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「そいつ」を初めて見たとき、体の奥底から湧き上がるような感情の昂りを、今でも覚えている。
それは、紛れもない俺の膨大な支配欲だろう。
「そいつ」は俺の「弟」の代わりになれる存在だった。
顔も、声も、性格も、全然「弟」とは似ていなかったけれど、そんなもの関係ない。
「兄弟」は「愛」なのだ。
切っても切れない関係。
俺はそれを必要以上に欲していた。
「弟」は、とても明るい奴だった。
いつも友達のことを楽しそうに話していて、そんな「弟」を見て俺は優しく微笑みながら聞いてやった。
俺達には両親がいない。
不慮の事故で亡くなったそうだ。
両親がいないため、必然的に「弟」の話し相手は俺になる。
「兄ちゃん、聞いて」と言って、満面の笑みで話す「弟」を見ていると俺も幸せな気持ちになれた。
「弟」はそんな人懐っこい性格のせいか、他の女にモテた。
まあ大丈夫だろうと思っていた俺が甘かった。
「弟」は、ある日突然顔を真っ赤にしながら一人の女を家に連れてきた。
「兄ちゃん。俺、彼女できたんだ」
背筋が凍るようだった。
彼女?俺の弟に彼女ができた?「俺だけの」弟に?
その後の記憶はあまり無い。
「…兄ちゃん。俺の彼女がさ…、昨日電車に轢かれたらしい…」
泣きながら、「弟」は俺に縋ってきた。
かわいいなぁ。
俺が、踏切の前であいつの背中を押して殺した張本人なのに。
あんな女、死んで当然だ。
俺の「弟」を誑かした女め。
もう、あんな失敗はしない。
ずっと、ずっと、俺のもとで生かすんだ。
十分すぎるくらいに愛してやる。
十分すぎるくらいに贅沢な暮らしをさせてやる。
お前が望むなら、何だって買ってやる。
だって、俺はお前の「兄」だから。
「弟」が死んだ。
帰ってきたら、自分の部屋で首を吊っていた。
何があったのだろう?
俺に相談してくれれば良かったのに。
でも、もう遅い。
業務用の冷凍庫を買った。
横長で底の深い、とても大きな冷凍庫。
そこに「弟」の死体を寝かせた。
こうやって見ると、何だか寝ているみたいだ。
「…かわいいなぁ」
俺はそっと冷凍庫の蓋を閉じた。
そうして、「弟」の代わりを探しているうちに「そいつ」を見つけた。
「弟」よりも控えめな性格をしていたけれど、人一倍優しい奴だった。
それに、「そいつ」には「兄」がいるそうだ。
これは好都合だと思った。
俺の心は、「そいつ」に魅了されていた。