落ち着いて」
しかし、大森が言葉に被せるように返答する。
「大丈夫、落ち着いてる」
だが、目が合わない。
大森は若井の足元を見るだけだ。
その頃 藤澤は仲裁するべきかどうか、悩んでいた。
少しづつ、状況が膠着し始めている。
だが、かける言葉が見つからない。
ここで 若井の肩を持つことは、確実に悪手だ。
しかし、今は大森を味方する言葉も容易には使えない。
そうなると 自分が仲裁に言っても意味が無い気がする。
むしろ、大森がさらに疎外感を感じる可能性もある。
藤澤はもどかしく感じながら、二人の様子を見守った。
一方 若井は大森の様子に、もう一歩近づこうと決心する。
言葉が通らないのなら、行動で “ここにいてもいい” と伝えたい。
若井は大森の身体に触れようと手を伸ばした。
しかし、大森は二歩ほど下がって距離を取る。
そして服に皺ができるほど、自分の上着を強く握った。
大森の怯えるような行動に若井の焦りが加速する。
しかし、なんとか抑える。
前回ので、焦りは禁物だと学んだ。
若井は、ゆっくりと息を吐く。
「無理に話さなくてもいいから…」
若井は出来るだけ、優しいトーンを心掛けて話す。
「一緒には居て欲しい…だめかな?」
大森は服を掴んだまま、固まる。
少し 前屈姿勢になると、ぼそっと言う。
「話さなくていいなら帰ってもいい?」
若井は言葉選びを間違えたと思った。
急いで、別の言葉を用意する。
「いや、話してくれても嬉しい」
大森はそっと息を吐くと、再びスマイルモードに入った。
さっきよりも上手くなってるのが、心に来る。
「あ、なんか心配してくれてる?本当に大丈夫なんだけど」
若井は、それをなんとも言えない顔で見つめた。
余程、帰りたいみたいだ。
帰らせた方がいいのかもしれない。
若井は困ったように藤澤を、ちらっと見た。
見られた藤澤も背筋を伸ばす。
若井を助けたい
しかし、大森へのアプローチの仕方が分からない。
その空気感に、大森は気まずさが溢れ出した。
二人に気を使わせている。
それが耐えられず、扉に早歩きで向かった。
大森が突然動くので、若井の感情も大きく揺れる。
気がついたら、大森の腕を掴んで引っ張っていた。
引き寄せられた大森が、若井の胸に飛び込む。
若井は、すぐに手を離して謝ろうと思った。
だが、大森の冷たい体温と手の震えを感じると決心が揺らぐ。
このまま離したら、拒絶されるかもしれない。
若井の脳裏に、上辺の事しか話さない初期設定のような大森の姿が浮かぶ。
あのモードに入った大森を、もう見たくなかった。
若井は離せない代わりに、せめてと手の力を弱めた。
一方、大森はどこか安心していた。
本当は用事なんて無いし、 何よりも一人は寂しい。
家に帰って一人反省会をするくらいなら、ここにいる方が良いはずなのに
でも、それでも帰りたい。
若井が藤澤に向けた言葉を、行為を許せなくなる前に
若井に優しく居られるうちに帰りたい。
「ごめん…ちょっと」
大森は弱々しい声で呟くように言う。
腕を振り解く為に、自分の腕を引いた。
しかし 若井は握る力こそ弱いが、指は決して解けないように親指に力を込めた。
大森が二、三回振っても、本当に逃がしてくないので焦ってくる。
「ちょ、と…若井」
大森が縋るように言っても、若井は全く力を弱めない。
むしろ、少しづつ壁に追い込まれている気がする。
大森は本気で殴ろうかと思った。
しかし、理性や若井への愛がそれを許してくれない。
「あ、あの…聞いてる?」
大森は相変わらず、弱々しく抵抗する事しか出来ない。
若井は何も答えずに、大森を壁の隅に追い込んだ。
大森の背中に、とんと壁が当たる。
それでも、大森は若井の顔が見れなかった。
顔を見たら 考えないようにしてる、この不安が溢れ出すかもしれない。
耐えられずに言葉にしたら、関係が壊れてしまうかもしれない。
「元貴」
若井が呼びかけても、大森は顔を上げてくれない。
しかし、まつ毛が揺れたので反応はしているみたいだ。
若井は大森の頬に手を伸ばす。
大森は触れられる事を、察したのだろう。
肩が強ばるが、それでも触れた。
気持ちを落ち着かせるように、親指で頬を撫でると若井は呟く。
「ごめん」
大森は、微かに顔を顰めた。
心に対立した二つの感情が生まれる。
今 起こっている事、その全ての原因は自分だ。
それなのに、若井に謝らせてしまった罪悪感。
しかし、藤澤への行為を “ごめん” くらいでは許せないという怒り。
後半に関しては、自分自身の行動を棚に上げた怒りだ。
どうしても、悟られたくない。
大森の心は悲しみと怒りの反復横跳びで、さらに深くに沈んでいく。
一方、若井は言葉も行動も大森に届かないもどかしさを感じていた。
何よりも、 反応が帰って来ないのが怖い。
大森の気持ちが徐々に分からなくなって来た。
若井は大森の顔を覗いた。
大森の顔色を探るためだ。
しかし 大森は感情を読み取られないようにと、さらに殻を分厚くする。
無言の攻防が続く。
「もとき」
若井が大森の名前をゆっくりと呼ぶ。
大森の瞳が揺れると、若井を一瞬だけ見た。
若井は、そっと顔を近づける。
心を凍らせていた大森は、反応が遅れた。
唇が触れそうになったので、急いで口を塞ごうとした。
その時、爪が若井の頬に当たる。
「いっ…」
若井が頬を抑える。
一瞬 若井の瞳が怒りに染まったのを、感じて目を逸らす。
どうしよう
引っ掻いたみたいになってしまった。
しかし大森は、訂正しなかった。
いっそ、嫌われてもいいから帰りたい
そんな感情が生まれる。
一方、若井は苛立ちを抑えるのに必死だった。
落ち着け
突然、キスなんてしたらそうもなるか
大森の性格は慎重ゆえに臆病だ。
こういうこともある。
せっかく近づいたと思った距離だって、離れてしまった事が何度もある。
でも、これ何回目だよ
また、キスすら出来ない関係性に戻ったって事か?
若井は苛立ちを落ち着かせようと、天井を見上げた。
そして、そっと息を吐き出す。
「分かった…帰っていいよ
でも、その代わり…今度ちゃんと時間作ろう? 」
若井は打開案を提示する。
しかし、大森は顔を振る。
「いや、別に…話す事ないから」
大森の返答に若井の怒りが溜まっていく。
若井からしてみれば、譲歩してやっているつもりだ。
これでも、だめか?
「すぐにとか思ってないから…元貴が整理ついて」
若井が大森の説得に入ると、大森が言葉を遮る。
「だから、なんもないって」
若井は苛立ちが臨界点を超えた。
一方 踏み出すと大森の顎を掴んで、顔を上げさせる。
そして、顔を覗き込んだ。
「あんま調子に乗んな、文句あんなら言え」
大森は 驚いた顔をして若井を見つめていたが、みるみると泣きそうな顔に変化する。
大森の涙が、瞳の縁に溜まる。
若井は耐えられず、目を逸らした。
そんな顔をするなよ
寂しそうな、抱きしめて欲しそうな
でも近づけば、拒絶される
もうどうしていいのか、分からない
若井は頭を搔くと、口を開く
「ごめん、いいよ。帰って」
思った以上に呆れた様な声が出てしまう。
大森は声のトーンに傷つく事が多いのに、やってしまった。
若井はひっそりと後悔する。
すると突然、大森が若井の胸を押した。
強い力で押されたので、呻き声が出る。
大森が、震えながら息を吸うと叫ぶ。
「なに、帰ってって…帰るなって言ったのそっちじゃん!!」
大森が腕の下から、すり抜けると足速に寝室から出ていった。
若井は 大森が居なくなった後、白い壁を見つめて溜息を吐いた。
藤澤は立ち上がると、若井に伝える。
「俺、行くね…たまにはこういう事もあるよ、大丈夫」
そう言うと、若井の肩をポンと叩いた。
その頃、大森はリビングを抜けて一直線に玄関に向かっていた。
靴を履いていると、藤澤がやって来る。
「そんな急がなくてもいいんじゃない?」
大森は雑に靴紐を結びながら答える。
「何、いまさら」
藤澤は必要以上には近づかず、少し離れた場所から話す。
「元貴、俺たちはいつでも元貴の味方だからね。それは忘れないで 」
大森は靴紐を結ぶ手を止める。
感情が溢れそうになる。
瞳に溜まった涙が、右目だけ零れた。
そんなの分かってる
だからこそ、こんな汚い気持ちを伝えたくない
自分を唯一無二として扱ってほしい
どっちの一番も欲しい
こんな願いが、許される訳がない
結構 大森は答えないまま、玄関の扉を開けた。
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ー 2週間後 ー
あれから、大森は藤澤の家にも、若井の家にも足を運んでいない。
関係性も少し変わった。
まず、大森からのボディタッチが極端に減った。
他にも隙間時間、何気ない話が始まると大森は霧の様に姿を消すようになった。
若井が腕を掴んで 離れないようにすると会話には入らず、ただ笑って佇んだ。
何より 恐ろしいのは言われないと気が付かない程、それが自然だと言うことだ。
上手な笑顔、上辺の言葉だけで関係性を保っている。
若井は、関係を修復しようと様々な事を試した。
例えば毎朝、喉に良いと言われているハーブティを保温性のある水筒に入れて渡した。
それに、イラストとメッセージも添えた。
イラストは独りの時に笑ってくれればと、ちょっと笑える物にしている。
大森が分からない話はしないように、心がけた。
目が合えば、必ず笑顔を返した。
大森が答えなくても、今日も会えて嬉しいと毎日伝えた。
それでも、大森の態度は変わらなかった。
むしろ、時間と共に距離が開いていく。
三人の恋模様は、滲んで過去の産物になろうとしていた。
しかし、誰もがあの日を忘れてはいなかった。
若井は、頭の片隅に常に
大森は、独りでハーブティを飲む時に
藤澤は、冷たいリビングを見た時に
それぞれが、あの日の事を後悔した。
あの時、あんな言葉を使わなければ
別の行動を選んでいれば
今頃は
コメント
14件
最高です。 若井さんが大森さんに言っちゃダメなこと言っちゃって、そこから日常が変わっていくって言うの好き!! あと最後の終わり方も好きです!! 続きが気になる!! 続き楽しみですぅぅぅ待ってますぅぅ!!
言っちゃダメなやつ言っちゃった… ストーリー性もあってほんとに面白いです!!✨
大森さん、😭忘れないでよ~(( 自分も存在を忘れられて、孤立したことあるから、、、その時、気まずいし、逃げたくなるから、めちゃ共感できるっ!!ということで今から、大森さんの隣に行ってk(( ぴりちゃ続き待ってる~✨