翌朝、「ちゃんと話し合います」と、言って聞かないクイナさんをなんとか騙し、逃げさせる作戦を、僕とヴェンドさんで話し合った。
ブルーノさんは、翌朝には姿を眩ませていた。
「それじゃあ、ヤマトくん。クイナちゃんのこと、よろしく頼んだよ」
僕がクイナさんを仙術魔法 神威で安全な国へ送り、ヴェンドさんは実の妹、ルビーと単身で話すと言っていた。
流石に、兄妹で殺し合いなんてしないだろう……。
「それじゃあクイナさん、こちらで海洋隊のルビーさんを呼んでありますので、一緒に行きましょう」
「はい……!」
クイナさんは覚悟を決めている様子だが、騙してしまっていて申し訳ない……。
クイナさんを連れて、裏方から出て、暫く歩く。
仙術魔法 神威の場所はどこにしよう……。
僕の知っている四国は、これから龍族の一味から襲撃を受けるわけだし、安全地帯なんてあるのか……?
「あの、ヤマトさん」
「なんですか……?」
その目付きで、僕は悟った。
やはり、この世界に来てから、少しずつ、少しずつ、色んなことを察する力が増していると思う。
「昔の正義の国は、三大名家の仲が良かったんです」
「え……そんなの微塵も……」
「私とルビーは、幼少の頃からよく遊ぶ間柄でした。ヴェンドさんはルビーのお兄さんですけど、私にも変わらず、お兄さんのように接してくれていました」
そして、祈るように両手を握った。
「五年ほど前になりますか……。雷の神は、何十年もの間、悩み苦しみ、そして、変わってしまった。そして、私たち三大名家を競わせるような国作りを始めました」
「神の考えが変わったってことですか……?」
「そうです。正義の国は、守護の国と同様、冒険者を多く排出する傍、牢獄も数多くあり、国全体で平和を努めてきました。しかし、今では神に尽くした者こそが正義だと言い、ルビーも変わってしまったんです……」
それが嫌になったブルーノさんは風漂隊を解体、そしてヴェンドさんは海洋隊隊長を辞めた。
「雷の神は、厳しい人なんですか……?」
すると、少しだけ朗らかな顔を浮かべた。
「いいえ。私もあまりお話したことはありませんが、とても穏やかで、大柄な割に、少し気弱な、たんぽぽのような御方ですよ」
そんな人が、どうしてこんな国作りを……?
やっぱり、直接話してみないと……。
「ヤマトさん、私がルビーと話すのは、再び仲良くしたいだけじゃないんです」
そして、僕に向けて手を差し出した。
「昔の、正義の国に戻したいんです……!」
僕は、その手を強く掴んだ。
「急ぎます」
“仙術魔法 神威”
僕たちが正義の国へ戻ると、既にヴェンドさんは捕えられてしまっていた。
戦闘の形跡はない。
きっと、抵抗も何もしなかったんだろう。
「ブルーノさんは朝いなくなってた……俺を捕らえたことで、雷鳴隊はもう終わりだ……分かっただろ……」
「それじゃあダメなの! せめて、あの “異郷者” だけでも捕まえないと……!」
僕は背にクイナさんを庇い、前に出た。
「指名手配犯の異郷者なら、ここにいます……!」
「自分から出てくるなんて……。それに、クイナまで連れてくるなんて! 本当にバカだな!」
「なんで……来ちゃったんだ……ヤマトくん……」
ルビーさんは怒りを露わにしていた。
心の底では、クイナさんのことをちゃんと逃がして欲しかったのかも知れない……。
「雷の神に会って、この国を元に戻します」
「はぁ!? 人間一人に何が出来るのよ!! 神よ!? 何千年も生きてる神の考えが易々変わるわけ……」
そこに、一人の男が現れる。
「変わりますよ……きっと……」
そこに現れたのは、兵装を着たブルーノさんだった。
「ブルーノさん……!」
「夕方って聞いてたんだけどな……ハハ……遅くなっちゃったみたいだね……」
役者は揃った……説得を……。
しかし、
「見つけた。異郷者」
「剣豪 ホクト……!!」
ルビーの前に出て、ホクトは大剣を構える。
「雷の神も、バベルも、貴方の死を望んでる」
「僕の死……!? なんで……」
変革をもたらそうとしているからか……!?
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない……!
氷で包まれた大剣が振り下ろされる瞬間、ブルーノさんは僕の前に出て、右腕を大きく振るった。
「 “雷神魔法 ビレッジ” 」
腕から放たれる暴風に、ホクトは吹き飛んだ。
雷神魔法……?
「ブルーノさん……貴方は……」
そして、ゆったりと体勢を戻し、僕を見る。
「ヤマトくん、隠しててすまなかったね……。僕が、雷の神の守護神、雷神の加護を受けた者だ」
てっきり、唯一神 バベルのことも口走っていたし、あの特殊な氷魔法のホクトって人かと思ってた……。
まさか、ブルーノさんが守護神だったなんて……!
「雷の神 ロズは、とても優しい男だ。僕ともとても親しくしていた。しかし、唯一神が封印されてから、ロズはその優しさから悩みに悩んでしまったんだ……」
徐々に、どんな人なのか見えてくる雷の神。
優しさが、空回りし過ぎた結果なのかも知れない。
「ヤマトくん、きっと君なら、彼を変えられる。どうか、彼の元まで辿り着いて欲しい。あの剣豪は……僕がここで食い止める……!」
ボロッボロ、と、瓦礫を払い落とし、大剣を構える。
「守護神では私に勝てない……下がりなさい」
ブルーノさんも、いつになく佇まいが違った。
「走ってくれ! ヤマトくん!!」
そして、再びホクトの大剣が振り落とされる。
今度のは少し違う……魔力を変えてるのか……?
気付いてないなら本当にやられる……!
「雷神魔法……」
“風魔法 フラッシュ”
僕は、左手から暴風を放ち、勢いのままにブルーノさんに体当たりして大剣を交わした。
「な、何してるんだ……!」
やはり……。
大剣の触れた周囲は凍結されていた。
もし仮に再び吹き飛ばせていても、魔法攻撃だけがブルーノさんに当たり、凍結させられただろう。
すると、迫り来る剣豪 ホクトに対し、海洋隊の兵士たち何名かが、僕たちの前で剣を構えた。
「貴方たち……」
「な、何故僕たちの味方を……!?」
兵士たちは、震えながらも声を上げた。
「ブルーノさんが立ち上がった今!! 風漂隊は再結成だー!! 隊長を守るぞー!!」
そして、海洋隊からは次々と、ホクトを囲う兵士たちが飛び出してきた。
「邪魔をするなら……斬るだけ……」
「ちょっと待って!! 剣豪さんは、どうして僕を付け狙っているの!? 僕はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!! よく分からない理由で争いたくない!」
すると、剣豪 ホクトは大剣から力を抜く。
「死にたくない?」
「え……そりゃ……死にたくないけど……」
「じゃあ……」
すると、ホクトは大剣を背に携え、僕たちに無防備に近付いてきた。
「望みは何?」
至近距離で僕を見る、剣豪 ホクト。
さっきまで威勢を見せて相手にしようとしていた兵士たちも、唖然としてしまっていた。
「えっと……この国を……変えたい……」
すると、僕の手をグイと掴み、五重の塔へ足を向けた。
しかし、
「行かせないわよ……!」
立ち塞がったのは、ルビー率いる海洋隊だった。
「遂に本性を現したわね! 剣豪! これは立派な神への裏切りだわ! これで貴女も有罪ね!!」
ホクトは表情を変えずに僕の手を握り続けていた。
さっきまで海洋隊の味方してて……どうして僕の味方になって海洋隊と相対してるんだ……?
そして、剣豪 ホクトはスルリと大剣を抜く。
まさに、一触即発。
ルビー率いる海洋隊、剣豪 ホクト、そして、守護神だったブルーノさん率いる風漂隊。
最初に引き金を引いたのは ーーー
ゴォン! と、落雷のような音が鳴り、一本の矢がルビーの足元にバチバチと放たれた。
「それは……雷鳴の矢……!!」
柴色の相貌に白い包帯を取り、ヒラヒラと舞う弓を構えた、雷鳴隊隊長 クイナだった。
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