テラーノベル
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【13年前】
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「さぁ・・・お入りなさい」
神崎広告代理店代表取締役神崎一郎が、勢いよく玄関扉を開け、先に上がるように大げさな身振りで17歳の少年、「松下竜馬」を促した
竜馬は遠慮がちに広い土間を上がり、脱いだ白のナイキのスニーカーを行儀良く揃えた
竜馬は一郎について玄関広間を進みながら、こげ茶色の高価そうな家具が並ぶ贅沢ながらに落ち着いた、しつらえの邸内に見惚れた
今日からアメリカに立つまでの一ヶ月間、この家にやっかいになる、竜馬はボストンバックを抱きしめて、キョロキョロと美しい邸宅を見回したが、やがてハッとして、あまりジロジロ見ないように心がけた
なにやら中庭が騒がしい、そこへ蚊取り線香柄の浴衣を着た、ここの長男「神崎豊」がぺたぺたやってきた
「豊!こっちへ来なさい」
一郎が豊を竜馬に紹介する
「竜馬君、うちの長男の豊だ、豊!こちらはお父さんの友人の息子さんで松下竜馬君だ、今日から一ヶ月、うちに泊まることになったんだ、二階の客間に案内してやってくれ、それとジェニは?ああ、歌ってるのが聞こえるな?今日は家政婦さんが近所の子供達を集めて、中庭で流しそうめん大会をしてるんだ、竜馬君も食べるといいよ」
「こっちだよ!」
豊が階段を登って竜馬を手招きした、竜馬は豊の後をついて階段を登った、中学一年の豊の丸坊主の後頭部が珍しく、竜馬は興味津々にじっと見ていた
なぜなら豊が上を向くと、後頭部に一本の線が出来るからだ、竜馬は案内された部屋に荷物を置くと、腹がぐ~っと鳴った
「そうめん・・・」
階段を下りて玄関の自分の靴を取って中庭に行くと、中庭の真ん中に色とりどりの短冊と、星や飾り物で飾られた、大きな笹の木が枝葉を揺らしていた
そうか・・・今日は七夕だな・・・
17歳の竜馬は思った、ナイキのスニーカーに、ジーンズとTシャツで、学校の野球部に所属して、毎日遅くまでクラブ練習をしているので、肌は日に焼けて真っ黒だ
思春期の自分のひょろ長い手足を持て余し、夜になると成長痛で膝が痛い、竜馬は自分の身長はまだまだ伸びるだろうと感じていたが、今また膝が痛み出した
すると、笹の木の所にたぶん小学生ぐらいだろう、白地に金魚模様の浴衣を着た少女が、今にもよろけそうな体制で椅子の上に乗ろうとしていた
柔らかそうな赤いシフォンの兵児帯は、少女の腰の上でまさに金魚の尻尾のように、風にヒラヒラ揺れている
髪の毛はお団子に高く結い上げられ、赤いかんざしの端についているチャームも風に揺れている
両手首に着けている100均でよく見かける、光る輪っかは、一晩だけの命だとこれ見よがしに光っている
どうやら少女は手に持っている短冊を、一番高い所に付けようとしているのだろう、少女が椅子の上で危なっかしく爪先き立つ
思わず竜馬はすぐさま駆け寄ろうとした、だが、既に一郎が傍らにおり、少女のウエストを掴んで椅子からフワリと降ろす所だった
「見つけたぞ!ジェニ!」
「お帰りなさい!パパ!」
「椅子に乗って何をしてたんだい?」
ジェニはピンクの短冊を父に見せた
「この短冊を一番高い所につけたいの」
#復讐
すっこ
2,432
652
#短編集
りすぐみ
108
#恋愛
ばたっちゅ
4,526
「どれどれ?」
短冊には
―ソバカスが消えますように―
。 .:・.。. .。.:・
と幼い文字で書かれていた
「パパはお前のソバカスが大好きだよ」
ジェニは鼻をしかめて唇を尖らせ、抗議の声をブーッと出した、どうやら一郎の返事が気に入らなかったらしい
「はやくつけて!一番高い所!」
驚いたことに一郎は彼女を地面に降ろさず、竜馬の方に差し出した
「このお兄ちゃんの方が、パパより背が高い」
竜馬は反射的にあわてて腕を伸ばした、ジェニは自分が落とされるのでないかと思ったのだろう、竜馬の差し出した腕の中に飛び込み、力強く首に両腕を回した
そしてジェニは少し距離を置いて、竜馬の顔を見覚えがあるのかどうか、マジマジと見つめた
きれいな子だった・・・二人は束の間、見つめ合った・・・気づいた時には竜馬はジェニの濃いまつ毛に縁どられた大きな瞳をじっと覗き込んでいた
―デカすぎないか?目にゴミとか入りやすそうだな―
そして少女が気にしているであろう、薄いソバカスは鼻と頬にたしかに散らばっていた
―別にソバカス・・・あってもいいよな―
これに関しては竜馬も一郎と同じ意見だった、少女の瞳のとりこになってしまいそうだった
しかし、来年大学生の自分と小学生の彼女とは歳が離れすぎている、彼女は小鳥の様に軽く、桜の花びらを思わせる唇を持っていた
「だぁれ?」
ジェニが尋ね、一郎が言った
「パパのお友達の息子さんでね、松下竜馬君だよ」
「あそこ!」
ジェニが笹の木の一番上を指さした、竜馬は壊れ物を扱うように慎重にジェニが笹の木の一番上に短冊を付けられるように彼女を持ち上げた
その時、一郎の携帯電話が鳴って、一郎は家の中に入って行った。中庭にジェニと竜馬が二人ポツンと残された
長身でハンサムな竜馬の顔を、ジェニは微笑みを浮かべて見上げた
「まだもう一枚書くの、お兄ちゃん来て!」
「え?」
ジェニが竜馬の手を握って、家の縁側にスタスタ連れて行き、横に座らせた、そして短冊が置いてあるテーブルに腰を下ろすとサインペンで紫色の短冊に願い事を書き出した
―ママのびょうきがなおりますように―
。 .:・.。. .。.:・
「はい!お兄ちゃんも!お願いごと書いて!」
そう言ってジェニは、黄色い短冊とサインペンを竜馬に渡した
「早く!」
ジェニが竜馬に催促する、仕方がないので、とりあえず彼女に合わせるために、適当に何か書こうかと思った
じっと黄色い短冊を見つめる・・・
願い事はひとつしか浮かばなかった
竜馬は、なんとなくサインペンを短冊に走らせてみた
―父と母が生き返りますように―
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数週間前・・・雨の高速道・・・路湾岸線・・・
母を乗せた車は、父がスピード出し過ぎたせいで、対向車の大型トラックと衝突し、竜馬を一人を残して
二人とも還らぬ人となった
親戚は・・・竜馬の両親が交通事故だと言う人と・・・・「自殺だ」と言う人で別れた
事の真相は誰も分からない・・・ただ竜馬は今まであたり前のように守られていた世界から、突然放りだされた
父の会社は借金まみれで倒産した。受験に受かっていたアメリカの経営学系の大学進学はおろか、高校卒業までもが危ぶまれた
しかし、救いの手は竜馬に差し出された。父と友人だという神崎一郎が、竜馬の大学進学費用を全面援助すると言う
今競売にかけられている自分の家や、会社で抗議を起こしている竜馬の父の会社の従業員の騒動から、竜馬を守るために、この夏休みは一ヶ月、神崎邸に世話になってから、一郎が紹介してくれたアメリカのホームステイ先で過ごすことになる
竜馬はもう一度短冊を見た・・・文字にしてみたらもうたまらなかった・・・願い事を書いた短冊をぐしゃりと握りしめる
パタッ・・・ポタッ・・・・膝に何か水雫が落ちた、それが自分の涙だと気付くのに時間がかかった、葬式でも泣かなかったのに、人前で醜態をさらすぐらいなら死んだ方がマシだ
しかしこの屈託のない天使のような少女の前では、今まで張り詰めていたものが竜馬の中で崩壊した
「お兄ちゃん?どこか痛いの?」
ジェニは答えを待ちながら、竜馬がふいに自分との間に壁を作ったのを感じた、おずおずと小さな左手を竜馬の膝の上に置いて、右手の浴衣の裾でそっと竜馬の涙を拭いてあげた、なのに彼の目は後から後から涙が出てくる
兄の豊は泣く時は、父の気を引こうと大げさに大声を出して泣くのに、このお兄ちゃんは声も出さずに肩を震わせてポロポロ涙を流すだけだ
竜馬は声を殺して泣いた・・・片腕を鼻と口元に持っていって泣いてしゃくりあげる・・・声が漏れないように・・・この少女以外には誰にも聞こえないように・・・ジェニはいつまでも竜馬の涙を拭いてやった
そして二人の願いは叶えられなかった
コメント
2件
辛かったよね竜馬😭
一気に引き込まれました…! 13年前の七夕の夜、17歳の竜馬と幼いジェニの出会い。浴衣姿で短冊を飾るジェニの無邪気さと、竜馬が胸に秘めた両親を失った悲しみの対比が、じんわりと胸に響きます。最後の「父と母が生き返りますように」という短冊の一文で、それまでのほのぼのした空気が一変しました。この後、出会いがどう未来へ繋がるのか…続きが気になります。