テラーノベル
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年末年始以来、雅とはタイミングが合わず、電話の回数も自然と減っていた。
ようやく訪れたゴールデンウィーク。帰省ラッシュを見越して早めに新幹線を予約したものの、運悪く台風が直撃し、飛行機も新幹線も、すべてが止まった。
遠距離だった学生の頃も、たしかこんなことがあった。
私たちはつくづく、天気に嫌われている。
「私達って本当、運が無いというか、会うなって言われてるのかしらね」
『ここまで天気に見放されてるのウケるな』
「ウケないわよ」
次会えるのは、お盆か、と数か月先のカレンダーを想像して、気が遠のいた。
『仕方ねぇよな』
「……そうね」
雅の諦めを含んだ声に、私も自分を納得させる。
運行状況を知らせるブラウザのタブを、一つずつ閉じた。
「またお盆ね。その時には私が帰ってきている可能性もあるけど」
『あんま期待しすぎずに待ってるわ』
それだけの会話をして、通話を切る。
一応キャンセル待ちも確認したが、案の定、画面にはバツ印が並んでいる。
重くなった体をデスクチェアーに預け、ノートパソコンをゆっくりと閉じた。
学生の時のように、泣いたり騒いだりすることはないけれど、静まり返った部屋で持て余した時間は、今の私には少し重すぎた。
翌朝。時刻は九時を回っていた。
昨夜の荒天が嘘のように、窓の外は穏やかな青空が広がっていた。
その時、不意に鳴ったインターフォンに、私は首を傾げる。
予定のない休日、来客の心当たりはない。怪訝に思いながらモニターを覗くと、黒いキャップを深く被った男が立っていた。
配達員には見えない。どこか警戒心を抱きながらも、通話ボタンを押す。すると、スピーカー越しに聞き覚えのあるけれど、すぐには確信の持てない爽やかな声が流れてきた。
『あ、おはようございます。隣に越してきた者なんですが、挨拶に伺いました』
引っ越してきた? そもそも、隣がいつ空室になったのかさえ知らない。
最近まで誰かが住んでいたはずなのに…、変ね。
そう不審に思いながらも「お待ちください」と返し、身なりを整えてから玄関の扉を細く開けた。
隙間から覗き込んだ相手の顔を認めた瞬間、驚きのあまり声が出そうになったけれど、それを察した相手が踏み込み、私の口元を掌でそっと覆った。
その後すぐに手が離されると、彼は呆れたような溜息をついた。
「バカ。通報されたらどうすんだよ」
「な、何でここに……」
「天気の荒れ落ち着いてから車走らせてきた。休みが全部暇になるのくそうぜぇし」
彼はキャップを脱ぐと「不用心だな~。相手の顔がよく見えないのに開けるなんてさ」とこぼした。わざと顔を隠して仕掛けた側に言われるのは、どうにも納得がいかない。
「いや、ねぇ。何で? 昨日会えないって言ったよね……?」
「関係なくね? 会いたい時に勝手に会うし。交通機関使えないなら車で行くか~って、天気見てたら夜中落ち着く感じだったから」
会えるはずがないと思っていた。視界が滲むのと同時に、自然と口角が緩んでしまう。いたずらのような彼の登場に怒りたい気持ちもあったけれど、顔を見られた今となってはどうでもよくなっていた。
私は雅に思いきり抱きついた。彼はその勢いで一歩後ろに下がったものの、しっかりと私を受け止めてくれる。それから、強く抱きしめ返してくれた。
こんなサプライズがあるなんて思ってもみなかった。感動で胸がいっぱいになり、いつもの捻くれた様な言葉はどこかへ消えてしまう。
「会いたかった?」
「会いたかったにきまってる!」
今日だけは、偽りのない言葉を伝える。腕の中から少しだけ身を離すと、雅の頬を両手で包み込み、背伸びをして彼に短く口付けた。
「何。今日素直過ぎない? 可愛いけど」
「……認めたくないけど、本当に寂しかった。だから、会いに来てくれて嬉しい」
そう真っ直ぐに伝えると、雅は少しだけ目元を和らげて、今度は彼の方から優しく唇を重ねてきた。
会えないと諦めていたのに、私と会うために手段を選ばずに会いに来てくれた。会えるだけの事がこんなに嬉しいなんて思わなかった。
「……ていうか、大丈夫なの? こっち来て。向こう何日か出勤だったよね?」
「……休みになった」
「絶対その言い方玲くんに無理言った時の言い方でしょ」
「無理とかそんなん、取引しただけ」
「言い方がすでに不穏ね」
目に浮かぶのは、毎度「も~、君のその突発的な行動本当にどうにかなんないの!?」と憤慨する玲くんの姿だ。結局は私のために休みを融通してくれる彼には、本当に頭が上がらない。
雅は雅で、どれほど叱られてもどこ吹く風。一度思い立ったら我慢できずに動き出してしまうのだから、本当に周りを困らせるクソガキだ。
「クビになったらあんたどうすんの。まともに朝起きて仕事なんてもういけないくせに」
「俺別に朝弱いわけじゃないからいけるっての」
「絶対仕事の前の日飲みに行って、酒焼けした声で”おはようございます”って死にかけで会社であいさつするのよ。なんなら遅刻もするわね」
「お前の中の俺、社会不適合者過ぎない?」
好き勝手な想像を並べていると、軽く額を弾かれた。小さな痛みをこらえながら、いつまでも玄関先で立ち話をしていることに気付き、私は彼を部屋へと招き入れ、ゆっくり休ませることにした。
「にしても私達ってどこまでも天候に恵まれないわよね。大学時代の事覚えてる?」
「年末年始、怒涛の忙しさを乗り越えて30日ようやく会えるってなったら雪が大荒れで新幹線運休になったやつな」
「そう。その時会うのめちゃくちゃ久しぶりで、っていう時だったのに、手段がなくて軽く喧嘩したのよね」
「よく覚えてんな」
「いや、何でこんなに天気に邪魔されちゃうんだろうって思っただけ」
「あれじゃん? 天気も俺達が会うなら盛り上げようとして、テンション上がりすぎちゃったんじゃん?」
「何言ってんのあんた?」
おかしな理屈を並べる雅の前にアイスコーヒーを置いて、冷静にツッコミを入れる。
盛り上げすぎて会えなくなっては本末転倒だろうと思うけれど、雅も当時のことはあまり思い出したくないらしい。彼は早々に視線を逸らし、手元のグラスに手を伸ばした。
あの事件がきっかけですれ違い始めたのだから、確かにいい思い出とは言えない。
「正直あの頃と今は何もかも違うだろ。ガキでいろいろと余裕がなかったあの時と、今は金もあるし手段もあるから、なんとかなる。だから乗り越えられるんだと思う」
「……もし今回久しぶりで雅に車がなくて会う手段がなかったら、また別れてたかな」
「いや、休み明けに時間取って会ってたんじゃん?今の俺らなら」
学生の頃は、現実的な壁に突き当たると対処できず、ただ感情をぶつけることしかできなかった。雅の言葉に、私達はもうあの頃のままではないのだと改めて実感した。
「……すごく今更なこと聞いてもいい?」
「何」
「どうして大学時代、就職で傍を離れるって決めた時に一言くれなかったの?」
問いかけると、雅は表情を変えることなく私を見つめた。
あの頃、すべてが決まってから報告を受け、理由を尋ねても何も答えてくれなかった。あの時、考える余地も無く遠距離恋愛を強いられた事が私の中にずっと消えないまま残っていた。
今更聞いたところで、過去が変わるわけではないけれど、どうしても自分の中で折り合いをつけられずにいた。
不安げな私の視線を受け止めた後、彼はふいと顔を逸らし「プロポーズするって思ってたからかな」と、何でもないことのように言い放った。
「……え?」
「夏帆の両親って、娘の気持ちよりまずちゃんとした人に娘を預けたいって人なの分かってたし、その為に大手企業に就職して、金貯めてちゃんとしなきゃなって思ってた。
ただ、プロポーズもまだ何も夏帆にしてなかったからこんな計画話す訳にもいかなかったし、話したら夏帆が親なんて関係ないってキレるのも分かってたから」
私の両親に認められ、堂々と隣に立つために、彼はたった一人で未来を見据え、準備を進めてくれていた。
その真実を知り、言葉を失う。
彼の深い想いに気付けず、ただ寂しさに耐えきれずに別れを選んでしまった自分。そんな私のことを彼は今日まで、どんな気持ちで想い続けてくれていたのだろうか。
「こんな湿っぽいの好きじゃねぇんだけど」
「……わかってるけど……、どうしよう。どう言っていいかわからない」
当時のことを思い出して胸が締め付けられ、涙をこぼす私に、雅は呆れたように笑った。彼はそっと私を抱き寄せ、自分の肩に頭を預けさせる。そのまま、慰めるように優しく髪を撫でてくれた。
今更、過去の選択を償う術はない。それどころか、再会してからも雅に酷い態度を取ったこともあった。それでも彼は、ずっと好きだと言って今も隣にいてくれている。
「……ごめんね」
「本当傷付いたし、彼女との結婚のためにくそみたいに忙しい会社に就職して俺の人生なんだろうなって、くそ病んでた」
「ごめんって……」
私の申し訳なさそうな顔を見るなり、小さく笑うと「俺も、見栄張らずに言っとけばよかったんだろうな。元々格好いい人間でもなかったし」と呟いていた。
確かに、彼は欠点も多い人かもしれないけれど、私と一緒にいる時だけは、ずっと格好いい彼氏でいてくれた。大学時代も、そして今も。
恋愛経験が乏しく、夢見がちな私を相手にするのは、きっと並大抵の苦労ではなかったはずだ。
それでも彼は交際してからずっと、私に夢を見せ続け、大事にしてくれていた。意地の悪い時もあったけれど、いつだって私を何よりも優先して、私を想った選択を取り続けてくれていたのだ。
「……どうしようもない人に捕まったのは私の方だって思ってたけど、実はあんたの方だったのかもね」
「……今更気付いた?」
「ここで調子に乗るの、本当おバカね」
そんな軽口を叩き合って笑いながら、その日は一日中、離れずに思い出話をしていた。どこにもいかず、二人で懐かしい話を寄り添い合いながらずっと。
T
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コメント
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台風で会えないと諦めてたのに、車で駆けつける雅くん、最高に格好良かったです…!そして「プロポーズするって思ってたから」の真相には胸が詰まりました。一人で未来を準備してた想いを知って泣きました。天候に邪魔され続けた二人だからこそ、今の「なんとかなる」に説得力があって、すれ違いを経て隣にいられる幸せが沁みました。