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5日前というと、私が学園でバージル様とリシャール殿下にお会いした日ではないか。自分にとってもかなり衝撃的な日であったので、当日の出来事はよく覚えていた。しかし、アニータが寝込んだ原因については全く思い当たるものがない。むしろ自分の方が寝込んでいてもおかしくない状況に陥っているのではないかとすら思ってしまう。なんといっても、王太子殿下から直々に捜査協力を依頼されたのだ。こんなこと普通あり得ないだろう。
マルクはこちら側に非があるのを前提に話をしているけど、勘違いの可能性はないのだろうか。アニータとした会話を振り返ってみるが、さっぱり分からなかった。
「……もういいよ」
なかなか答えを出せない私に焦れたのか、マルクの方から事の経緯を語りだした。本当に彼の言う通り、私のせいでアニータが寝込んでいるなら、詳しく話を聞かねばならないだろう。身支度に20分使ったのは失敗だったかもしれない。
「5日前、学園にジョゼット小公爵が来ていただろう」
「……ああ、そうですね。それがどうかしましたか」
目撃者も大勢いたので当然ではあるけど、バージル様の来訪は数日の間学園内を騒がせた。殿下の方は応接室からほぼ動いていなかったため、生徒たちには見つからずにすんだみたい。これがもし、殿下まで一緒だったとバレていたら更に騒ぎは大きくなっていたに違いない。
おふたりが私に捜査協力を頼む理由のひとつに、目立ち過ぎるというのがあったけど……なるほど、その通りだなと納得させられてしまう。
マルクも人づてにバージル様のことを聞いたのだろうけど、なぜ今その話を持ち出したのか。アニータとは関係ないだろうに。バージル様が学園に来た目的は仕事だ。それも極秘の。ここで私が下手な発言をして捜査に支障が出ては大変だ。慎重にならないとな……
「まだとぼけるんだ。小公爵が来たのは君のせいだって分かってるんだよ」
「私のせい? マルク様、一体何を言っていらっしゃるのでしょうか」
心臓がバクバクと早鐘を打ち、全身が総毛立つような感覚に襲われる。バージル様が私を訪ねてきた理由をどうしてマルクが知っているんだ。
捜査については他言無用……殿下と約束をした。マルクがどこまで把握しているか分からないが、ここはとぼけて知らないフリをするしかない。
「小公爵は大勢の前でアニータを怒鳴りつけたそうじゃないか。君がやらせたんだろ。可哀想に……彼女はその時のショックから立ち直れず、体調を崩してしまったんだ」
「はあ?」
マルクは拳を握り締め、鼻息荒く捲し立てる。言葉は分かるのに何を言ってるか分からない。今までにも何度か経験したことのある感覚だけど、やはり慣れることはない。
こいつは一体なんなんだ。目の前にいるのは間違いなく私と同じ人間のはずなのに、得体の知れない怪物と対峙しているような薄気味悪さ。怒りよりも先に恐怖を覚える。大きく息を吸い込んで吐き出す。まずは落ち着こう。
「……マルク様。そのお話は誰からお聞きになったのですか?」
あの日、バージル様はアニータを怒鳴りつけてなどいない。その場に自分もいたので間違いない。……とはいえ、バージル様が彼女に対して不愉快そうにしていたのは事実である。対応もそっけなく、お世辞にも雰囲気が良いとは言えなかった。
そんな状況であったので、アニータがバージル様に怒鳴られていただなんて誇張された話が広まってしまったのかもしれない。しかも、それを私がけしかけたなんて尾ひれまでついて……。学園内ではただでさえ、私とアニータの関係についてデタラメな噂が蔓延っているのだ。容易に想像できる展開だった。
殿下の捜査関連の情報が漏れたのかと焦ったが、どうやらその心配はなさそうだ。案の定、マルクの勘違い。そこに関しては良かったけど……またしても私は悲劇のヒロインアニータを引き立てる悪役にされてしまったのか。しかも今回はバージル様まで巻き込む形で。
自分だけならいざ知らず、バージル様をこのくだらない茶番劇に参加させたくはなかった。彼の誤解だけは解いておかなければならない。
「アニータ本人に決まってるだろう。思い出すのも辛いはずなのに打ち明けてくれたんだよ。リナリアがアニータをよく思っていないことは薄々気づいてはいたけど、まさか小公爵を使って彼女を攻撃するだなんて……」
「はあ?」
本日二回目の呆れ声が口から溢れた。噂ではなく、アニータから直接だと……? それじゃあ、彼女自身がバージル様に怒鳴られたなんて主張をしているのか。いくらなんでもそんなすぐバレる嘘を吐くなんて信じられない。
「あの……マルク様はそのお話を信じたんですか? バー……いや、小公爵様が本気でそのような事をなさったとお思いですか。ジョゼット家の嫡男が子爵家の娘の言いなりになって、わざわざ学園まで出向いたと言うのですか」
その発言に責任は持てるかと問うと、あからさまにマルクの勢いは消沈していく。頭に血が昇っていてバージル様まで侮辱しているのに気づいていなかったようだ。
「アニータが嘘を吐くはずがないし、小公爵も……君に丸め込まれたんだろ。優しい子だと思っていたのに、こんなにもしたたかで性格が悪いなんて……リナリアにはガッカリだ」
話にならないな。これ以上聞いていても時間の無駄だ。アニータの言うことだけを盲目的に信じて、私がいくら反論したとしても無茶苦茶な自論を展開して有耶無耶にされてしまう。
……10分を少し過ぎてしまったな。もういいだろう。しかし、バージル様のことだけは否定しておかなければならない。私のことは……もういいや。どうでもいい。
「そうですか。奇遇ですね……私もあなたに同じことを考えていました。もっと賢い方だと思っていましたのに残念です」
「なっ……!?」
私が言い返してくると思っていなかったのだろう。マルクは口を半開きにして固まってしまった。
「小公爵様はアニータ嬢を怒鳴ってなどいませんよ。彼女があの方に対して少々失礼な振る舞いをなさったので、それを注意されただけです。もう一度アニータ嬢によく確認してみて下さい」
私は座っていた椅子から立ち上がると、部屋の入り口の方へ向かう。そして扉を開け放った。
「……お約束の10分が経過しました。私はこれから外出します。マルク様、どうぞお引き取り下さいませ」
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