テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#神奈川
こちらの茨さん🖌️
9,402
89
#NL
瀬名 紫陽花
7,894
衝撃の出来事から数日が経過した。あれから私は何度もリシャール殿下とバージル様との会話を反芻した。誰もいない自室でゆっくりと心を落ち着かせながら……まだ混乱が抜けきれていない頭の中を整理しようと試みる。
「私が極秘捜査のお手伝いだなんて……」
冷静になってくると、引き受けて良かったのかと後悔する気持ちも湧いてきてしまう。やはり私には分不相応というか……足手纏いにしかならないと思うのだ。
殿下は私を買い被り過ぎだ。今更できないとは言えないため、頑張るしかないのだけど、不安でどうにかなってしまいそうだった。
「あっ、そろそろ準備しなきゃ」
時計を見るともうすぐ9時になろうとしていた。今日はこれからジョゼット家のお屋敷に行く予定なのだ。目的はもちろん……例の捜査について詳しく説明を受けるためだった。
ジョゼット家にはステラに会うために何度も行ったことがあるが、今回約束をしているのは彼女の兄であるバージル様である。ステラを介さないで彼と対峙することはあまりなく、そこも不安を煽る要因になっていた。これからしばらくは共に行動する機会が増えるはずだ。彼に対する苦手意識も改めていかなければならない。大切な捜査なのだからチームワークを乱すのは厳禁だ。
コンコン……
今後のことについて思いを巡らせていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。どうやら出発の準備が整ったようだ。考えごとをしながらの身支度はまだ終わっていなかった。申し訳ないが、もうしばらく待って貰おう。私は部屋の外にいるであろう使用人に入室を促した。
「どうぞ」
「失礼致します、リナリアお嬢様」
そこにいたのは侍女のエリーだった。てっきり私を呼びにきたのだと思っていたのだけど……どうやらそれは違うようだ。エリーの表情はどこか困惑げで居心地悪そうにも見えた。
「エリー、どうしたの?」
「あの……」
やはりエリーの様子がおかしい。出かける直前になって馬車が故障したとか、それとも御者が熱を出して動けなくなったとか……アクシデント発生だろうか。
「レシュー家のご子息がいらっしゃっています。お嬢様に話があるのだそうで……」
「レシュー家って……マルク?」
エリーは首を縦に振った。彼女の様子がおかしかった理由に合点がいった。悲しいかな、我が家の使用人はほぼ全て私とマルクの間に流れる不穏な空気を感じ取っている。
婚約者の来訪を私が歓迎しないであろうことが分かっているため、エリーはこのような浮かない顔をしていたのだ。しかも今日はこれから外出をする予定がある。そんな時に限って先触れもなしにマルクは押しかけてきた。相変わらずこちらの都合など気にせずやりたい放題だ。
「私これから出かけるんだけどな」
「はい。客人にもそうお伝えしましたが、どうしてもと……。かなりお怒りのようでした」
怒りたいのはこっちの方なんだけど。事前連絡もなしに勝手に来ておいて本当に自分勝手な奴だな。それにしても……エリーったら、マルクをただの『客人』扱いか。これはステラの『バカ』呼びに通じるものを感じてしまう。もう名前すら口にしたくないのだろう。エリーの表情でも分かるけど、マルクの奴……うちの使用人に相当嫌われてるな。
追い返してもいいが、後々のことを考えると面倒臭いことになるのは確実である。あいつは私の婚約者なのだ。かろうじて。
ジョゼット家のお屋敷までは馬車で20分くらい……
現在時計の針は9時ちょうどを指している。バージル様との約束は10時。9時半頃に家を出るとして、30分程度であるなら対応できなくもないか。でもマルクのために私が時間を調整してやるのは癪だ。身支度だってまだ不十分なのに。
「分かった。マルクを応接室にお通しして。10分くらいなら話を聞くと。それ以上は予定があるから無理。嫌なら日を改めて来るように伝えてくれる?」
「承知致しました」
「あっ、そうだ。マルクとの話が終わったらすぐに出発するから、いつでも出られるよう馬車の準備をしておいてね」
「はい。そちらの方は既に完了しておりますので心配は要りません。後はお嬢様が乗車するだけでございます」
「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」
エリーは私から指示を受けると、一礼して退室した。マルクなんかのために30分も無駄にするのは御免である。あいつの対応なんて10分で充分だ。もし重要な話だったら、それこそ出直して貰えばいい。こちとら王太子殿下に依頼された仕事を抱えているんだぞ。私は引き続き外出のための身支度を行なった。
「お待たせ致しました。マルク様」
しっかりと20分使って私は身支度を整えた。マルクとの話が終わったらすぐに家を出ることができる状態だ。
マルクの方は本当に『お待たせ』させられたせいか、表情からイライラが滲み出ていた。それでも事前連絡をせずにいきなり来た自覚はあるようで、それについて私に文句を言ったりはしなかった。
「……リナリア。僕がどうして今ここにいるか分かるかい?」
「さあ。本日はお約束をしていたわけではありませんので皆目見当がつきませんわ。寧ろそれは……私がマルク様にお尋ねしたいと思っていたことですけど」
マルクの目元がピクリとひくついた。エリーの話だと彼は私に対して怒っているらしい。いきなり怒鳴りつけられても腹が立つけど、嫌味っぽい遠回しな言い方もウザい。時間が無いんだからさっさと用件を言え。
「君の方から謝罪してくれたらと期待していたけど、それは無理みたいだね」
わざとらしく大きな溜息を吐きながら、マルクは呟いた。私がコイツに対して謝ることなんてないが? 逆ならいざ知らず。
婚約者を前に苛立ちの感情しか湧いてこない。ああ……私は本当にマルクに対して冷めてしまったのだと改めて実感する。
「5日前のことを忘れたとは言わせない。あれからアニータはずっと寝込んでいるんだぞ」
「アニータ嬢が?」
そういえばここしばらく学園でも彼女の姿を見ていなかったな。おかげで平穏だったけど。まさか休んでいたとは知らなかった。
マルクのことだからどうせアニータ絡みの話だとは思っていたけど、予想通りだったな。しかし、彼女が休んでいるからといって、なぜ私が謝罪をしなければならないんだ。意味が分からない。
5日前か……
私は記憶を呼び起こし、その日にあった出来事を思い出してみた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!