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ー逃げ道のない夜ー
その日も、仕事は遅くまでかかった。
秋の風がすっかり冷たくなった深夜、収録終わりの神谷は、ひとりでスタジオを出ようとしていた。
だが、出口の前で誰かが待っていた。
入野「神谷さん」
声に振り向けば、そこには入野自由。
薄手のジャケットを羽織って、静かに笑っている。
神谷「お前……もう帰ったんじゃ」
入野「ちょうど神谷さんと同じタイミングでした。家、近いし……一緒に帰りませんか?」
神谷「……別に、俺はひとりでいいけど」
入野「それでも、ついて行きます」
あっけらかんと言って、自由は隣に並んできた。
そのまま、並んで歩き出す。
数歩分、沈黙。
神谷は気まずさを隠すように、口を開いた。
神谷「……寒くねぇのか、そんな薄着で」
入野「寒いですよ。でも、ちょっとだけ頑張ろうかなって思って」
神谷「……なんだよ、それ」
入野「神谷さんと一緒に歩けるなら、ちょっとくらい寒くてもいいです」
唐突すぎるその言葉に、神谷は思わず足を止めた。
自由も立ち止まり、ふと視線を逸らして、静かに続ける。
入野「俺、ちゃんと言いますね。……神谷さんのこと、ずっと好きです」
夜の静けさが、彼の声を際立たせる。
神谷「最初は、ただ憧れでした。演技も、人柄も。 でも、収録を重ねて、マイクの前で向き合って……気づいたら、演技だけじゃ足りなくなってました」
神谷は何も言えなかった。
耳が熱い。心臓がうるさい。
入野「冗談でも、からかいでもないです。俺、本気で神谷さんが好きです」
言葉に迷いも、演技もなかった。
目をそらしたくなるくらい、真剣で――でも、神谷はその視線から逃げられなかった。
神谷「……俺は、男だぞ」
ようやく絞り出した言葉は、あまりにも幼稚で、情けないものだった。
けれど自由は、微笑んだ。
入野「はい、知ってます。でも、神谷“さん”がいいんです」
神谷「……なんで俺なんだよ」
入野「なんで、じゃないです。……気づいたら、目で追ってて、声を聞いてると落ち着くし、ふいに笑われると……嬉しくなるんです」
ふざけてるような言葉じゃない。
まっすぐで、どうしようもなく“自由らしい”告白だった。
神谷は、返せなかった。
言葉を探しても、見つからなかった。
入野「……返事は、急がないです。けど、逃げられたら……追いかけます」
そう言って、自由はひと足先に歩き出した。
背中が夜に溶けていく。
残された神谷の胸には、さっきの声がまだ響いていた。
神谷(あいつ……本当に、本気なんだな)
そして、自分の心が――もう、ただの“後輩”としては見られなくなってきていることに、神谷は気づいてしまっていた。