テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
冬季休暇に向けて行われる大掃除の時間、君は窓ガラスを拭きながら桜の木を見ていた。
花なんてずっと前に落ちていて、葉だってとうの昔に土へ還っている。
最初に君の姿と一緒に見た時に比べると、すっかり別人になってしまった桜の木を見ながら、俺は窓を拭く手を動かしながら隣に立つ君を見た。
「…桜、もう何も残ってないね」
侘しさのカケラも無い、事実だけを述べるその言葉に、俺は頷きを返した。
君は随分と成長していて、ここ数ヶ月で数ミリしか背の伸びなかった俺と比べて、前の健康診断で数センチ伸びたと言っていたのを思い出す。
君は成長の速さに褒められたと言っていた。
俺は体重が減っていて、酷く訝しげな顔で同じような質問を何度も答えさせられたけど。
「…冬休み終わって、またしばらくしたら、学年が上がるよね…そしたら、お前とクラス離れちゃうのかな…?」
不安そうに俺を見下ろす君に、俺はそっと微笑んでから安心させるようにポンと背中を叩いて大丈夫、と言う。
すると、君は保証のない俺の戯言に拗ねたように口を尖らせた後、俺の目を見て、その瞳に心配するような色を乗せて問いかけた。
「その……なんていうか、大丈夫…?」
君の言葉の意味がよくわからなくて、窓拭きの手を止めて首を傾げた俺に、君は居心地悪そうに意味もなく手に持っている雑巾の角についている輪っかに指を通す。
「なんか、嫌なこととか…困ってることがあったら、何でも言って!俺なんかが力になれるなら絶対なんでもするから!」
一息にそう言い切ると、驚いて何も返せないでいる俺を見てぼぼぼっと顔を羞恥で赤く染めると、困惑の気配をうやむやにしたかったのか、濡らす必要のない雑巾を濡らしてくると言って教室を出た。
珍しくドタバタと走る君を、みんなが驚いたように目で追いかける。
それでもその目線は廊下に出てすぐ曲がった君をさらに追いかける事もなく、あっさりと周りの関心から外れていった。
「…」
その背中を見ながら、ぼんやりと思う。
君は本当に優しくて思いやりのある良い子なんだろう、と。
だからこそ両親の期待に応えたくて勉強をしたんだろう。その結果、ギリギリ釣り合っていた天秤は勢いよく片方へ傾き壊れてしまったようだけど…
「…アリガトネ」
窓を拭きながら本音をこぼす。
嫌いだと吐き捨てながらもあの人を捨てきれない君の、まるで紙っぺらのように薄く思える絶対という言葉も飲み込んで。
窓を開けると冬らしいキンと冴えた風が吹き込んできて、クラスのみんなから苦情の声が上がる。
「…ゴメンネ」
ぺこりとクラスのみんなに頭を下げてから窓を閉める。
風にさらされていた俺の頬は、すっかり冷え切っており、教室の暖かさもイマイチわからなくなっていた。
「た、ただいま!」
君の持つ雑巾は濡れておらず、教室を出ていった時と変わらないままだったから、思わず見上げた。
君は頬を指でかきながら笑っている。濡らす必要がなかったことを思い出して引き返してきたのだろう。
「続きやろ」
その言葉に頷いてまた手を動かす。
君が言っていたように冬季休暇が終わって三学期も終わったら、たいした特別感もなくしれっと学年だけが上がるのだろう。
…巡り巡った春が、もう一度やって来る。
・ ・ ・
三学期も後数日で終わる…春季休暇と最高学年という肩書きが近づいて学年全体がそわそわとする中、君は随分と思い詰めた表情を浮かべていた。
「ねぇ、あの時の約束…まだ覚えてる?」
いつもと違って、学校の裏手にある山の開けた空間に誘われた俺は、到着するや否やそう弱々しく呟く君の声を聞いた。
…ここで、俺は何も覚えてない、そう言えば、君は失望したような目で泣きそうに笑った後、何も無かったように少し話してからいつもの道を帰るのだろう。
そうわかっていながらも、俺は君を抱きしめることで肯定してみせた。
「…俺、すこしでも離れたくない…離れるのが怖い…だから、だから…!」
そう言ってポケットからカッターナイフを取り出す君の震える両手をそっと押さえて、それじゃあ苦しい思いをすると伝えた。
カッターナイフは自傷行為に使われることが多いイメージだから使えると思ったようだけど、アレは刺そうとすれば刃が折れるし、切るには深さが足りなくて死にきれない。
失血死、という考えもあるけれど、少しでも苦しいことからは目を逸らして欲しかったから。
「そう、なんだ…うん、わかった…!」
四角いカラー付箋に明後日の日付と待ち合わせの時間なんかを記入して君に渡した。
ここで待ち合わせよう、苦しくない方法のための準備は俺がやっておくから、と。
「ありがとう…ありがと…」
別れ際に涙まで流して感謝する君の背中を見送ってから、あまりにも簡単で単純な様子に笑いが止まらなくなってしまった。
本当に優しくて、良い子で、素直な子。
くつくつと溢れる笑みを押し殺しながら、俺は冷たい取ってを引いて家の中に入った。
「楽シミダナ…ドウナルカナ…成功スルトイイナ」
必要なものをクローゼットの奥の方に仕舞い込んだ箱からカバンへと詰めながら、俺は歌を口ずさむように体を左右に揺らしながら呟く。楽しみだからって、決して大きな声は出さなかった。
だって、起きちゃうから。
「ンフフッ」
君のためにすることは、間違っていない。
これは、大好きな人のためだから。
「…」
暗い部屋の隅に置かれた母の仏壇を前に手を合わせてお祈りする。
お母さんみたいに成功しますように、と。