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「あ、えっと……それは、昨日雨に降られちゃって……!」
私が慌てて取り繕おうとすると、隣で遥がわざとらしく大きな溜息をついた。
「別に変な意味じゃねーよ。こいつが道端でずぶ濡れの捨て猫みたいになってたから、予備のジャージ貸してやっただけだ。な、紗南?」
「す、捨て猫って……!」
遥の乱暴なフォローに、凌先輩は「ああ、そういうことか」と声を立てて笑った。けれど、その笑い声の裏側に、どこか冷ややかな響きが混じったのを私は聞き逃さなかった。
「なんだ、そうだったんだ。……でも遥、女の子にジャージを貸すなら、僕に一本連絡してくれれば車で迎えに行かせたのに。風邪をひかせたら大変だろ?」
凌先輩の言葉は、どこまでも私を気遣う「完璧な先輩」のものだった。でも、その手は自然な動作で私の頭の上に置かれ、まるで自分の所有物を確かめるように優しく撫でる。
「……兄貴には関係ねーだろ。俺たちの間のことなんだから」
遥の声が、一段と低くなった。
二人の間に流れる空気が、一瞬で冬の朝のように凍りつく。
いつもは仲の良い兄弟なのに、私を挟んで向き合う二人の視線は、まるで見えない火花を散らしているみたいだった。
「……あ、あの! 練習、遅れちゃいます! 行きましょう!」
私は耐えきれなくなって、二人の間を割るようにして歩き出した。
後ろからついてくる二人の足音。
右側からは凌先輩の爽やかな香水の匂いが、左側からは、私が今朝まで抱きしめていたあのジャージと同じ匂いが漂ってきて、私の心はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。